第17話 王城の謁見の間だろうが茶番をさせるのがヴィスタクオリティ
神聖国のトップは教皇が務めており、保守派のトップである。
それゆえに、ヴィスタから『大樹国アルバの建国文書』が送られてきた場合、人がいて、もともと誰の所有地でもない場所を領土に定義し、防衛力と独自通貨を示しているので、要求はすんなり受け入れる。
最も、その反対側にいる王国側のトップ。要するにオードリス国王が認めない場合、彼らの独立は認められない。
セラを『全権代理』として、ダイナはその付き添い。
そういう形でケラダホア王国の王城の謁見の間に通された二人だったが――
「ならぬ! ヴィスタはケラダホア王国民だ。世界樹の復活は、ケラダホア王国の国王として勲章を与え、ケラダホア王国民として誇りを持つべきだろう!」
謁見の間の最たる上座。
玉座に座る男性、オードリス・ケラダホアは叫び散らしていた。
肥満体系の体に質の高い服を着て、ジャラジャラと音がなるほど装飾品をつけており、喚き散らしている。
「その通り、あの地は我々、神聖国としても扱いに困っていた場所だったが、それを乗り越えて世界樹を復活させたのです。神聖国の大使として、ヴィスタ殿による世界樹復活が、ケラダホア王国民として誇りであると承認します」
アラガス・バラサーはゆがんだ笑みを浮かべつつセリフを口にする。
その時点で、あらかじめヴィスタに言われていた情報を合わせて、セラとダイナは完全に理解した。
そして……この上なく苦笑している。
その苦笑を見て、オードリス国王も理解した。
これが明らかな『茶番』だと。
謁見の間という、国家の中でも重要な場所で盛大に茶番を演じさせるという遠慮のなさ。
そんなことをさせる人間など、そう多くはない。
ただ、アラガスには、その苦笑の意味が見えていないようで……。
「世界樹は圧倒的な恩恵を与える。それを個人が扱おうなどおこがましい。王国という歴史のある国で、オードリス陛下の名のもとにその力を発揮するべきです。建国など認められません」
あくまでもヴィスタがケラダホア王国民であるということに全振りした作戦。
普段から腹芸をしているものからすれば、考えていることが透けて見えるかのような計画ではあるが、効果的ではある。
現段階で、オードリスは強硬派には逆らえないのだから。
「ヴィスタ殿には、ヴィスタ・アルバ辺境伯として、あの世界樹の地を治めていただくとともに、そのあふれる力を、陛下の名のもとに管理し、制御する。これが最適であると、神聖国の大使として進言いたします」
もはや、国王よりも自分のほうが発言力があるのだという確信に満ちた表情。
オードリスはそんなアラガスを見て……彼も、苦笑を隠すことはできなかった。ギリギリで顔を背けていたので、アラガスには見えていないが。
そして、そんなオードリスの苦笑を見て、セラとダイナも理解した。
茶番。そう、茶番だ。
そして同時にものすごく思うのだ。
『ここでやるか?』と。
★
「セラが何かを言えば、三パターンくらいの返答のどれかで押し切ってくるって感じだったな」
「まあ、それくらいしかできないでしょう。実際にオードリス陛下の言葉が出ない限り、確定はしませんからね」
ケラダホア王国で最大の都市。『王都クロスフレア』
王城や貴族の邸宅。大商人の私邸が置かれた『一等地』からかなり離れたbarに、ダイナとセラは訪れた。
「ええと、ここだっけな」
「ヴィスタ様の情報通りならここですね」
セラはドアを開けて中に入る。
なかなか洒落た雰囲気のある内装で、客は一人だ。
カウンター席に座っており、金髪を短く切りそろえた四十代前半の男性。
引き締まった体つきなのが服の上からでもわかるほどで、後ろ姿だけでも風格がある。
「……幻惑の指輪の姿とは全然違いますね。オードリス陛下」
セラは微笑みながら、チビチビと酒を飲む男性、オードリスに向かって歩き、彼が座る右の席に座った。
ダイナは鼻でため息をつくと、そんなセラの右に座った。
「……よくここがわかったな」
先ほどまで喚き散らしていたのとは大きく違う。
その声を聞かせるだけで、軟弱な精神を持つものを強制的に従わせるような、『強い声』だ。
「ヴィスタ様の情報通りですよ。あ、私と彼にもおすすめを一つ」
「かしこまりました」
barのマスターはうなずくと、カクテルを作り始めた。
「ここのマスターは私が子供のころからの付き合いだ。何度も腹を割って話している。好きに話せばいいし、情報が漏れることはない」
「そうでしょうね。見ればわかります」
セラが微笑むと、セラとダイナの前にカクテルが置かれた。
「どうぞ」
「いただきますね」
「んー……お、美味いな」
「確かに。雰囲気も含め、良い店です」
「……」
酒の味を楽しんでいる二人をしり目に、オードリスはチビチビ飲んでいる。
ただ、すぐにグラスを置いた。
「早速、本題に入ってもらおうか」
「気が早い人ですねぇ」
「まあ、確認だよな。陛下の個人的な意見として、大樹国の建国を認めるか否か」
「認める」
「即答かよ……」
あまりにも早い切り返しに呆れた様子のダイナ。
ただ、彼なりに答えはあるはず。
「一応理由をお聞きしても? 宝剣を取り返し、大樹国の独立を認めなければ、ケラダホア王国は強硬派の言い分を跳ね除け、世界樹の力を存分に扱うことができますよ。それを放棄する理由が?」
「……前提が一つある。私は人間を、『機能しているルールの中で、最も恐ろしいことを考えることができる生き物だ』と考えている」
「まあ、わかりますよ。相手の命を、技術を、理論を、最善の最速で叩き潰すような、『殺意に満ちた定石』をいくつも編み出し続け、人の社会は成り立っていますから」
「その上で、私はヴィスタを部下にしたくない。それだけのことだ」
「ハハハハハッ!」
ダイナは大笑いした。
「ふぅ、久々に大笑いしたぜ」
「勝ち馬に乗りたいだけのあなたとは違いますからね。しかし、部下にはしたくない。ですか、確かにそれは私も同意ですね」
身体能力で言えば優秀とかそれ以前の問題だ。
だが、その圧倒的な頭脳は、余計な部分を他人に押し付ける技術が非常に優れていることを意味する。
正直に言えば、安心して夜に眠れない。
「……湖の決戦について、どこまで知っている?」
「ここに来る直前に、ヴィスタ様からある程度聞きました」
「ある程度?」
「はい」
「……そうか。なら、宝剣を奪われ、頭を下げにリドナーエ家に向かった私が、当時二歳の赤ん坊から、『十五年後に宝剣を取り戻すから、道化の役をよろしく』といわれたことは知っているんだな?」
「もちろん」
「いやー。やってられねえよな。マジで。二歳の赤ん坊が十五年後の話をするなんて意味わかんねえし」
基本的にオードリスは頭を下げない。
人口100万の国のトップであり、簡単に頭を下げるなと教育され、躾けられているからだ。
だが、宝剣を奪われたことは『よほどのこと』であり、実際にリドナーエ家に向かったのだろう。
そこで彼は、ヴィスタという頭脳に触れたのだ。
「しかも、私が道化をやるのが一番いいルートだと証明してきた。当時私は二十六だったが、それまでにあんな赤ん坊を見たことはない」
「だろうな。二人もいてたまるかって感じだし」
「フフッ、それで、今もなお道化を演じていると?」
「そうだ。ケラダホア王国にとって、宝剣の存在は最重要。絶対に取り返す必要がある」
「とはいえ、宝剣を奪われたことで精神的にぐらついてたところを、マスターがどつきまわしたようなもんだろ? 途中でほかの案に切り替えようとは思わなかったのか?」
「それをしたら、もっと恐ろしいルートが待っているだけだ」
ヴィスタが用意した資料か何かに、『ほかのルート』が記載されていたのだろう。
その内容を実際に思い出したのか、オードリスは顔をゆがませた。
「そりゃまた、苦労する性格だな」
「お前に言われたくはない」
再び、チビチビ飲んでいる。
「……一つ。聞いておきたいことがある」
「ん?」
「アルバ大森林。そこにいた者たちは無事なのか?」
「ああ。全員、元気にしてるよ。ていうか元気がありすぎるぜ。戸籍でもまとめるのか、リストを作ってるけど、なかなか多いんだわこれが……」
「……そのリスト、今はあるか?」
「ん? ああ。あるぜ」
ダイナは鞄から紙束を出す。
「少し見てもいいかな? 元王国民も記載されているはず。ある程度は把握しておきたい」
「かまいませんよ」
ダイナはオードリスに紙束を渡す。
千人を超える名前が記載されているわけで、なかなかすごいリストだ。
パラパラと、一通り目を通し……オードリスはうなずく。
「なるほど」
オードリスは紙束をダイナに返した。
どこか……安心したような表情で。
「……さてと、まあ、俺らもいろいろやることがあってな。あんまり王都には長居できないんだよ」
「これから向かうところがありますからね」
「わかっている。支払いは私がもとう」
「……なんか、気分がよさそうだな」
「ああ。そうだよ」
フフッとほほ笑むと、オードリスはまた飲み始めた。