第11話【強硬派SIDE】 怒りの軍勢、または道化の証明。
アルバ大森林で世界樹が復活し、ヴィスタが建国を口にした頃。
リドナーエ伯爵領で最大の町である『都市フェラリム』の神聖国大使館にて。
神聖国の穏健派に関しては、フェラリムにおいてはコートス商会が付き合いが深く長いため、穏健派の中でリドナーエ家と重要な話をする場合はコートス商会の応接室を使う場合が多い。
そもそも大使館は必要がなく、仮に置くとしてもあまり重要な物ではないという『前提』だったが、強硬派がオードリス国王にいろいろ言いまくった結果、フェラリムにも建設された。
そのため、神聖国大使館は強硬派の巣窟と言っても過言ではない。
「クソッ、リドナーエ家めぇ。どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのだ!」
会議室。
五人程度が座れるコの字型に配置されたテーブルの上座で、アラガスは怒っていた。
「落ち着いてください。アラガス様」
「これが落ち着いていられるか! 毒の抗体が完成し、宝剣は『何も問題がない』だと!? 宝剣に関してはいい。そもそも裏取引でこちらの手に渡ったのが十五年前で、そもそも『我々の手に一度渡ったこと』が重要だ。あの小僧の頭脳を考えれば、十分計画を練る時間はある。だが、毒霧竜の抗体など、たった二年で作れるわけがないだろうが!」
アラガスも強硬派の一員として暗躍する男。
当然、世の中にはどうしようもない化け物がいることも分かっている。
だが、こと、ヴィスタに関しては、彼らは目くじらを立てまくる。
「……状況はマズいのです。感情に呑まれず、冷静に計画を立てなければ」
「ぐぬぅ……」
部下の言い分は正しいので、歯ぎしりしながらも耐えるアラガス。
「改革派がなんのためにここまで動いてきたと思っている。あの小僧がぁ……!」
「アラガス様の苦労は理解しております。ここは耐えてください」
「わ、わかっている」
アラガスは深呼吸をして、紅茶を一口飲む。
……すると、ドアが急に開け放たれた。
「た、大変です!」
「どうした! 会議中だぞ!」
「緊急を要します! 計測器が、アルバ地方に『世界樹』があるという数値を示しました!」
「何!? 世界樹!?」
「加えて、一週間前から、神聖騎士団第二隊隊長、マックス・ヒュベルサーがアルバ地方に向かった後、行方が分かりません!」
「神聖騎士団の先手を取られたというのか!? しかも、あのマックスだと!?」
アラガスは吠える。
マックスに対して『あの』と付ける以上、それ相応に『厄介さ』があるのだろう。
「ど、どうすれば……」
「我々も介入する! 世界樹を独占するのは、我々改革派だ! すでにマックスが到着し、あの小僧に仕えていた二人の情報がこの町でどこにもないとなれば、小僧と共にいるはず。精鋭を送り込んでも意味はない。五万の軍勢を私の権限で動かす。威圧して世界樹を独占しろ!」
「はっ! ただ、距離の問題が……」
「むぅ……王国南西のリドナーエ伯爵領からは、北側のアルバ地方は色々な面で遠いか……近い場所の連中には私が働きかける。お前はさっさと準備をしろ!」
「はい!」
突入してきた部下が慌てて飛び出していった。
「あ、アラガス様」
「クソッ、展開が速い。私が暗躍していたあの頃、ここまで展開は速くなかったぞ!」
想定よりも速い展開の動きに文句を言うアラガス。
とはいえ、アルバ地方にある『大樹街フレスヴェル』は、ヴィスタの独裁政治と言っても過言ではない。
良い悪いはともかく、『政府の意思決定速度』において最速の形態をとるゆえに、こんな馬鹿げたことが発生する。
「ヴィスタのやつを侮っていたか。だが、これ以上好きにさせてたまるか! 五万の軍勢を持って世界樹を独占してやる!」
アラガスは吠えて、会議室を飛び出していった。
「……アラガス様、本気のご様子」
一番若い男性が驚いている様子。
「お前は知らなかったな。アラガス様はヴィスタ・リドナーエに対し、憎悪を抱いている」
「な、何故?」
「25年前、王国と帝国の戦争時、アラガス様は強硬派の暗躍部隊で、現場の人間として精力的に動いた方なのだ」
そもそも。
そう、ここで『そもそも』と続けて言わせてもらうが。
リドナーエ家の四代目の時代、帝国との戦争後、リドナーエ家周囲の高位貴族が一気に失脚し、功績を示したリドナーエ家が伯爵になって周囲をまとめるようになり、魔道具を用いた運営に手を出して資金が火の車を超えて全焼寸前になる。
あまりにも強硬派にとって有利、かつ綺麗な流れが一気に押し寄せることなど、ほぼあり得ない。
言い換えれば。
王国が帝国と戦争したのも、リドナーエ家の周囲の高位貴族の失脚も、わざわざ好印象な統治手段に『魔道具』を選択させ、魔石を集められなくなった当時のリドナーエ家が強硬派に借金を作ったのも……。
全て、強硬派が裏の煽動、証拠集め、噂の操作という地道な作戦をコツコツと積み上げた結果成し遂げた、努力と汗の結晶。
「最終的に、リドナーエ家が立ち行かない状態が続けば、借金の利子で一生搾り取れる。そういう状態まで作り上げたのだ。だが、十七年前にヴィスタ・リドナーエが産まれ、生後二か月で魔道具開発に携わり、その結果、リドナーエ家は完全復活を遂げた」
要するに、コツコツ積み上げてようやく成し遂げたのに、ヴィスタ一人の所為で全て水の泡になったのだ。
そりゃキレる。
「そ、そんな流れが……」
「だからこそ、アラガス様はヴィスタ・リドナーエに対し、憎悪を抱いている。たった一人の、しかも赤ん坊の所為で水泡に帰したとなれば、怒りはわからなくもない」
だからこそ、彼らは止めない。
少数精鋭で挑んでもどうしようもない条件がそろっている以上、物量で押し込むしかなく、アラガスの指示そのものは最善から近い方だろう。
怒りに捕らわれていても、彼らが出せる以上の指示がすでにあるとなれば、止める理由はない。
しかし。
そう、しかしだ。
相手はあのヴィスタだ。
「……ん? おい、どうした。顔が青いぞ」
椅子に座っている人の内、一人の表情が良くない。
両肘をついて両手を組み、目を閉じて何か考えているようだが……。
「一つ、気になることがある」
「なんだ?」
「神聖騎士団の関係者が接触した。と言うだけなら構わないが、あの『マックス・ヒュベルサー』が接触したというのがな」
「ふむ、かつて『開拓者』と呼ばれた男か」
「現在、神聖国と西の山脈に囲まれた地域には中小国家が集まっているが、いくつかは、あのマックスが関わることで建国されたものだ」
「なんですと!?」
一番若い男性は驚愕した。
「そのほかにも、森や山にいき、そこにある価値を見出し、周囲の人を刺激して『産業』としてまとめ上げた経歴もある。だからこそ、奴は『開拓者』と呼ばれた」
「要するに、アルバ地方での建国を、ヴィスタに対し提案していると?」
「可能性は高い」
「なるほど、だが、それがどうかかわる?」
「国際法において、国家に必要なのは人と領土と主権と定められている。そして主権の中でも『二大必須項目』とされているのが、『独自通貨』と『防衛戦力』だ」
「……独自通貨はいい。あの男に仕えるダイナという男。確か、圧倒的な器用さを持ち、理想を現実にするという意味で『境界破壊』と呼ばれた男だ。ヴィスタの頭脳とダイナの器用さが合わされば作れるだろう」
「問題なのは防衛戦力……ダイナがいるとなれば、少数精鋭が攻めてきても問題はない。ここは保証できる。なんせ奴は、SSランク冒険者への昇格試験を辞退、そのまま冒険者を引退して行方をくらまし、ヴィスタの下についた。奴の名を出すだけで戦力証明は十分だろう」
「では……」
「そう、問題なのは、物量で攻めてきた場合だ。アルバ地方はその八割が森で構成され、範囲は広大。それをすべてカバーするのは奴にも不可能だ」
ここで一度、言葉を区切る。
「要するに……世界樹の復活によって刺激されたアラガスに『軍勢で攻め込んでもらい』、それを何らかの方法で撃退することで防衛戦力があると証明する。その上で独自通貨も発表し、建国を宣言する正当性を満たす。ここまで奴の選択肢に入っていたとなれば、どうする」
「ば、馬鹿な……人間の頭脳じゃありえない!」
「いや、あり得る」
「何故!」
「奴のスキルだ。あまりにもその貧弱な身体は、スキルの影響で体に取り込まれた栄養がほぼすべて脳に行くからという噂もある。そして……聖都ラスタームの神殿地下にある書庫で、気になるスキルの情報があった」
「なんだ?」
「スキル名は『シンギュラリティ』……体が弱くなり、記憶力と計算力が大幅に向上する。と記載されていた」
「……確定だな」
「ああ。ただこのスキルは、別の情報系スキルの能力で存在を確認できたもので、実際にその効果がどれほどのものなのかは記載されていなかった」
「要するに、神殿の書物を使っても予測が出来ないというわけか」
「その通りだ」
ここで、一番若い男性が声を荒げる。
「では、アラガス様に進言し、止めるべきです! このままでは、五万の軍勢が返り討ちになる! これほどの失態、アラガス様の責任問題になるだけでなく、保守派の優位性が上がってしまいます!」
「総大将はあのヴィスタだ。戦争の経験はないが、どんな手段を見出すのか予想もできんな」
副次的な部分を言えば、神聖国の人口は一千万人。
五万人の兵団は、国家人口の二百分の一であり、維持・管理が難しい。
そして、その五万人が『絶対にかなわない』という恐怖と植えつけられた場合、その噂が尾ひれを付けて広まり、神聖国全体で『大樹国に手を出すな!』という風潮になってしまう。
これは非常にマズい。
「いや、このままだ」
「一体、どうして……」
「改革派はこれまで勢力の拡大に着手してきた。我々が目指すのは『独占』であり、そのために人手は必要だからな。ただ最近、『自覚が足りない愚か者』が調子に乗ることが多くなった。今回の五万という数字は、見せしめになってもらうのに丁度いい」
大樹国にとっても、神聖国の改革派にとっても、見せしめは必要だ。
だからこそ、今回の五万の軍勢による作戦は続行だ。
「わ、わかりました」
一番若い男性は理由を聞いて、落ち着いた様子で席に座る。
彼もこの説明で納得したのだ。
「作戦は続行だ。アラガスもまた、ヴィスタに捕らわれて昔のような判断が出来ていない。敵わないのだという意識は必要だ」
そういって締めくくった。
これで、会議の重要な点は終わりになる。
要するに……ヴィスタの『建国の正当性』という最終目的に気が付いたとしても、彼らは止まらない。
そう、『止まらないという判断をどのみち下す』という着地点が、最初から見えていたのかどうか……それは、ヴィスタに聞かなければわからないことである。