第22話 本来なら、はヴィスタには関係のないことだ
神聖国の首都である聖都ラスタームには、『賢人学会』という機関が存在し、日夜様々な議題で論が展開されている。
単なる研究者の集まりではなく、それに応じた認められるほどの功績が必要であり、現在、人口一千万の神聖国の中で、この称号を持つのは三十人が上限と定められている。
もちろん、『元賢人』や『賢人候補』であっても相当な知識人や研究者である。
三十人の賢人は全て保守派で構成されており、強硬派は一人も存在しない。
さて、『賢人学会』に対し、以下の議題を提出したとしよう。
【都市から近いひらけた土地で、『魔剣公爵』+『熾天使』+『聖剣使い』VS『垂毒龍皇』という戦いで、三名側が勝利を収めることができるか】
この議題に一か月の時間を注いだとして、賢人学会の答えがどのようなものになるか。
結論を述べるならば。
【苦戦は免れない。相打ちが最高の結論である】
これが彼らの結論となる。
まず、この垂毒龍皇は神殿に保管される『賢人のみ閲覧できる文献』を五割以上読み込み、様々な考察や仮設を検証することで、存在を導き出すことはできる。
それが二年前に出現した毒霧竜と非常によく似た性質を持つ……というより、ほぼ最終進化といっていい存在であると割り出すこともできる。
要するに、高性能の感知能力と非常に高い戦闘センスを持ち、『完全に未知の毒』を扱うことができるという情報を割り出せるのだ。
『夢幻魔境』と『天神国アスガルド』の情報も、今回は内容は割愛するが彼らは持っているし、交流も皆無ではない。
聖剣に至っては神聖国で管理しているものが何本かあり、当然その性能は把握している。
そのうえで、『勝てない』とした。
そもそも三人で挑む相手ではない上に、何とか倒せたとしても、体内の毒が厄介極まりない。
そのまま倒すと毒が霧散し、周囲に多大な影響を及ぼすことまで、彼らはたどり着く。それほど、通常の人間の直感に外れた頭脳の持ち主である。
しかし、それを対処する方法がない。
世界樹の力に関する文献はあるが、それをもってしても、『解毒』はできない。
答えは単純で、『世界樹』と『垂毒龍皇』を比べると、後者のほうが格上だからだ。
解毒剤のレシピがわかれば、その材料を世界樹の力で急成長させることは可能であっても、毒霧竜とは違い『世界樹の存在だけ』ですべてを解決することもできない。
都市から離れた……いや、『遠い別の大陸』であるならばまだ『勝利』をかろうじてもぎ取ることは可能だが、『都市の近く』で戦った場合、確実に勝利はない。
それが、賢人学会がこの議題に参加した場合の結論だ。
★
「マックス! 待って! 待ってくれ!」
「なんか既視感が……調子に乗ってんのかあの聖剣使い」
「セラ! 口調!」
「あ、すみませんね」
聖剣タキオングラム。
マックスが所有する聖剣であり、その力は『速くて重い斬撃を出せる』というもので、非常に単純。
要するに、力と速度を純粋に上げる性質を持っており、聖剣を握ればものすごく速い。
都市の外まで斬り飛ばした垂毒龍皇を追う三人だが、マックスがその速度で先行し、ダイナが建物の屋根を飛び越えながら向かい、セラが翼で空を飛んで追随している。
当然、ダイナの速度も圧倒的で、セラの速度も圧倒的。
しかし、それ以上にマックスが速すぎる。
「くっそ。やっと壁か。そりゃ!」
ダイナは一気に跳躍。
そのまま壁を飛び越えて、外を見る。
まあ、全長五十メートルという遠慮のない図体をしているので、すぐに見えた。
壁を蹴ってマックスの横に立つ。
「遅かったな」
「マウント取れるときにしっかり取りやがって」
「何を言う。お前のそれは全力ではなかっただろう」
「……」
「フフッ、ヴィスタ様ほどではありませんが、あなたもなかなかの頭脳ですね」
「比べる相手を間違えるな。あれは無理だ」
マックスは垂毒龍皇をにらむ。
「……毒霧竜の情報が出回って数か月後には、『賢人学会』は、『垂毒龍皇』の記述をすでに見つけていた」
「賢人学会?」
「神聖国の国民の中から選出された三十人のめっちゃ賢い人たちですよ」
「ほー。なるほど。で、どんなことを言ってたんだ?」
「正直に言えば、一世紀に一度あるかないかの『戦争』レベルにまで事態が動くとまで予測していた。要するに……私が斬り飛ばして『目先』ではなくなって余裕ができた時点で、賢人学会は大慌てになっているということだ」
「あー。まあ、ミスったら毒ガス蔓延だもんな」
「さまざまな観測機を常に閲覧する権限くらいあるでしょうし、すでにあれが垂毒龍皇と気が付いていると。なかなか化け物じみた頭脳ですね」
「……ああ、そうだな」
歯切れの悪いマックス。
「で、その賢人学会の情報をもとにすると、俺ら三人で勝てんの?」
「相打ちが限界。というより、冒険者ギルドのSSランク三人ならそういう計算になる。といったところか」
「三人でやるんだし限度あるわな……」
「それで、ヴィスタ様が用意した資料を見て、まだ理解が及ばないと?」
「そうだな。そんなところだ」
マックスにとって、『本当にやばい頭脳』を持っているのは賢人学会の三十人だったが、ヴィスタの頭脳の一端に触れたことで、すごくモヤモヤした感情が芽生えたということだ。
「マスターのことを理解する必要も納得する必要もねえさ。ただ、諦めるか覚悟きめるか。どっちかはやっとけ。ちなみに、セラは覚悟したけど俺は諦めた」
ダイナはそういうと、剣を構える。
「さてと、片付けるか」
「そうですね」
最初にダイナが突撃。
垂毒龍皇はそれを見て、口からブレスを放つ。
今までで最も濃度の高いブレスであり、太いそれを――
「無駄だ!」
剣を一閃すると、それだけでブレスが霧散する。
「グルル……ギャオオオオオオオオッ!」
長い尻尾が薙ぎ払われてダイナを襲った。
「効かん!」
魔剣で受け止めて、そのままはじき返す。
質量差という意味で物理法則を完全に無視しているが、垂毒龍皇が一瞬迷っている間にもダイナは進む。
口から弾丸のような毒の塊をいくつも放出させるが……。
「よっ、ほっ!」
自分に向かう毒弾を的確に斬り落として進む。
そして弾き終わると、魔力が剣から滝のようにあふれる。
「オラッ!」
剣を一閃。
三日月のような斬撃が放たれて、垂毒龍皇の腹を削る。
「ギャアオオオオオオオ!」
「フンっ!」
毒を腹に送り込んで再生させようとしたが、そこに飛び込んできたマックスがシールドバッシュをたたきつける。
隕石でも直撃したのかと思うような衝撃が発生し、腹がへこんだ。
「ゴッ……バオオオオオッ」
翼を大きく広げて、体が浮き始めると……。
「残念、制空権は私にあります」
セラが空中にいて、頭上からレーザーがいくつも降ってくる。
それは全て垂毒龍皇の鱗を貫通し、内部にダメージを与えてくる。
感知能力が優れている垂毒龍皇は、当然、セラが空中にいることはわかっていた。
だが、避けられない。
あと……さっきからチラチラうざい。
「グルル……」
「ん? なんか不思議そうだな。俺らのこと、まだ『矮小な存在』って思ってそうだが」
「実際そうですけどね。ヴィスタ様の資料がなければ、勝てるとは微塵も思えません」
「なんというか、『わかってしまえば簡単』というのが正直なところだ」
三人の感想は似たり寄ったり。
「最善手とか搦め手とかじゃなくて『必勝法』みたいなもんだし、実力の強弱はあんま関係ねえからなぁ」
「もっとも、全力を出さなければ余裕はないが、逆に言えば、この三人がいれば楽だ」
「こうして集まれることすら予測していた可能性がありますねぇ。いったい何をどこまで見通しているのやら」
ダイナの魔剣から黒い魔力があふれ。
セラの頭上に巨大な光球が構築され。
マックスの聖剣から白い光が放たれる。
「!?」
垂毒龍皇は確信する。
『次で決める気だ』と。
「ギィヤアアアアアアアアアアア!」
口にブレスの準備をする。
だんだん、体の鱗にある紫色のそれが白に変化しているところを見ると、相当な『全力』の攻撃なのだろう。
「残念だ。最悪パターン、『聖毒神デー・ボルス』まで行ってたら俺も真面目にやるが……『垂毒龍皇』じゃあ力不足だ」
ダイナが真横に一閃、マックスは縦に振り下ろす。
それぞれの剣から斬撃が放出され、合わさって十字となる。
そこに、セラの頭上の光球から放たれたレーザーが中心部と合わさり――
「!?」
次の瞬間、垂毒龍皇の腹に、斬撃が直撃していた。
「ギッ、ガッ、アアアアアアアアアアアアッ!」
斬撃が腹を貫通。
斬撃はそのまま空に向かって進み続け、霧散していった。
数秒後、垂毒龍皇は地面に倒れる。
動く様子は全くない。
ダイナたちの完全勝利だ。
「……はぁ、あっけねぇ」
「本来なら、あの都市を捨てる必要がある相手だが……」
「ヴィスタ様にかかわってしまったことが運の尽きという訳ですね」
本来なら絶望レベルの相手だ。
冒険者ギルドからSSランク冒険者が何人も召集され、その補佐として何十というレベルのSランク冒険者が補佐につくほどだろう。
しかし、そんな相手を倒したのに、盛り上がらない。
むしろ……ヴィスタを頭脳に寒気がする。
「……はぁ、毒の霧はまだ残ってるはずだ。さっさと戻るか。アーシェが解毒剤を用意して待ってる」
「そうだな」
「ですね」
ダイナの肌に色が戻り、角は消える。
セラの服装がミニスカスーツに戻る。
マックスの聖剣は帰っていった。
三人は、聖都ラスタームに向かって歩いていく。




