第23話 薬を一々飲ませるのは面倒だ。ガス化させちまえ。
聖都ラスタームの一等地。
ここに住んでいる者の多くは高位の神官である場合がほとんどだが、中には大商人の関係者や、神聖兵団の拠点など、『中枢』といえる環境がそろっている。
で、今どうなっているのかというと、簡単に言えば『地獄絵図』だった。
「なぜだ! なぜ解毒剤が効かん! ゴフッ、はぁ……」
「く、くちも、まともに開けなく……あぁ……」
「ヒュー、ヒュー……ぁー……」
神聖兵団の鎧を着たものが荷車に解毒剤が入った瓶を入れて持ってきて、それを身分が高そうな者たちに配った。
だが、この結果である。
「な、なぜ、何故だ! 二年前はこれでよくなったはず!」
神官であろう男性が狼狽している。
事実として、二年前の毒霧竜の時は、このポーションを使って治療することができたのだろう。
だが、今回はそれでどうにもならない。
なんなら、飲ませた後のほうが悪化している。
「騙したのか。我々を騙したのか!」
「ち、違う! そんなつもりは――」
飲ませる前に『これがあれば治る』といって飲ませたのだろう。飲ませる条件として何か交渉があったのか、スタミナをゴリゴリ奪う毒であるにもかかわらず、『激怒』で魂が震えている者もいるようだ。
声すら出なくなり、だがあまりにも無念なそれを、ポーションを用意した神官に向けている。
だが当然、気力だけで治るほど甘くはない。
「……実際はこうなるのか。なんというか、ひでえな」
そんな地獄絵図となった広場に、ダイナはやってきた。
「マスターから貰った資料の通りってことか。『毒の質』が人体の中で一定以上になることで無害化する性質があり、解毒する場合はこの方法しかない。が、二年前のレシピだと、垂毒龍皇の毒の場合は無害化するレベルまで質が高くならないから『悪性がひどくなるだけ』……いったい何をどうすればたどり着けるのやら」
ダイナは呆れた。
神聖兵団が持つ解毒剤は、一応、『改革派が作った』のが公式発表だが、実際にはヴィスタがレシピを書いたもの。
毒の性質。要するに『どうすれば無害化するのか』が完璧に分かったうえで、それを行える素材をそろえなければならないが、ヴィスタは頭脳だけでそこにたどり着く。
そしてこの性質の場合、『なぜ毒霧竜が解毒された生物を食べたがるのか』という理由がしっくりくる。
解毒とはいうものの、無害化という点では間違いないが、それは『威力が弱まった』のではなく、むしろ『質が高まった』ことでその結果になるという話。
毒を回収することで強くなれるという性質があるのならば、『質が高くなった毒』を求めるというのは直感的にも受け入れやすいものである。
「とんでもないことになってますね。速く飲ませましょう!」
アーシェがポーションが入った木箱をもって、肌が紫色になった者のところにいく。
「お、おい! 何をしている!」
「治療に決まってんだろ」
ダイナが呆れている間に、アーシェがポーションを飲ませる。
すると、急速に、目に見えてわかるほど体の色がよくなっていく。
「なっ……ば、バカな……」
ポーションを用意した神官が愕然としている。
だが、何かひらめいたようだ。
「お、おい! そのポーションは全て我々『改革派』のものだ! 我々の許可なく使用することは許さん!」
「ごめん。ちょっと理屈がわからん」
「魔剣コレクター。お前がいるということは、お前たちはアルバ地方から来たのだろう。アルバ地方はケラダホア王国のもの。そして、ケラダホア王国は我々改革派のものだ! 勝手な真似は許さん!」
「……あんた、グリニー・デルトか? 副助祭の」
「何っ? 何故私の名前を。広く知られていないはず……」
「ああ。名前だけわかればいいよ。『アンタのことは無視しろ』って言われてるんでね」
「何をバカなことを! いいから、そのポーションを渡せ! 宝剣がどうなってもいいのか!」
「え? お前たちが持ってんの?」
「そんなことも知らないのか! これだから辺境の異教徒は――」
「グリニー! それ以上しゃべるな!」
横から階級の高そうな人が出てきて叫ぶ。
宝剣は強硬派が湖の決戦の後で奪ったものであり、これは保守派としても突っ込みやすいネタだ。
ケラダホア王国にとって宝剣は絶対に必要なもので、その宝剣を強硬派がどこに隠し持っているのかがわからないゆえに、保守派としても王国への援護が決定的なものにならない。
そんな状況だというのに、『自分たちが持っている』とわざわざ宣告するのは愚か極まる。
「……ああ、いいよ。声質取ったなんて幼稚なこと言う気ねえから。そっちの言い分を聞く気もねえけどな」
「フンッ! 宝剣のことなど我々は知らんな。だが……偶然、君たちの前に出てくる可能性がなくなるかもしれんぞ?」
あくまでもアルバ地方がケラダホア王国に属するという状況になれば、宝剣の存在は最大の脅し文句だ。これは間違いない。
だが、ダイナは肩をすくめた。
「俺は言ったぞ。そっちの言い分を聞く気はねえ。ってか、そろそろだと思うんだが……」
ダイナがつぶやいたとき……。
「ダイナ! 時間稼ぎご苦労! こっちの準備は終わったぞ!」
一等地の中でも『高台』といえる場所から、マックスの声が響いた。
ダイナがそちらを見上げると、大きな樽が用意されており、部下が大きなツボを抱えて、その背後には杖を構えている人たちがいる。
「おっ! マックス。よろしく!」
「何をする気だ!」
「ん? ああ、この解毒剤に別の薬をぶち込んでガス化させて、風属性魔法で全体に行き渡らせるんだよ」
「な、バカ! やめろ! ポーションを管理するのは我々――」
グリニーが言い切る前に、ダイナの部下がツボの中身を樽に注ぎ込む。
すると、白いガスがあふれだした。
それを、杖を構えた人たちが風属性魔法でうまく運んでいく。
白い光はあたり一面に降りてきて、紫色になっている病人の肌を健康的な色に戻していく。
「ほー。やっぱ効くなぁ。効いてくれねえと困るけどな」
「苦労しましたからね。『海王蜘蛛』が守護する花を手に入れるのは」
「だな……俺は二度とやりたくねえわ」
いつの間にかダイナのそばにいたセラがポツリとつぶやき、ダイナも苦い顔でうなずく。
「ば、バカな……あの毒がこんなアッサリ。お、おのれぇ……!」
グリニーと、彼の上司だろうか。憎悪すら感じさせる表情になっているが……。
「ふあぁ……さすがに『契約』は疲れる。さっさと帰ろうぜ」
「そうですね。あまり大樹国アルバから離れるのもよくありませんし」
欠伸をするダイナにセラはうなずく。
「……はっ、そ、そうだ。貴様らは不法侵入だ! おい、こいつらを捕らえ――」
「俺たちはマックス・ヒュベルサーから救援要請を受けてきたんだ。あの毒龍をどうにかして、解毒剤の提供までやったし、アイツも教皇からとやかく言われねえだろ」
「なっ、ぐっ、お、覚えておけ! 宝剣がどうなっても知らんぞ!」
「あんたも言うんかい……はぁ、セラ、アーシェ。帰るぞ」
「はいっ!」
「長居はせずにさっさと帰りましょう。これ以上『セリフ』を聞き続けると寒気がします」
「そりゃ覚悟が足りねえな」
ダイナとセラの脳裏には、『進行表』を書いているヴィスタの姿が浮かんでいるが、それを口にすることはない。
唸っているグリニーとその上司を背に、ダイナたちは聖都ラスタームを後にした。
で、帰りの馬車の中で……。
「そういや、視界にちらっと入ったけどさ。リュシオール。痩せたな」
「劇毒ダイエットというわけですか。スタミナを奪うという話ですが、脂肪を丸ごと奪うということかもしれませんね」
「え、でも、アルバ大森林にいた人に、巨乳の人が何人かいますよ? 脂肪を持っていかれるのなら胸も小さくなると思いますけど……」
「まあ、そこはよくわかんねえけどな」
「ヴィスタ様の資料には載ってないんですか?」
「ん? んー……あ、載ってる!」
「相変わらず気色悪い」
「まあそういうなって。えーと……『毒霧竜の趣味』って書かれてるぞ」
「俗物ですね!」
「モンスターに言ってもしゃーない」
そう、仕方がない。モンスターにそんなことを言っても仕方がない。
ただそれはそれで、劇毒ダイエットが現実味を帯びてしまうのがモヤモヤするが……まあ、倒してしまった後なので、どうにもできないのは間違いない。
というわけで、三人を乗せた馬車は大樹街フレスヴェルに帰っていきました。




