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第12話 【残酷】には常に【器】という名札が付いている。

 大樹街フレスヴェルに来たマックスに依頼し娯楽物を扱っている商会と取引したことで、町の中で満足度は上がっている。


 なお、遊ぶにしても賭け事にした方が緊張感があるのは事実なのだが、現状、世界樹の力が強すぎて、持ち込んだ種に関してはほぼ全て高速栽培が可能となってしまう。


 まあ、世界(・・)樹なわけで、それを一つの小さな町で使おうとすれば供給過多というレベルに収まらないのは自明の理。


 ただし、それは種の数が多い品種に限られる。

 言い換えれば、種の数が限られ、『どうしても集められる数が限られる物』を最大限活用し、『美味』を生み出せばいい。


 その上で、全員に少量がいきわたりつつ、余剰分を作成可能。その『余剰分を手にする権利』を賭け事の景品にしたのだ。


「……よほどのバランス感覚がなければ不可能なことだが、数字だけで判断していいのなら、結局こうなるのか」


 マックスは溜息をついた。

 彼がいるのはヴィスタの執務室。

 書類を作っているヴィスタの傍で、窓から外を見ながらやや唖然としている。


「いや、本当に数字だけで判断したし、それなら、紙とペンを使えば誰にでもできることだよ」

「……種を植えた直後に管理シートを書いていたように思えるが、植物が種から実った姿が育つ前から分かるのか?」

「世界樹の影響で成長力は最大値で固定されるんだし、予想しやすい方だよ」

「……それが出来れば苦労しない」

「まあ、別に誰かにできるとは思ってないよ」

「疑問なのだが、そこまで優れた頭脳を持ちながら、なぜ一般人と会話が出来る?」


 別に賢さに差があったとしても会話が成立しないというわけではない。

 話が論理的に展開されていないとしても、前後の文脈や勘で分かることが多いからだ。


 ただ、ヴィスタの場合は思考速度が速すぎる。

 それで一般人と『ズレない』のか。ということだろう。


「そんなの、『IQが自由』だからだよ」

「……便利な脳みそだな」

「個人的に言えば融通は利かないけどね」


 スキルの影響で体が得た栄養が全て頭に行ってしまうゆえに、あまりにも貧弱な体質なのが今のヴィスタである。


 ヴィスタの様子を見る限り、この栄養が吸われる調整が出来ない。


 確かに『融通は利かない』と言える。


「……あと、それは一体何だ?」


 マックスが指差す先にあるのは、ヴィスタが使っている杖。

 持ち手の部分から触手のような物が飛び出て書類に迫っており、そこからインクを噴射して書類を作っている。


「ああ、スライムなんだよ」

「スライムだと?」

「というより、三百年前に滅んだある王国では、人工モンスターとして、固体を基にするゴーレムと液体を基にするスライムの研究が行われてたんだよ。それを真似ました」

「……そんな文献、見たことがない」

「私も見たことがない」

「なら、何故わかる」

「計算」

「……他には?」

「それだけ。計算するという分野において、普通よりも理解度が高いというだけの話だからね」

「計算を学べば、君と同じようなことが出来るのか?」

「私と同じ速度で結論を出すことはできないだろうけど、まあ時間をかければたどり着けると思うよ」

「……」

「まあ、勘に頼った方がいいと私は思うけどね」

「それもそうだな」


 溜息をつくマックス。


「……そういえば、それはスライムと言ったが、ゴーレムの方も研究したのか?」

「したよ。実物に関しては……今は父さんの机の上にあるんじゃないかな。まあそれはそれとして……一番聞きたいのはそんなことじゃないでしょ」

「そうだな。その通りだ」


 マックスは頷く。


「神聖国の強硬派が動いている。武具と食料が国境付近に集まっているのは知っているか?」

「アラガスさん頑張ってますね」

「……」


 とりあえずアラガスが軍勢を用意している認識はあるようだ。


「この森を守れるのか? ダイナと……あのセラという少女も相当な実力者だが、森全域を守れるほどではないだろう」

「……隠蔽技術というのかな。自分の実力を相手に感じさせない技術を私が教えたと言ったら、どうする?」

「!?」


 マックスの表情が変わった。


「……まさか、二人だけで、何万もの軍勢を退けられるのか?」

「そうだよ」


 ヴィスタは頷く。


「ただ、今回は二人の活躍を奪うことになるね」

「それはどういう……」

「ダイナとセラが対応するってことは、要するに二人がいない状況を作り出せば、世界樹を奪えるっていう選択肢が出来る。それはそれで面倒な話。だから、別の方法で彼らの相手をする必要がある」

「それは……」


 マックスは一言一句聞き逃さないという雰囲気でヴィスタを見る。


「まあ、楽しみにしてて。ただ……そうだな、持論でも語ろうか?」

「聞こう」

「人の身に余る力っていうのは、思ったより世界にある。いくつもの国が誕生し、その歴史の中で天才が何かを生み出し、それを継承できずに埋もれていくなんてのはよくあることだからね」

「そうだろうな」

「それを手にする場合、最初は『謎解き』だけでいいんだよ。私は世界樹の謎を解いて、実際に手にした。だけど二番手は違うんだよ。少なくとも、今回のやり方じゃダメだ」

「では、どうするべきと考えている?」

「……そうだねぇ。まあ、『奪う』だなんて行儀の良いこと言ってないで、『超える』っていう厚かましいことを言うくらいじゃないと、届かないよねって話」


 薬も過ぎれば毒になる。

 度を超えた正義は悪になる。


 人間というのは物事を扱えるスケールが限られており、人が直観的に受け入れている事々は、このスケールに収まっているかどうかの話でしかない。


 何十年、何百年と時間をかけてそれらを調整し、管理する技術が開発され、『限度』に対する理解を深めているだけ。


 人の体は調整されていない毒を受け入れられず、人の社会は悪を放置して維持できるほど優れてはいない。


 だからこそ。

 過ぎてない毒は薬になる。

 度を超えない悪が正義になる。


 すでに謎は解かれた。

 世界樹は、人のスケールに収まらない力。

 欲しいのなら、『奪う』という悪では足りない。『超えた先』を示さなければ、手にすることはできない。


「恐ろしいものでも、見てもらおうか」


 そういってヴィスタは、世界樹を見上げた。

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