第13話 お相手の頭の中は『勝った後』しかない様子。
外に出て戻ってきた者が緊張感を漂わせていたら、当然、内部の人間にも伝わる。
フレスヴェルでの取引……といっても、主に聖木、あとは希少な美味を賭けで勝ち取り利益を得る商人は、ある日、『商品の確保に時間をかけるため、次回は待ってほしい』というセリフを残し、来なくなった。
とはいえ……フレスヴェルの中でもセラやダイナはじめとする影響力のある面々は『あらかじめヴィスタが予想していた緊張期間』であることを考慮して受け入れたため、関係の悪化はない。
そんなある日。
神聖騎士団と同じ白。
だが、明らかに装飾華美で、マジックアイテムですらない金属をジャラジャラと身に着けた兵士たちが、大樹街フレスヴェルに訪れた。
数は五人。
ズカズカと町に足を踏み入れて、広場で大地に突き刺さっている『宝剣祖ユグドラシル』に向かってまっすぐ歩く。
「遠路はるばるいらっしゃい。改革派の皆さんだな。喧嘩しに来たってんなら歓迎するぜ」
ダイナはそんな五人の前に立ちはだかって、不敵な笑みを浮かべながらセリフを口にした。
先頭に立つ男が鼻を鳴らす。
「フンッ! 喧嘩だと? 千人程度しかしない貧弱共が笑わせる! 我々『神聖兵団』は、テュリス教にとって聖なる意味を持つ世界樹の保護に来ただけだ」
「保護?」
「そうだ! テュリス教の信徒には、世界樹を受け継ぐ正当な理由がある。そのためにまず、その剣を回収しに来たというわけだ」
宝剣を指差す男。
自分に酔った様子で宣言しているところを考えれば、それが正しいことだと……いや、『奪うことが常識』という感覚なのだろうか。
「……受け継ぐ理由がある。ねぇ。で、アンタはそんな連中を代表して、ここに来たってわけか」
「その通り! 俺は神聖兵団第一軍団長、イグライト・ドーヴェルタだ。さあ、そこをどいてもらおう」
イグライトは見下したような目つきでダイナを見る。
……まあ、ダイナは182センチで、イグライトは173センチなので、見下そうとすると首の角度が若干キツイけど。
「……抜けるもんなら抜いてみな。世界樹に認められてると思ってるならな」
そういって、ダイナは横に数歩だけ歩いて、宝剣から離れた。
「認められる? 何を言っている。対して突き刺さっていない剣など、こうして……」
イグライトは剣の柄を掴む。
引き抜こうとして……一ミリも動かない。
「な、なんだこれは、クソ、抜け、抜けろ!」
両手で掴んで引き抜こうとするが、全く動かない。
剣の切っ先が地面と同化してしまったかのよう。
「おい、これはどうすれば……」
「知らんよ。俺も抜けねえし」
そう、宝剣祖ユグドラシルは、ダイナも抜けない。
セラに神聖魔法を使ってもらったが、木材を用意し、木の剣を作って突き刺したのはダイナだ。これは間違いない。
だが、世界樹はダイナを認めていない。
世界樹が認めているのは、今のところたった一人だけ。
……とはいえ、その一人は剣などと言う重いものを持ちあげられるとは思えないが。
「さっきも言ったが、宝剣は、世界樹が認めた者しか抜くことはできない」
「なら、今は誰を認めている! この俺に献上する栄誉を与えてやるぞ!」
「返事が用意されてるからそのまま言うと、『国の誇りに手を出すんなら命賭けろよ』だそうだ」
挑むのは自由。
そもそも、世界樹が誰を認めているのかは、誰にもわからないからだ。
ヴィスタがめっっっっっちゃ頑張って一人で抜いたのを、この町の人間は見ている。可愛そうなものを見る目になってしまったのは暗黙の了解で皆黙ってるけど。
そのため、ヴィスタが認められているのは分かるのだが、抜けるようになったからと言って世界樹側からは何もサインは出ない。
だからこそ、抜こうと思い、そして柄を握って抜こうとするのは問題ない。
どのみち、認められていないと抜けないからだ。
だが、これ以上は、ただの我儘。
しかも、世界樹と言う存在は、この町の人間にとって、国の誇り。
それに連なる存在である宝剣は、まさに『国宝』だ。
建国を宣言して日は浅く、まだまだ高揚感溢れる日々を送っている。
余計な手を出すのは、そんな連中の怒りに油を注ぐような物だ。
「何が命を賭けろだ。ふざけるな! 世界樹は我々改革派のものだ! ……まあいい。この森の自然が良く育っているのは分かっている」
イグライトは畑に目を向ける。
そこには、まさに『黄金色の絨毯』と言えるほど、綺麗な小麦が実っている。
「五万の軍勢で制圧してやる! 死にたくなければ、直ぐに森を出て行くことだ! おい、行くぞお前ら!」
イグライトは部下を連れて、フレスヴェルから去っていった。
「……はぁ」
ダイナは溜息をついた。
そんな彼のところに、セラがやってくる。
「流石の彼らも、『魔剣コレクター』相手に剣を抜きませんか」
「まあ、そうだろうな。確かにイグライトは強いだろうな。冒険者で言えばAランクは行けるだろ。ただ、俺相手なら流石にな」
「強いと言っても、純粋なスペックを上げるブーストアイテムを多数所持しているだけのようにも見えましたが……まあ、そこそこ強いのは事実ですね」
神聖兵団の第一軍団長。
肩書に恥じない程度には強いというわけだ。
……ここから先、そんなレベルで付いていけるのかどうかはお察しだが。
「おーい!」
ヘルバが二人の傍で着地する。
方角的に、森の奥から木の上を飛び移りながらこちらに戻ってきた。と言った様子だ。
「どうだった?」
「木に登って確認したが、確定だな。数万の軍勢がいた。しかも、炊事の煙がいくつも見えた。荷物の少ない荷車も多かったし、今日か明日で完全に制圧する気満々だぞ。アイツら」
「兵糧を一気に消費……士気高揚か、それとも……」
セラが首を傾げた時……。
「改革派は勢力拡大の際に愚か者を多数抱え込んだ。調子に乗る者が多く、そしてそれを制御できていない。宴会をやらないと不満が出るということだ」
マックスが三人のところに着て説明した。
あまりにも杜撰な意見にいぶかしげな表情になる三人だが……。
「まあ、世界樹を手にすることが出来れば、ぶっちゃけ兵糧の問題なんてないも同然だからな」
「それはそうですが……」
ダイナの言い分にセラは溜息をこらえている。
そもそも食料の輸送は大規模なコストがかかる。
制圧した場所の不満を考えないのなら、現地で奪った方がコストパフォーマンスが高いのは自明の理だ。
自明の理なのだが……。
「五万って、『今』抱えられるか?」
「指揮官の言うことを聞けばな」
ヘルバの呟きにマックスが応える。
そもそも、千人規模の町なのが大樹街フレスヴェルであり、そこに五万の軍勢のための備蓄などあるわけがない。
世界樹がどのような形でそこに住まうものに恩恵をもたらすのか。そこをしっかり調査するべきである。
とはいえ、成長速度は完全に植物学を無視したレベルであり、開拓して畑を作れば問題はないだろう。
だが、団体行動がとれる場合の話だ。
「まあ、目先の快楽がないと気分が上がらないなんてのは良くある話だからな。アラガスって奴がマスターを警戒してるから五万も用意してるってだけで、現場の人間は報酬につられて来ただけだろ」
兵糧の大量消費。多額の報酬。世界樹の強奪。
いずれにせよ、お相手の頭の中が『勝った後』で埋め尽くされているのは間違いない。
「本質を突きますねぇ……とはいえ、ヴィスタ様に関しては、強硬派にとっては諸悪の根源ですし、憎悪を抱いていても不思議はないでしょう」
「それで、上の人間の内心はガン無視で、報酬につられた馬鹿が騒いでんのか」
「我が国の人間ながら、救いようのない話だな」
結論。ため息が出る。
「で、マックス。あのイグライトってのはどんな奴なんだ?」
「兵団の第一軍は主力部隊で、イグライトは若くして成り上がった男だ」
「装備が強くて中身スカスカに見えましたが、どういうコネが?」
「……強硬派派閥随一の商会の三男だ」
「へー……まあ、それで冒険者で言うAランク相当って考えると、なかなか凄い商会ではあるな」
「主に金貸しだ。リドナーエ家が復活する前、借金をしていた話は知っているか?」
「その時から因縁があるのかよ……」
ここでリドナーエ家の以前の借金の話を出す以上、因果関係があるのは確定だろう。
「はぁ……っていうか、ヴィスタのやつは一体何をする気なんだろうな」
「俺も聞いてねえぞ」
「私も聞いていませんね」
「私も聞いていない。が、ヒントになりそうなものはある」
「ん?」
「奪うのではなく、超えなければ手に入らない。そんなことを言っていた」
「超える……って、どういうことだ?」
「わからん」
そういいながらも、マックスは世界樹を見上げる。
三人も世界樹を見上げた。
数秒後、ダイナが呟く。
「……嫌な予感はしねえけどさ。妙な予感はするよな。こう、怒りよりも憐れみの方が強くなりそうな感じのやつ」
十割くらい同意の三人であった。