第35話 とりあえずこの赤ん坊には鈴をつけておけ。
どれだけ呆れる要素を抱えていようと、笑顔の赤ちゃんは可愛い。それは真実である。
「サイラちゃん! 待って! ちょっと待って!」
女性職員が手を伸ばしている。
その先では、めちゃくちゃ笑顔の赤ん坊がものすごい勢いでハイハイしていた。
「……いったい何があったのですか?」
ちなみに場所はアルバ政府役所の一階ロビーである。
ダイナが改めて『進行表』を確認したところ、『リューガがそのうち来る』とのことなので、それまでこちらの面倒を見ようという話になったのだ。
ただ、ちょっと目を離すと、そのまま『ハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイッ!』とどこかに行ってしまうので、面倒を見る方が大変である。
それと同時に、なぜリューガの息子であるサイラがここにいるのかもよくわかるというものだ。
これだけ動き回る子なら、そりゃどこにでも行くだろう。
そんな様子で騒がしくなっていた一階にセラが降りてきて、すべてを察した表情をしながらも、一応周囲に聞いたわけだ。
「あー。リューガの息子のサイラ君がこのフロアに突然入ってきて、あちこちに行くもんだからとりあえず回収したんだけど、マスターの『進行表』を見たら『リューガがそのうち来る』って書いてるから、それまで面倒見ておこうぜってことになったんだよ」
「それでもう若干後悔し始めていると」
「まあそんなところだな」
そんなことを話していると、サイラ君がすごいスピードのハイハイでセラのところに来た。
セラを見上げて……一瞬だけ顔を見たが、そのあとはずっと太ももを見ている。
「足フェチは父親譲りか……」
「単純にそこまで首を上げるのしんどいだろ。生後一か月だぞ」
「信じられませんね」
「まあ、生後三か月で魔道具の設計図を書いたマスターに比べりゃ常識的だろ」
「比べる相手を間違えてるでしょう」
セラはサイラを抱き上げると、近くのソファに座って、サイラを自分の太ももに置いた。
股下がほぼないマイクロミニスカートゆえに、ほぼ太ももの上に直に置いたものになる。
で、サイラ君はめっちゃ笑顔になりました。漏れている声もうれしそうです。
「やっぱり父親の影響が強そうだな」
「確かに。それにしても無防備ですね」
「まあ、あの父親だからな。めっちゃ愛されてるのがわかるんじゃないか?」
赤ん坊だって不安という感情はある。
というか、赤ん坊に慣れていない人間が抱き上げる場合、『どう持てばいいんだ?』とか『落ちないように気を付けないと』みたいな『不安』や『緊張』が結構伝わるので泣きやすい。
その点、サイラ君はあまりにも不安を感じていない。
生後一か月なのでまだ明確な意味で『思考』はほぼないだろうが、愛されているということがわかっているのだろう。
……知らんけど。
「……セラの太ももから離れないな。あんなに動き回ってたのに」
サイラ君。どうやらセラの太ももがとても気に入った様子。
というか、『くぁぁ……』みたいな欠伸をして、そのまま寝てしまった。
「あら、寝ちゃいましたね」
「動き回ったら疲れるからな。それはサイラも変わらんだろ」
「そんなものですかねぇ……」
セラが優しくなでていると……。
「おーい! サイラはこっちに来てるか!」
ドアを開けてリューガが入ってきた。
「あ、リューガ。久しぶり」
「おっ、ダイナとセラか。久しぶり……って、やっぱりセラの太もものところにいたのか!」
「……」
本格的にサイラ君はこのバカの血が濃いと判断していいかもしれない。
将来的にあまりよくない影響が……いや、別に足フェチそのものは罪でも悪でもないのだが、この男の場合はなんか嫌だ。
「おーい。サイラー。パウラが待ってるぞー」
おそらく妻であろう名前を出してサイラに近づくリューガ。
そして、セラが抱き上げてリューガに渡すと……
「あああああああああああああああああああああああっ!」
思いっきり泣きだした。
「うおっ! どうしたサイラ。よーしよーし」
あやしているリューガ。
その手つきはやはり父親になったこともあって慣れた手つきだが、サイラが泣き止む様子はない。
セラの太ももに手を伸ばして号泣している。
「……」
足フェチもここまでくると一つの個性か。
ただ、サイラが泣き出したことに関しては『十割くらいそうなると思っていた』ので、誰も驚いた様子はない。
「す、すまんな。ちょっと家で落ち着かせてくるから、面倒見てくれてありがと。それじゃ!」
そういって、リューガはさっさとフロアを出て行った。
……サイラ君が泣き止むのはいつになることやら。
「……ガチで泣いてましたね」
「まあ、だろうなって思ったわ」
「私もですね。まあ、赤ん坊ですし、元気に泣く分にはまあいいとしましょう」
「だな」
「……そういえば、ヴィスタ様は大泣きしたこと、あるのでしょうか?」
「あったらしいぞ」
「え?」
「メイド長が時々話してくれるんだよ。えーと、マスターが生後三か月で魔道具の設計図を書いたのは知ってるよな」
「そこは何度も聞きますね」
「で、完成した設計図を見に、父親のゴードンが来るだろ?」
「ええ」
「設計図を持ち上げて、感激するだろ?」
「でしょうね」
「感激しすぎて手元が狂って、設計図が近くの暖炉の中に」
「そりゃ泣くわ」
せっかく書いた自分の最初の発明品が暖炉の中に入っていったら泣くに決まっている。
そこはヴィスタも変わらない。
「メイド長が観察する範囲で、なんとなく、マスターから『感激した人間はロクなことをしない』っていう前提をもってそうな雰囲気が感じられたらしい」
「まあ、わかる話ですね。というか、そういう、『予測できない』という時代もあったんですね」
「マスターだって人間だからな」
「あれを人間と呼んでいいのかどうか、私は疑問ですが」
「そういうなよ」
まあ、とりあえず、ヴィスタも大泣きしたことはあるというわけだ。
「サイラ君。とりあえず鈴でもつけておいた方がいいかもな。これからも見失うことが多くなりそうだ」
「私もそう思いますね……」
サイラ君。ちょっと大きな鈴をつけておこう。君が周囲を不安に思わなくても、周りが君のことを不安になりつつあるからね。




