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第14話 天恵も過ぎれば――

 暗くなってきたが、それでもわかるほど雲一つない星空の下。


 大森林近くの草原には軍勢があり、宴会の真っ最中だった。


 炊事の煙がいたるところで上がり、様々な香辛料と酒の匂いが漂っている。


 大型のテントが用意され、その中では階級の高いものたちが美味を味わい、そんな彼らを、美味を用意した商人が接待している。


 艶やかなドレスを着た美女を侍らせ、実際の行為には及んでいないが、これが続いて夜になれば喘ぎ声が響くことになるだろう。


 ……ただ、ドレスを着ている女性の中に、笑顔を浮かべているものはおらず、虚ろな瞳になっているものばかり。


「クソッ。魔剣コレクターめ。この俺に逆らうなんぞ生意気な!」


 一番大きなテントの上座では、イグライトがワインボトルを掴んでラッパ飲みしている。


「まあまあ団長。宴は始まったばかり、今日は飲んで騒いで、明日に制圧するって話じゃないですか。あいつらの悔しい顔をいくらでも拝めるんですから、今は気分良く宴を楽しみましょう」


 顔が赤くなるほど酒を飲んでいる部下がそういった。


「……そうだな。ククク、明日には世界樹を手に入れるんだ。そして、俺はその作戦を仕切る団長。余裕がなければな」


 そういってワインを再びラッパ飲み。

 本当に気分良さそうに、イグライトは堪能している。


「すみません。報告が……」

「ん?」


 イグライトがいるテントに伝令の男が入ってきた。


「どうした」

「いえ、世界樹なのですが、葉が水色に光っているのです」

「なんだと?」


 イグライトは訝しげな表情で、テントの外に出る。


 酔っ払った頭だが、昼間ならともかく、暗くなりかけてきた今なら世界樹の様子がよく見える。


 確かに、葉が水色の輝いている。


「ふむ……一体どういうことだ?」

「世界樹は様々な恩恵をもたらすとされますし、その一環でああして光るのでは?」

「なるほど、可能性はあるな」


 納得した様子のイグライト。

 ただ、もしもここで彼をAランク冒険者レベルにまで引き上げる装備を身に着けていれば、その『感知性能』によって、星空が見えなくなっていることに気がついたかもしれない。


 だが、宴会の真っ最中である彼らは、それに気が付かなかった。


「ん?」


 イグライトは頭に何かが当たって、触る。


「水……雨か」

「あれ、おかしいですね。あんなに晴れてたのに……」


 次の瞬間。

 バケツの水をひっくり返したような豪雨が、彼らを襲った。


「うおっ、な、何だ!」

「団長。すぐにテントの中へ!」


 突然の大雨に混乱するイグライトたち。

 とりあえずテントに入った。

 だが、尋常ではないレベルの雨であり、水音がやかましい。


「ど、どういうことだ。こんな雨が急に降るわけ無いだろう!」

「……もしや、さっき、世界樹が水色に輝いていたのは、この雨を?」

「バカを言うな! 天候を操作できてたまるか!」

「雨を降らして肥沃の大地に変えたという逸話があるのです」

「だが、こんな雨が恵みだというのか? 天恵だというのか? ふざけるな! こんな雨が降っていたら人の社会が成り立つか!」


 喚くイグライト。

 天候というのは人の精神に大きな影響を与える。

 傘を忘れてびしょ濡れになった経験があるものほど、曇りの日でも気分が沈むように。


 快晴の下で宴会をしていた彼らにとって、突然の大雨は文字通り気分を最悪に変えた。


 だが、それだけで……この程度で、ヴィスタが済ませるはずもなかった。


 突如、テントがギシギシと揺れて、強風があたりを薙ぎ払った。

 急に立てたのか、頑丈性を保証しない作りのテントは強風一発で吹き飛び、後ろの方に飛んでいく。


 瞬きを数回する頃には、イグライトたちも強風と豪雨に晒されることになった。


「ぐっ、な、何だ一体!」

「世界樹は風を引き起こし、それによって新鮮な空気で周囲を満たすと聞いたことが……」

「またそれか! 信じられるか!」


 正直、歴史に記録されるレベルの強い強風だ。

 イグライトはフレスヴェルから帰ってきてそのまま宴会に参加したので、鎧を着たままであり、それ故に強風にも耐えられるが、鎧を着ていないものは強風になぎ倒されて地面で耐えている。


 テントはすべて倒れ、強風を避けられそうな荷車はあるが、そもそもそこまでたどり着けるかどうかの問題だ。


 当然、積んでいた食料も、娯楽物も、全て豪雨と強風に流されて、使い物にならない。


「これが、これが世界樹の力だというのか。世界樹は天恵をもたらすのだろう! こんな、こんなものができてたまるか!」


 叫ぶイグライト。


 確かに、どの文献を見ても、世界樹と呼ばれる存在は恩恵を与えてきた。


 ただ……中には、豪雨がなければ、強風がなければ育つことのできない植物も、世界には存在する。

 そうした植物に依存する『人種』もある。


 そのため、世界樹は元々、豪雨も強風も可能なのだ。


 とはいえ、神殿に保管されている書物を読み解いていけば、過去に、世界樹そのものが要塞の意味を持っていた事実を知ることは可能だ。


 雨も過ぎれば豪雨。

 風も過ぎれば強風。


 天恵も過ぎれば、災害になる。


 天候という圧倒的な力で、押しつぶす。


 ただ、それだけのことなのだ。


 ★


 十分、死屍累々といって過言ではない被災地とかした草原。


 そこに、マックスは部下を連れてフレスヴェルからやってきた。


「五万の軍勢と、それを支える商人が完全に戦意喪失か」

「とんでもない豪雨でしたね」

「ああ。そして、強風は世界樹を目指す場合は向かい風だ。たとえ立ち上がることはできても、進むことはできなかっただろう」


 地面に降り注いだ水は、次の朝には乾いていた。

 明らかに物理的にありえない現象であり、それもまた、世界樹の力なのだろう。


「ここにいたか」


 テントの残骸の近くで、イグライトはうつろな目で横たわっていた。

 死んではいない。

 だが、立ち上がることもできないだろう。


「ま、マックス……来てたのか」

「ああ、散々な目にあったようだな。イグライト」

「……ハハッ。奪うつもりだったのに、森に入るどころか、たどり着くこともできなかった」

「どうする? お前たちに物資はない。余計な体力を使わず、撤退するのは当然として、また、天候の影響を受けなくするマジックアイテムでも持って挑みに来るか?」


 問いかけるマックス。

 だが、イグライトはうつろな目のままで、首を振った。


「お前がいるってことは、あの街にいるやつらと保守派は仲がいいってことだろ? ……もう、俺は俺自身の意志で、保守派にも、あの街にも手は出さねえよ。こんな、惨めな思いは、もうこりごりだ」

「そうか」


 世の中にある理不尽に触れてしまった。

 絶望、などという言葉が可愛く思えるほどの絶対的な差。

 明らかに違うスケール。


 もう、敵で居続けられるような、そんな心は残っていない。


「不遇な扱いを受けていたものはこちらで預かる。お前たちは勝手に帰れ」


 マックスはそういうと、ある地点、緑色の光の膜がある大地を目指す。


「あの下に集められているんだったな……しかし、五万の軍勢がこれか。これでは、何人集まろうと変わらんな」


 憐れみを抑えることなく、マックスは歩いた。

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