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第10話 誇り

「あの、ゾンビのお兄ちゃん」

「ん?」


 マックスが神聖騎士団の建物で何やら会議をしている様子。

 そうして暇になったヴィスタのところに、アーシェがやってきた。


 ただ、出入り口からではなく窓から顔を出して話しかけている。


 貧弱権化のくせに窓に近い所にベッドを置いているし、大体鍵は開いている。

 ……今はほぼ身内だけだが、これから人が多くなってきたら不備がありそうな様子になっている。暗殺とかいろいろあるので。とはいえ、そこを気にしている様子はないらしい。


 ちなみに、アーシェはメイド服なのだが、ヴィスタはそこに突っ込む気はない。


「私、思うんです」

「言ってみな」

「娯楽が少ないんです!」

「当たり前だね。遊びと言うのは文化が育ってから生み出されるもの。集まって一週間も経っていない場所に遊ぶ物があふれてるなんてことはありません」

「でも、こう、何かないんですか?」

「そうだなぁ……穏健派の人に頼んで、次に来るときに商人でも呼ぼうか。娯楽に使えるものを買おう」

「買うって……神聖国のお金はあるの?」

「あるわけない。まあ、物々交換だね」


 そういって、ヴィスタはある一点を指差す。


 そこにあるのは倉庫だ。


「確か、『聖木(せいぼく)』が……」

「世界樹の復活によって、地下にできたダンジョンは、モンスターを倒すと汚染された木材を落とすようになる。それを、セラの神聖魔法で無理矢理浄化させたんだ。十分、物々交換に使えるよ」

「なるほど!」


 元々、大体のモンスターは魔石を落とす。

 ダイナが世界樹の地下ダンジョンに入った時もほとんどがそうで、低確率で木材が落ちた。

 それを持ち帰り、浄化して木の剣に加工し、突き刺して世界樹が復活。


 その後は、全てのモンスターから木材が入手できるようになった。

 もちろん、汚染されていることに変わりはないのでセラの力が必要だが、『特産品』というには十分な代物である。


「じゃあ、いずれ遊ぶ物は手に入るということですね!」

「そういうこと」


 ヴィスタが頷いたとき、ドアがノックされた。


「マックスさんだね。入っていいよ」

「……失礼する」


 マックス・ヒュベルサーが入ってきた。


「あ、マックスさん」

「君は……メイド?」

「ゾンビのお兄ちゃんのメイドですよ!」


 元気いっぱいで胸を張るアーシェ。


「ゾンビの……まあ、いいか」


 いいんだ。

 まあ、かなり大切なものをいろいろ諦めているような気がしなくもないけど。


「アーシェ。セラに手伝いに行ってきて。食料の分配作業をやってるから」

「わかりました!」


 アーシェは走っていった。


「……で、そちらの話は終わったの?」

「ああ。いろいろ考えたのだが……一つ提案がある」

「提案ねぇ……」


 ヴィスタは溜息をついた。


「こんな貧弱な人間を捕まえて、『建国しろ』だなんて、よく言うよ。ほんと」

「言ってないぞ」

「言うつもりだったでしょ。アルバ地方は神聖国と王国に挟まれてるけど、どちらもその所有権を主張していない。今までは毒の霧があったからね。ただ、遠くからでも世界樹の復活っていうのは感じ取れるし、その存在を手中に収めたいという勢力はいる」


 溜息を押し殺しつつ、続ける。


「だから、私にそれらの勢力をはねのけてほしい。その第一歩として、建国城と言うわけだ。世界樹を管理する主権を持って、他国からの侵略を防げってことだね」


 アルバ地方は、北側に行けば海がある。

 そのため、時間をかければ海路を使って海から侵略される可能性もある。


 そうなった場合、もはや王国と神聖国だけの問題ではなくなる。


 そういう連中を、まとめてはねのけろ。

 マックスはそう主張している。


「……どのみち、ヴィスタ殿が復活させた世界樹を放置することなどどこの国もあり得ない。それを言い換えれば、君の邪魔になるということだ。この町を相互不干渉にする交渉が可能であろうと、君が世界樹の力をかなり高く引き出せる以上、向こうから接触してくる」

「まあそうなった場合でも立ち回り方はある。国際的には、大樹街フレスヴェルを放置して、他の国家で牽制しあう形になるかな。その場合の調整役は私ではないから、どちらかと言えば楽だ」

「わかっている。その上で、君には建国を宣言してもらいたい」

「……」


 正直に言えば、メリットはそこまで多くない。


 というより、世界樹の力の中で最重要なのは、空気が世界樹の影響を受けていること。


 ヴィスタの生命維持において重要な項目でアリ、森の外に広がらないので、ぶっちゃけ、この森で生きていくことが出来るのなら、問題はない。


「まあ、建国云々はともかく、世界樹を好き勝手させないように守ることは決まってるからなぁ」


 そもそもヴィスタは約束したのだ。

 『ヴィスタが決めたルールを守る限り、余裕のある生活を保障する』と。


 世界樹を求める場合、そこに投入する規模は相当なものになる。


 他国からの侵略とフレスヴェルを相互不干渉にできたとしても、ストレスを感じずにはいられない。


 そんな多大なストレスを感じている中で、人は余裕を感じない。


 それは約束を破ることになる。


「我々も会議をした。その後で、この町の人間に聞いて回った。あの世界樹をどう思うか。君をどう思うか」

「だろうね」

「あの世界樹を誇りにしていた。解毒薬があるとはいえ、毒の森に生きる人間を世間は受け入れない。この森の中でずっと過ごすのだと思っていて、世界樹の復活で毒が消え去った。この町の人間は、『毒の霧に侵された者』ではなく、『世界樹の森の人間』として扱われる。そう思わせてくれる世界樹の復活を、全員が誇りにしている」

「それはそうだ」

「彼らは毒の森に送られた、過去に見放された人間だ。だが、これからは、この森を多くの人間が求めるようになる。それがどれほど心に充実をもたらすか、わからないわけではないだろう」

「もちろん」

「歴史書を見れば、建国のきっかけは様々だ。世界樹の復活は、そのどれをも上回る。どうかな?」

「……」


 ヴィスタは溜息を吐いた。


「正直に言うとね。私はずっと前から、君がこうして説得しに来るだろうと思っていた」

「だろうな。その頭脳を考えれば驚きはしない」

「それにね。私はこうして話している今も、多くのことを考えている。普段、その思考速度が落ちることはないんだが、少しブレがある」

「要するに?」

「……誇りを胸に抱ける。そういわれても大した感動はないと思っていたが、どうやら違うらしい。受け入れよう。今日は、『大樹国アルバ』の建国日だ」

「そうか」


 マックスは微笑んだ。


「ただ、君の狙いは別だね?」

「……」

「国には、人と領土と主権が必要だ。人と領土は良い。だが、他国の通貨を使わなければならないのは、人がこれからたくさん来る前提を考えると主権とは言えない。どうせ作れというんだろうが、このあたりの鉱山はない」


 言い換えれば、金も銀も銅もない。


「鉱物資源を他国に依存して貨幣を作るなんてのは愚の骨頂。どうせ私に、あの聖木を使った紙幣を作れというのだろう。その時に私が作った紙幣の『偽装防止技術』を研究し、君たちがやっている暗躍活動の精度を上げること。これが目的だね?」

「……君には敵わないな」


 通貨は流通させなければならない。

 そしてそこには、偽装を防止する様々な技術が必要だ。紙幣ならなおさらだろう。


 その上で、神聖国と大樹国の間で交換レートを設定し、貨幣を集めて研究することで、自分たちが使う重要な文書を保護し、他の諜報部隊から惑わされないようにする。


 それがマックスの筋書きだが、ヴィスタにはお見通しだ。


 もちろん、研究すると言ってもすぐにできるものではないし、実際の運用には時間がかかるだろう。

 とはいえ、建国と言う、デカい話の裏側に、地味だが大切なことを仕込む。


 嫌らしい手だ。嫌らしいが……全てバレると、それは滑稽になる。


 それに早々、気が付くことが出来たマックスは、運がいい方だろう。

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