第16話【強硬派SIDE】 既視感のある会議室。
「きょ、巨大台風で壊滅だと……」
場所はリドナーエ伯爵領の中心地、『都市フェラリム』にある神聖国大使館。
以前も五万の軍勢を用意することを決めた会議室で、アラガスは部下からの報告を聞いて愕然とする。
「ま、まさか……私が軍勢を送り込むことすら予測していたというのか……」
顔が青くなるアラガス。
もちろん、今回の軍勢を用意するうえで、彼の支持であるという物的証拠は残していない。
だが、ヴィスタの頭脳を考えれば、すでに彼に行き着いていてもおかしくはない。
「ぐ、ぬぅ……」
「それから、まだ報告が」
「なんだ!」
「アルバ地方なのですが、どうやら、『大樹国アルバ』として建国するという文書が、王国と神聖国の両方に送られています」
「何!? まさか……あのヴィスタを頂点とする国家が出来上がると!? ……いや、マックス・ヒュベルサーがいる時点で予測できたこと。私のミスか……」
椅子に倒れるかのように座ってうなるアラガス。
そう、マックスが『開拓者』と呼ばれた男であることは、アラガスにとっても既知の情報だ。
「絶対に建国させてたまるか!」
「で、ですが、もともとあの地は誰も所有権を主張していません。国際法を適用するために我々が提出した書類にあの地は含まれておらず、人はいて、すでに独自通貨も建国宣言の文書とともに送られてきました。しかも、防衛戦力は……」
「世界樹がその役割を担えると、五万の軍勢を壊滅させたことで証明したと……私が手のひらの上で踊らされていたと……」
「そうです。そのため、あの地の建国宣言を防ぐ方法は――」
報告に来た部下が諦めに入ったとき、アラガスは何かがひらめいた。
「いや、まだだ! 手はある!」
アラガスは叫んだ。
「世界樹の復活を、ヴィスタの功績だと我々が証明するのだ! 奴はリドナーエ家から追放で、その追放先がアルバ地方となっただけで、ケラダホア王国民であるという分類は失われていない」
これはれっきとした事実である。
建国宣言をしてそれが受け入れられた場合、ヴィスタは『独立』という形でケラダホア王国民ではなくなくなる。
王国にある書類を確認すれば、彼はリドナーエ家のものではないが、ケラダホア王国民であることはまだ記載されているのだ。
「世界樹を復活させた功績として、ヴィスタ・アルバ辺境伯として爵位を与えればいい。そのうえで、王国の中でも重要な土地であることを理由に、国王の直轄地にするのだ。オードリス国王はこちらの言いなりの傀儡にすぎん」
「し、しかし、王国もまた、あの地を自国の領土としていないはずでは……」
「王国民が世界樹を復活させたのだ。自国の領土と主張するのは十分だろう」
どのみち、国のトップが強硬派の言いなりならば、所属だけなら相手に渡しても問題はない。
そういう『手順』になるわけだ。
「これで問題はない。すぐに計画を立てるぞ!」
そういって、アラガスは部屋から出て行った。
「……あの、既視感があるんですが……」
「私もだ」
会議室に残された者たちは、半ば呆れていた。
「それで、今回の作戦はどう思う」
視線が一人の男に向けられる。
前回の会議で、マックス・ヒュベルサーがいることを理由に、顔が最初に青くなった男だ。
「……一応確認だが、この中に、『なぜオードリス国王が我々の言いなりなのか』の正しい理由を知らない者はいるか?」
「え、わ、私は、十五年前の『湖の決戦』で、当時の国王がなくなり、精神が弱ったところに付け込んだと聞いていますが……」
「隙を突いたことは間違いない。だが、本質はもっと深いのだ」
男は言葉を続ける。
「十五年前、神聖国と王国の国境にある巨大な湖から、モンスターの大氾濫が発生した。すべてのモンスターが王国側を目指したため、当時の王国軍とリドナーエ伯爵家が対応した」
「その時、リドナーエ家の宝剣を我々が入手したという話は聞いていますが……」
「そう、リドナーエ家の宝剣は、王家が一度だけ借りることができる契約があり、王国軍が整っていなかった当時、リドナーエから貸し出されたのだ」
帝国との戦争により爪痕が大きい王家。
リドナーエ家としても、ヴィスタは当時二歳で、発展具合もまだ途中。
軍事力も本当に最低限だったのだ。
「王家もまた、継承してきた宝剣を用いた。二振りの宝剣を操り、湖のモンスターを蹴散らした姿は……私も実際に見たが、今でも忘れん」
「ふむ、あの決戦で観戦していたのか」
「ああ。だが、宝剣はどれも膨大な魔力を使用する。そんなものを二つも使って無事ということはあり得ない」
男は一度言葉を切ったが、すぐにつづけた。
「当時の国王は決戦後に疲労困憊。そばにいた軍人たちもそうだった。テントの中で倒れるかのように休息をとっており……強硬派は、少数精鋭で攻め込んで胸に剣を突き立てた」
「え……」
「私は当時、二つの宝剣を強奪する部隊の指揮を執っていた。だが誤算だったのは、奴の息子、オードリスもまた戦場に来ており、疲労困憊の自分に代わって、城に二つの宝剣を運んでいたことだ」
「そ、それでは……」
「そう、私は部下に通信魔法で、城に戻ってきたオードリスから宝剣を強奪する指示を出した」
「そ、そこを……」
「宝剣二つを持つオードリスも相当な手練れ。ケラダホア王国の初代国王は二刀流の達人だったという。その血が覚醒したのか、相当な戦闘力だったようだ」
「それでも、倒せた」
「もっとも、こちらも切り札をいくつも使ったがな。十五年たった今も、その時の負債は回収しきれていない。しかも、宝剣を奪うことはできたが本人を始末することは困難と判断し、奪った後は即座に撤退した」
違和感はチラホラあるが、その時はその時の『条件』があったのだろう。
宝剣を奪った後のオードリスならば倒せたのではないか。と若い男は思ったが、そこを理解したのか黙った。
「ここまで宝剣にこだわった理由は、ケラダホア王国において、王族と伯爵以上の上位貴族は、『剣の継承』が必須だからだ」
「そ、そんな理由が……」
「初代が剣で切り開いたのが今のケラダホア王国であり、剣を継承することは最重要の意味を持つ」
「では……」
「そう、王家とリドナーエ家の宝剣は、今も我々が所持している。リューガ・リドナーエはリドナーエ家を継ぐことはできず、オードリスには子供はいないが、いたとしても王位は継承できん」
「それで、宝剣を持つ我々の言いなりになっていると」
「そうだ」
ケラダホア王国は文化的に、『剣』と『血統』が密接にかかわる。
宝剣がないとなれば、その瞬間、王家の求心力は激減するのだ。
王国で使われている歴史の教科書には、『初代国王が二本の剣で切り開いた』というエピソードとともに、数々の偉業が語られる。
そのあとの歴史にも、『剣で何を成し遂げたか』が歴史書に残りやすく、国民は、『血』以上に『剣』を見る。
「血よりも剣ですか。私には理解できません」
「だが、理解できないことほど、それを受け継ぐことで意味を強くすることはできる。そうして、ケラダホア王国は国民性を強くしているのだ」
だからこそ、宝剣を奪った強硬派は、好き勝手にできる。
「それでだ……仮に、アラガスの今の作戦が通ったとしよう。その場合、神聖国も王国も、ヴィスタが世界樹を復活させたのだと、公式に認めることになる」
「そ、それは確かに」
「そこで、我々が確保しているはずの宝剣が、ヴィスタの手に渡ったら?」
「……ヴィスタがオードリスに、大樹国アルバとして独立することのメリットを提示し、それにオードリスが納得すれば、抱える理由もなくなる」
「そうなれば、我々は王国民であるヴィスタが世界樹を復活させたのだと認め、オードリスは自国民の独立を認める。建国の正当性を満たすというわけだ」
「そ、そんな馬鹿な……」
要するに、防衛能力と独自通貨を示し、人もいるので、『主権』と『国民』を突くことはできないため、『王国民の功績なのだから王国の領土である』という話にすることで『領土』の正当性を妨げよう。というのがアラガスの作戦。
そのうえで、『ヴィスタの独立を認めるな』とこちらからオードリスに命令することで、アルバ地方をケラダホア王国のものにし、そしてそこで発生する利権を強硬派が奪う。
そういうシナリオだったが、あくまでも『剣』が脅迫の材料になっているだけ。
宝剣がヴィスタの手に渡り、オードリスに譲渡された場合、作戦は破綻する。
「アラガスはリドナーエ伯爵家に行ったとき、ゴードンから、『宝剣に関しては、どこにあろうと関係ない』と言われたそうだ」
「……」
「その時はリドナーエ家の宝剣のことだけをさしていると言ってもいいが、この段階になった以上、王家の宝剣もまた、どうにかできると考えたほうがいい」
「ど、どうすれば……」
「宝剣が奪われないという条件であれば、アラガスの作戦は十分及第点といえる。精鋭を用意し、絶対に奪われないように手配しなければな」
前回は調子に乗った者への見せしめの意味もあったので通したが、『宝剣を回収される』のは彼らとしても許容できない。
ここだけは絶対に守らなければならない。
そうしなければ、今まで強硬派の言いなりだった王家が、完全に息を吹き返すことになる。