第19話【聖都SIDE】 恵みの地
聖都ラスターム
200万という人間を有する都市であり、周辺の中では最も大きい。
……というより、ケラダホア王国は総人口が100万。王国と神聖国の南にある帝国は総人口が200万であり、超えようがないというレベルである。
テュリス教の総本山である神殿が存在するが、これは誰にも抜くことができていない『神聖剣テュリスライトの台座』の周囲を改造することで出来上がったもの。
ただ、そういった『神聖さ』や『神々しさ』に惹かれる人間は多く、何らかの恩恵があると思った者たちが寄り集まったのが原点。
事実を言えば、神聖国からずっと西に行けば山脈があり、帝国の南には大運河が真横に伸びているゆえに人の移動に制限があり、その『外』に出ればもっと大きな国は存在する。
ただ、神聖国、王国、帝国の人間に『このあたりで一番大きな都市はどこか』と聞かれれば、満場一致で『聖都ラスターム』と答える。
そんな聖域。
一番大きな女神像が存在するこの町は、最も恵みが大きいといわれている。
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「ふむふむ、おお、これはいいものだ」
「これは帝国の高級牛肉ですなぁ。ワインもなかなか」
「おい、この菓子は何処の材料を使っている。我々で独占するぞ!」
宴会。
神聖兵団の兵士たちが壁際に待機した広い部屋に様々な料理が乗ったテーブルに並べられ、よく肥えた男たちが美食を貪っている。
装飾品の数が少ない……言い換えればまだ位が低いものは自分で歩いてバイキング形式のそれを取りに行っているが、装飾品が多くなればなるほど、広いテーブルが目の前に用意され、選りすぐりの高級料理が並んでいる。
「そういえば、小耳にはさんだことがありましてね。どうやら『世界樹』が復活したご様子」
「何? 世界樹だと? いつ、そこで作られた物がこちらに届くのかね?」
一番豪華な椅子に座った男性は『世界樹』という言葉を聞いてすぐに、作物がいつ届くのかを確認。
交渉に向かわせるとか、何を提供すればいいのかとか、そういう発想はなく、『そもそも世界樹は我々のもの』と、無意識に感じている。
「それがねぇ。アラガスの奴が手こずっているのか、いまだに届く様子はないのですよ」
「なにぃ? 元神聖兵団団長と務めた私に、最初に持ってくるのが常識だろうに。そんなことも分からぬものがいるとは。それに、アラガスも何をやっているのか。さっさと回収すればいいだろうに」
そういってワインを飲む。
「それどころではないそうですなぁ。アラガスが、『世界樹の復活はケラダホア王国民が行った』と公式発表したという話ですぞ?」
「なら話は早い。『宝剣』はこちらにあるのだ。オードリスを揺すればいい話だろう。まったく、無能の部下を持つと苦労する」
神聖国の所有物ではなく、ケラダホア王国のものになったことに怒りはない。
簡単な話で、彼にとっては『王国にあるものは改革派のもの』だからだ。
そもそも『国境』という認識がしっかりあるのだろうか。というレベル。
「アラガスも甘いですからねぇ。リュシオール様のような苛烈さが必要だというのに」
「まったく、テュリス教は今まで、様々な手段で王国と帝国を潤してきたのだ。育ってきたのなら、その利益を回収する権利があるというのに」
リュシオールはフォークで刺した肉を口に運びながら悪態をつく。
とはいえ、彼の意見はここにいる誰もが思っていることだ。
強硬派の理念は『独占』だが、それをストレートに言うと反発があるので、もっともらしい理由をつけているだけ。
しかも、『今まで援助してやったのだから、たまには返せ』という程度なら、一見道理が通っているように感じるのが嫌らしいところ。
もっとも……理屈ではなく道理に訴える者の多くは、不都合な言い分を押し付けようとしているか、よほどのバカなのが世の常。
「昔は精力的に働いていたというが、あの甘さはいかんな」
アラガスを貶すリュシオール。
そもそも……巨大な組織において、最もバランス感覚を持っているのが誰かとなれば、それは『中間管理職』だろう。
上の人間は方針を明らかにして、下の人間がそれに従う。
これが組織の最もわかりやすい構図だが、上の人間の意見を『現実的なもの』にする必要がある。
そのバランス感覚を無視し、『甘さ』といって否定するのは、『現場に立ったことのない人間』の大きな共通点であり、不治の病である。
「一刻も早く私に届けて誠意を示すべきだというのに」
リュシオールは立ち上がると、窓に向かって歩く。
「まったく、なぜ作物を持ってくる程度のことが――」
リュシオールの言葉が途切れた。
時間は昼間。
ただ、窓の外に映っているのは、栄えた街並みではない。
愉悦の表情を浮かべ、涎をだらだらと流す、紫色の竜。
リュシオールは雷に打たれたかのように全身を痙攣させ、腰を抜かした。
「うわあああああっ! な、なんだこいつはあああああっ!」
ほかの面々も、窓の外を見て驚愕する。
圧倒的なスケール。そう、全長五十メートルの、紫色の竜が、『いつの間にか』そこにいた。
「ギャオオオオオオオオオオオオ! ジュルルッ、バオオオオオオオオオオオッ!」
咆哮が響き、すべてを揺らす。
周囲の窓ガラスはすべて割れ、建物もビリビリと揺れ始めた。
「いつの間にこんな化け物が、いやいい。早くこいつを討伐しろおおおっ!」
リュシオールはその肥えた体を揺らして、部屋の奥に走り出す。
だが、そんなことは許されない。
ドラゴンが腕を突き出し、壁を貫通してリュシオールを掴んだ。
「うあああああっ! ああああああっ!」
錯乱するリュシオールだが、ドラゴンの握力にかなうはずもない。
「ギャオオオッ♪」
うれしそうな様子で、紫色の液体を口からはいてリュシオールにぶっかける。
「あああああっ! ……ああっ、ぁぁ……」
勢いが急になくなるリュシオール。
……ただ、ヘルバが語っていたことだが、毒霧竜の毒はスタミナを奪う。
精神力で無理やり動くことはできていたが、それより強力な毒であれば、『急速に』ほぼ限界までスタミナを奪うことができるのだろう。
「ジュルルッ。ジュルルルっ♪」
涎を抑えきれない様子のドラゴン。
口を上に向けて大きく開けると、リュシオールをその口の上に持っていく。
ドラゴンが手を放すだけで、リュシオールはドラゴンの口に入るという訳だ。
「い、いやだ、やめてくれ。し、死にたくない」
か細い声で懇願するが、聞き入れる様子はない。
無常……いや、当然のように手を放し――
「ブギャアアアアアアアッ!」
突如、ドラゴンの頬にとんでもなく硬いものが高速で衝突し、顔面が大きく位置を変えた。
「うああああ……」
ただ、リュシオールはそのまま落下。
そんな彼を、誰かが首根っこを掴んで空中で拾った。
「だ、誰だ……」
「私だ。また太ったな。リュシオール」
「ま、マックス・ヒュベルサー……」
左手に剣が納まった盾を持ったマックスが、右手でリュシオールを掴んで、空中に立っていた。
「な、なぜ……」
マックスは神聖騎士団に所属する保守派であり、リュシオールは元神聖兵団団長で改革派だ。
そもそも対立しており、彼自身、なんどもマックスを貶したことがある。
なぜ助けたのか。
「簡単な話。お前が神聖国の国民だからだ」
近くの建物に降り立つと、地面にリュシオールを寝かせた。
その彼の言葉を聞いて、リュシオールは驚いているようだ。
……他国のものであろうと『独占』をスローガンに奪おうと考える彼ら強硬派にとって、『国境』という意識は薄く、『国民性』などない。
だからこそ、『敵ではあるが、同じ国の民だから助ける』という選択が理解できないのだ。
「おーい。マックス! お前速すぎるんだよ!」
「ダイナを超える速度で動けるってどうなってんだコイツ」
「セラ、口調」
「あ、すみませんね」
マックスがいる建物の屋上に、ダイナとセラがやってきた。
「お、お前たちは……」
「ん? ああ、リュシオール・グライザー。確か元神聖兵団の団長だっけ?」
「兵士とは思えない体格ですね。ハンマーを振り回すときに重さで振り回されないためと思っておきましょうか」
「フォローになってんのかそれ……」
「だ、誰だ。お前たちは誰だ」
「私が神聖騎士団第二隊隊長としての権限で、大樹国アルバに救援要請を出して来てもらった」
「なっ……」
ダイナはため息をつくと、屋上からドラゴンを見る。
「で、アイツだな」
「ヴィスタ様の情報によれば、『垂毒龍皇』という名が昔つけられたそうですね。垂れであり、ドレッシングである毒をかけて味わう。そういったドラゴンの中でも別格の存在とのこと」
「なるほどね。まあ、ここまで成長してんのはマスターにとっても最悪から三番目らしいが……」
「成長し、感知範囲が広くなったことでリュシオールを見つけ、喜びに満ち溢れた結果進化したようだな。モンスターは精神が進化に及ぼす影響が大きいことを考えるとそんなところだろう」
その垂毒龍皇だが、先ほどからずっとリュシオールを見ている。
だが、その前に立つ三人がさすがに気になるのか、あまり動いていない。
「アルバ大森林に漂ってた毒は森から離れることはなかったが、こいつの毒はもう、高級住宅街のほぼすべてに広がってるな」
「速いな……早く倒さなければ」
「だな。ていうかここって、最も恵みが大きい地って言われてるんだよな。そんな場所にこんなのが出現するなんて……」
「フフッ、薬も過ぎれば毒。人間にとって過ぎた恵みである『劇毒』が降ってきたのです。彼らの信仰心が強い証拠でしょう」
「それ以上の皮肉は勘弁してくれ」
マックスはセラに頼みながらも、盾から剣を抜いた。
それを見たダイナは、右手に魔剣ダークマターを出現させる。
セラは微笑を崩さず、両手を前に出すと、その前に光の球体が出現している。
どうやら、戦闘準備は済んだようだ。
垂毒龍皇としても、この三人を片付けないと、極上の飯にはありつけないと分かった様子。
竜の雄叫びが周囲に響き、戦いは始まった。