第5話 『毒霧竜』の亡骸
二百人。という人数は、小さい町が出来る。
とはいえ、老若男女が入り混じった。と呼べるほどのものではない。
この森にいる人間は、毒霧竜討伐に参加した冒険者や、教会にとって都合の悪くなって冤罪をふっかけられたものが大半である。
要するに、実力も思想も特筆すべき点がない子供は少なく、長年生きて世渡りが上手くなった老人もあまりいない。
ここでひとつ補足すると、毒霧竜を短期決戦で倒すという『計画』はあったが、実際にはかなりの時間がかかった。
神聖国が用意した解毒剤が効かないのだから慎重にならざるを得ないのは当然で、その際、森の近くに拠点が用意されている。
その『拠点』の運用に参加し、逃げ遅れた者もこの森にいる。
よって現在この町には、子供と老人が少なく、それに比べると若い女性は多め、一番多いのは若い男性。という状態だ。
そして、ある意味『奇跡』というか、人間の底力というか……赤ちゃんが一人いる。
こんなスタミナが失われる毒霧の森であろうと、人間、やることはやるのだ。
「いやー、流石に俺もビビったわ。赤ん坊がいるとは想像もしてなかったぜ」
「だよなぁ。この森のスタミナ低下って本当にひどいのに、よくやったもんだよ」
ダイナとヘルバは森の中を歩いている。
ヘルバは腰に二本のサーベルを装備しており、その姿も、二年間着続けたボロボロの服ではなく、新しいシャツやズボン、コートが用意されている。
「……まあでも、その赤ん坊。ヴィスタより元気そうだよな」
「娯楽がないからってマスターで弄りすぎだろ」
そういうダイナだが……一応ヴィスタからは、『娯楽も少ないし、別に私を話の肴にするのは構わないよ』と言われているので、文句を言う気はない。
娯楽が少ないのは事実であり、どうしようもない話だからだ。
トランプ一デッキすらも用意できていない場所で暇を潰せと言われても無理なのが人間である。
オマケに、トランプを用意したとしても、誰も賭けるものを持っていないわけで、何もワクワクしない。
これでどうするのかと言う話だ。
「まあでも、仕事はありそうだし、今はそれをすることになるか……」
「ダイナがやってることを細かく分けて割り振ってるようにも見えるけどな」
「それは……そうだな」
「お前って何人分働けるんだろうな……」
「知らんよ」
溜息を我慢する必要もないので普通にやる二人。
「……しかし、セラちゃんだっけ? 元気な連中を率いてまだ救助できていないエリアの探索をするって聞いてるけど、それとは別枠で、俺とお前だけで、しかもちゃんとした装備をつけて行ってこいなんて、どういう予想してるんだろうな」
「俺にもマスターの頭の中はよくわからん」
今回ダイナとヘルバが二人で歩いているのは、ヴィスタから指定された『とある地点』に向かうためである。
その際、しっかり武器と防具を装備していくようにと言われており、『まあ何かあるんだろうなぁ』と二人は思いつつ準備を整え、こうして向かっているわけだ。
「そろそろ到着するころか?」
「だな。マスターが言っていたポイントはこのあたりのはずだ。なんか、モンスターでもいるのかねぇ……って、なんじゃこりゃ!?」
ダイナは本気で驚いた。
森を進み、少し開けた場所に到着した。
そこには確かに、手ぶらで来るのはなかなか勇気のあるものがあった。
「これ……間違いない。毒霧竜の亡骸か」
全長二十メートルで、紫色の鱗を持つ竜。
それが、地面に横たわっている。
あたりには荒らしまわった痕跡があり、実際の戦闘が二年前であることを考えると、相当な戦いがあったはず。
そんな竜の亡骸が、森の中の開けた土地に横たわっている。
「……何か、意外に綺麗だな。腐ってる様子もないし。ヘルバも初めてだろこんなの」
「ああ……毒の本体だし、虫も食わねえってことか?」
「いや、菌類の性質に関する知識はほぼないからな。てか、神聖国の連中、毒霧竜の亡骸に関しては焼却処分したって公式発表してたはずだが……」
「それ、『穏健派』じゃなくて『強硬派』だろ。最初から信用してねえって声色に出てるぞ」
「それを言ったらおしまいだろ。というか、マスターはなんで、亡骸のところに行くのに装備なんて……」
そこまで話した時だった。
地中から、ボコっと何かが飛び出てくる。
「なぬ?」
出てきたのは、紫色の鱗を持つ小型の竜。
ただし、小型といっても、頭から尻尾の先まで五メートルはある。
口からは紫色のドロドロとした液体が垂れており、ギョロッとした目がダイナとヘルバを見ている。
「……『毒霧子竜』ってところか」
「翼がないからどっちかっていうとトカゲかもな」
「いえてら。ダイナ、前衛任せていいか? 流石に一晩で仕上げられる相手じゃねえ」
「安心しろ。ていうか……俺のスーツ。毒無効だから」
「あっそ!」
ヘルバはサーベルを二本抜いた。
その前に立ったダイナが右手を前に出すと、片手でも両手でも使える剣、バスタードソードとも呼ばれる物が出現した。
黒を基調とし、赤と銀で装飾されたそれは、抜群の存在感を放っている。
「なんだその剣! どこでそんな魔剣を手に入れたんだ?」
「『魔剣ダークマター』……魔剣コレクターって呼ばれるほど集めてたやつを、全部束ねた姿がこれだ」
「魔剣を錬金術で合わせるとそうなるわけか……」
「それだけじゃないんだが……まあそんなところだ」
ダイナが応えたあたりで、毒霧子竜がブレスを放出してくる。
しかし、ダイナが剣を真横に一閃すると、全てのブレスがかき消される。
そしてそのまま突撃。
毒霧子竜の胸に突きを放つと、腕を交差させて防御。
しかも、長い尻尾をものともせず、後ろの跳躍する形で突きの威力をほぼ完全に受け流した。
「地中に潜ってた割に戦い慣れてねえ? どうなってんだコイツ」
「そこのでかい方もエグイ動きしてたぜ」
ヘルバはそういいながらも、ダイナの上に跳躍。
上段に構えた二本のサーベルに上空から雷が降り注ぎ、刃にまとった。
「おらっ!」
そのまま振り下ろすと、雷が刃のようになって毒霧子竜に襲い掛かる。
しかし、手の長い爪に毒を出現させて、雷の刃を引き裂いた。
「アレを防ぐか!」
「ああ、てか、上空二千メートルに雷を貯め込んでたのバレてたぞ」
「どんな感知範囲だコイツ……うおっ!」
毒霧子竜がブレスを放つ。
先ほどダイナにはなったものはドロドロとして密度が高そうだったが、今回は霧状で、常軌を逸した肺活量で高速噴射してきた。
ヘルバは後ろに飛ぶが、それよりもブレスが速く、少しだけ吸った様子。
「チッ……ゲホッ!」
「解毒剤を飲んでおけ。空気中の薄い奴はともかく、本体のは俺が確信できん」
「ヴィスタに聞いとけよ!」
悪態をつきながらもコートの裏から瓶を取り出して飲む。
「さてと、どうするか……何か目の色変わってね?」
心なしか、毒霧子竜がヘルバを見る視線が鋭くなっているように見える。
「解毒されたから警戒してるのか?」
「さあ……うおっ!」
毒霧子竜が口を大きく開けてヘルバに襲い掛かる。
ヘルバはサーベルを交差させて口の接近を防いだ。
そのまま弾いて後ろに下がり、代わりに前に出たダイナが蹴りを放つ。
腹に直撃し、毒霧子竜は後ろに吹き飛ぶ。
唸りながら体を起こし……その目は、ヘルバを睨みつけている。
「さすがに蹴りを入れた後で無視されたのは初めてだぜ」
「どういうことだ? 戦闘力はダイナの方が高いって直観で分かるだろ」
「俺もコイツの特性は知らんからな。うげっ!」
ダイナの方を見向きもせず、毒霧子竜は跳躍して口を大きく開けている。
「俺のことを食料だと思ってんのか? ダイナの方が食い甲斐あるだろ!」
「どういう意味だ」
ダイナは突っ込みながらも顎に真下から蹴りを入れる。
毒霧子竜は上に吹っ飛んで……。
「最近鈍ってるな。全然体が本気になってくれねぇ。が、そろそろ片付けるか」
魔剣を握りなおすと、そこから真っ黒に染まった魔力が滝のようにあふれ出る。
「おらっ!」
それを振り上げる。
魔力は形となり、闇の刃となって毒霧子竜を引き裂いた。
悲鳴があたりに響いて……最後の最後までヘルバの方を見ながら、毒霧子竜は力尽きた。
「……死んだか?」
「さすがにな……」
ダイナの右手から魔剣が姿を消した。
「ふーむ……あ、見ろ。子竜の角」
「角? ……この感覚、感知魔道具の中身か?」
「みたいだな。どうやら、角に感知機能が備わってるらしい」
ダイナは角を至近距離から見つめている。
「どれくらいの距離になるんだ?」
「おそらく……この小さい角だけで、アルバ地方全域だな」
「広すぎんだろ! ……って、じゃあ、アイツは……」
亡骸となっている全長二十メートルの毒霧竜。
当然、その角も非常に大きく、子竜とは比べ物にならない。
「どこまで広いのか俺にも見えん。ただ、少なくとも俺たちが予想するより広いだろ。多分、直観に反するレベルだ」
「……俺を執拗に狙ってたけど、もしかしたら逃げても無駄だったかもな」
「だろうな」
とはいえ、魔剣を持つダイナがいる以上、この場で勝てないということはないだろう。
ヘルバもそこは分かっているので、それ以上は言わない。
が……。
「で、この死体どうするんだ? 処分方法なんて知らねえぞ」
「あー……俺な、ここに死骸があるとは聞いてなかったけど、マスターにそれとなく話を誘導されて、処分方法を聞かされたことはある」
「それ世間では確信犯って言わねえか?」
「言うんだろうな」
というわけで、ダイナとヘルバは死骸を見ながらため息をついた。
★
一方、ナズズ村跡地。
まだこの場所の名前をどうするのかが決まっていないのでそう呼ぶとして、その一角にある小屋で、ヴィスタはベッドで横になっている。
「……セラが帰ってきてるな。人も増えてる。ただ緊張はない。となると小型の方か。これは面倒なパターンだなぁ」
溜息をつくヴィスタ。
「そういえば、明日は確か兄さんの子供が生まれる日だったか。伯爵領の方も面倒なことになってないと良いんだけどねぇ……」