第40話 スゴイヤツ
「くそっ、くそっ! 俺のことをバカにしやがって」
牢屋の中でも少し……本当に『少しだけ』豪華な部屋。
そこでは、ルイベル・ユフェードが唸っていた。
地下であり、窓のない部屋だ。
明かりのマジックアイテムがかなりの光量があるので『真っ暗』ではないのだが、どこか重苦しい雰囲気がある。
「荒れているというより、燻っているといった方が正しいね。今の君は」
「!」
ルイベルはいつの間にか鉄格子の前にいた人間を見る。
そこにいたのは、頬がこけ、皮と骨だけになった体を杖で支えている男。
「うわああああああああああああああああああっ!」
急に現れたゾンビの登場に絶叫するルイベル。
「……そこまで叫ぶか?」
「はぁ、はぁ、そ、その姿。まさか、ヴィスタ・アルバ?」
「さすがにそこは知ってるよな。しかし酷くないかい?」
「お前みたいなのが暗いところで急に出てくるな!」
「それは……全面的にこちらが悪いね。すまなかった」
ヴィスタは近くの椅子に座った。
「……何をしに来た」
「君がいつまでも燻っているのが都合が悪いからね。私自ら、説教するために来た」
「説教だと? 俺がお前の言うことを聞くと思ってんのか?」
「あー、いいね。最近は私の意見を歓迎する人も多くなってきたし、君みたいなのは貴重だよ。うんうん」
ヴィスタは頷いている。
ただ、ヴィスタの内心はともかく、ルイベルからは馬鹿にしているようにしか見えない。
「ふざけるな! お前に俺の何がわかる!」
「『保守派』の中でトップクラスの権力があるユフェード公爵家の嫡男。ただ、文官一族であるこの家系において、勉強は弟と妹に負けて自分の価値を見出せていない。受動的で理性的な派閥である保守派では『何も実績を出せない』と判断した結果、独占的で積極的な派閥である改革派に身を置いて、他国で手に入れたものを保守派に流すことで実績にしようとしている。が、それも失敗続きで上手くいかず、やっているのはクソダサい七光りムーブ。要するに……」
一度言葉を切って、まっすぐにルイベルを見る。
「『自分が何かをしている』という自覚が欲しい、ただの見栄っ張りだ」
「……」
唖然としているルイベル。
「なんで、そこまで俺のことを知って……」
「ん? ああ、ずっと前から、君を利用する気満々だったからだね」
「はっ?」
言われても分からない。といった表情。
まあ当然だろう。
本人としては、何の面識もないと思っているのだから。
「詳しいことをここで語っても理解できないだろうから割愛するけどね。まあとにかく、それくらい私は君を理解している」
「……」
「私に何を言えばいいのかわからなくなっただろうから、質問しよう。この国に来て、どう思った? 何を考えた?」
「何をって……」
考えている様子のルイベルだが、あまり言葉として出てきていない様子。
「おそらく君は、自分の言い分が通って、その上で失敗続きだった。その失敗というのも、結局『保守派に流す』ということができず、改革派のものになっていたというものだね。しかし……ここでは、君の言い分が通ることすらなかった」
「……ああ、そうだよ。ユフェード公爵家の嫡男だぞ。なのに、誰も何も聞かなかった。しまいには……」
「汚物権化だの短小だの脳内チンパンだの、散々なことを言われたからね。いや、短小は事実として違う訳だが」
「!?」
自分の股間を両手で隠して動揺するルイベル。
「……お、お前、見たことがあるのか!?」
「そんなわけないだろう。魔力に関係する遺伝子の理解が深いだけだ。まあどうでもいいんだけどね」
「俺のアレの大きさがどうでもいいだと!?」
「私は性欲が枯れてるから、性欲を満たすという状況に対して高い関心はない」
「悲しすぎるだろお前!」
「よーし、そろそろ元気が出てきたか」
「あっ……」
ペースに吞まされていたのに気が付いた様子。
「これくらいのバカ話ができる相手がいたほうがいいでしょ」
「……俺には、いままでいなかった」
「節度だの誇りだの、色々求められるもんね。私がいたリドナーエ家はそんな場所じゃなかったから、そういうのに苦労したことはないけど」
「……羨ましい話だな」
「そうだろう? そういう場所を作るというのはとても難しいことだからね」
伯爵家でありながら、バカなことをするのが許される場所だった。
そういうことをしても、『愛してくれる場所』だった。
リドナーエ家がそういう場所だったから、ヴィスタはゾンビでいられるのだ。
「さてと、君がスッキリするための話をしよう。君は自分でも、改革派で動くのに能力が足りないことはわかりきっている。だから、公爵家の名前を出すわけだ。『公爵家の名に恥じない功績』を示したいが、結局、君の器はそこまで大きくないからね」
「はっきり言うなよ」
「事実だから仕方がない。ただそれと同時に、『変わることへの恐怖』があるわけだ」
「……」
「さっさと諦めるという方法もあった。ただ、君自身、何度も何度も、人に迷惑をかけ、時には他人の人生をめちゃくちゃにした。『一線を越えた』という事実があるからこそ、君は、『本当にまっとうな人間として生きること』に恐怖がある。具体的には、『何をいまさら善人ぶってんだ』といわれるのが嫌なんだろう?」
「……当たり前だろ。そんなの」
「そうだね。当たり前だ。そして……君くらいの立場の人間が、多くの人間を不幸にするのも、よくある話だ」
「よくあることだからって許されるわけじゃねえだろ」
「そうだ。許されるわけじゃない。罪を償うことができても、罪を犯したという過去は消えない」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
そう。結局ここだ。
どうすればいいのかわからない。
だからこそ、罪を犯し、その重さを理解した人間は、まっとうに生きることに恐怖を覚える。
反省したことを、証明することはできないから。
「そんなの、君が成長する以外にない」
「俺が成長したからって、罪は消えねえだろ」
「そうだよ。今の君は、被害者を出しただけだ。だから罪に折り合いをつけられない。だけど、君が成長した時に、被害者たちへ、君が素晴らしい人間になるために、『犠牲』に、『踏み台』になったのだと胸を張って言え。そして、『こんな凄い奴が、凄い奴になるための踏み台になれたのなら、誇りに思うしかない』って思わせろ」
「俺が、凄い奴に……」
「クソ野郎の被害者になったとき、人は憎悪を抱く。だけど、凄いやつの踏み台になった人間は、その敗北と屈辱を誇りに思う。善悪じゃない。正しいか正しくないかじゃない。それが人間だ。どれほど理性的な行動に正しさの理屈をつけようと、清々しさに尊さを感じたいという気持ちを、人は棄てられない」
ルイベルの眼は揺らいでいる。
「君の悩み、『何いまさら善人ぶってんだ』といわれるのが嫌だというのもわかる。だけど……そう思う人間はね。元から君を下に見ているというだけのことだ。自分が悪だと思いたい人間が、『善行を積んでる』のが嫌なんだ。だからそういう人間は集まって、君を非難する」
「っ!」
「そういうやつの共通点を教えてやる。『同意を得たいだけの凡人』なんだよ。『人の善行を評価できないやつ』と付き合ったところで、そういうやつに合わせたところで、何になる。誰が幸せになれる。齢十八で『正解を出し続けられるはず』なんてバカバカしいことを考えるような奴を相手にするな」
ヴィスタはルイベルの眼を正面から見据える。
「強くなりたいなら、踏み台にする価値のない奴を見てる暇なんてない」
ヴィスタは肩にかけていたカバンから、十枚つづりの紙束を取り出すと、ルイベルに見せる。
「君の中に眠っている君の力は、私が引き出す。私はね。君に『どこに行ったって通用しない』とは絶対に言わない。『どこに出しても恥ずかしくない人間』として、君をこの国からたたき出す。あとは君次第だ」
ルイベルは震える手で、紙束を受け取った。
そして、表紙をめくって一枚目を見る。
少し読んで……。
「ははっ、化け物め」
その頭脳の、片鱗に触れた。
ヴィスタは立ち上がりつつ、口を開く。
「ああそれと、最後に一つ」
通路のほうに体を向けながら……。
「いつでも迷惑をかけに来るといい。それじゃ」
歩いて、すぐにその姿は見えなくなった。
ルイベルはその場にうずくまって……。
「うっ、ぐすっ、うあっ、ああああっ!」
ヴィスタは彼を、利用する気満々だと、確かに言った。
だが、ここまで理解してくれて、向き合ってくれて、道を示してくれる。
そんな人間に出会ったことはなかった。
彼のこれまでの行動を考えれば、頬で弧を描くそれを流す資格などない。
なんせ、彼はまだ何も償っていないからだ。
彼を認められない人間がここでの一幕を隠し見ていたとしたら、『開き直っただけ』だの『感動ポルノ』だのと言い出すのは想像に難くない。
しかし……この牢屋の地下に、彼以外の人間はおらず、彼を非難するものもいない。
「あ、ごめん。おんぶしてくれない?」
「もうちょっと踏ん張れよ。マスター」
「これでもきついんだ。勘弁してくれ」
「へいへい……」
「で、何か言いたいことは?」
「……なんで、ルイベルを助けるようなことを?」
「そうだねぇ……別に、ルイベル君が犯罪者であるという、その認識を変えたわけではないよ。ただ、【元凶】というか、『黒幕】がわかるがゆえに、彼も被害者に見える。と言っておくね」
「そうかい……」
「あ、そうそう、フェラリムから連れてこられたあの三人に手間賃を用意してるんだよ。祖国でおとなしくしてもらうからさ。明日渡しておいてくれない?」
「エグイなぁ」
牢屋の一階で、そんな会話があったそうな。




