第1話 貧弱次男。辺境へ
「父さん。もしかしなくても、ド辺境の『アルバ地方』に追放されることになったの?」
「なんで知ってるんだ!?」
大きな屋敷に存在する、一つの部屋。
大陸の中でも大国とされるケラダホア王国。その中でも活気のある街並みが見える『リドナーエ伯爵家』の屋敷で、一人の少年が父親と話していた。
「いや、私の部屋にあったはずの『透明魔力説』の論文が消えてたし、なんか教会関連の組織がざわついてたから、父さんが私が書いたって発表したんだろうなーって思って」
「お、お前……」
「まあ、あの論文って、教会にとって『都合が悪い』から、裏で私の処刑をちらつかせてきて、それを父さんが交渉して辺境に追いやるってところで決着つけたんだろうなーって、この部屋に来いって言われたときからわかってたよ」
確信した声色で語る少年は、リドナーエ伯爵家の次男である、ヴィスタ・リドナーエ。
一言で彼を表現すれば、『ゾンビのような雰囲気』と言えるだろう。
異常性をわかりやすく表現すれば、身長175センチと高身長、しかし、体重は40キロという、骨染みたものである。
筋力が足りないのか、左手で杖をついており、それでバランスを取っている。
顔立ちにも栄養が足りているとはいえず、おそらく素材では整っているのだが、頬がこけており健康的の真逆に位置する。
総合的に見て、ゾンビ染みた、言葉を選ばない場合は『骨と皮と内臓だけに見える』といえるものだ。
「……そ、そこまでお前は分かっていたのか」
そんなヴィスタに対して、慣れた様子ながら呆れているのは、リドナーエ伯爵家当主である、ゴードン・リドナーエ。
ヴィスタが『父さん』と呼ぶ以上、血のつながった親子と考えるのが普通だが、それにしてはあまりにも体格が違う。
椅子に座っているものの、座高だけで考えれば『大男』という印象はない。
ただ、無駄のない鍛えられた筋肉と、風格や凄みといった部分で『巌』という印象がある。
「お前が賢いことは分かっていたが、ここまでとは……」
「で、辺境送りってことは……私はリドナーエ家の人間ですらなくなるということなのかな?」
「そうだ。そうなる……」
半ば唸るように、目を閉じて頷くゴードン。
「都合の悪い考えを持っている私を本来なら始末したいが、父さんが交渉したことで、荒れ果てて交通も通信もまともにできないアルバ地方に、貴族家としての後ろ盾を消して追いやることで免れた。というのが表向きのシナリオかな?」
少しだけ微笑むヴィスタ。
「【教会】相手に粘った方だと思うよ? まあ、鬼オーラフル解放の父さんに付き合わなくちゃいけない交渉役の人も気の毒だと思うけどね」
「茶化すなっ!」
拳を机に振り下ろすゴードン。
彫刻が丁寧に掘られて高級だが、所詮は木製である机にヒビが入る。
しかし、ヴィスタはそれを見ても、表情を変えない。
「わかってるよ。父さんが、私が書いた論文が画期的だと思って、これを発表すれば、世間一般の私の評価を払拭できると思ったってことはね」
ヴィスタは呆れ……その『呆れ』という感情が出た自分自身を半ば卑下するかのように自嘲する。
「『武闘派一族に生まれた出涸らし息子』……その評価を覆せる絶好のチャンスだと思うのは最初からわかってたよ」
「なら、なおさら、冗談を言うな。お前は俺の大切な息子だ。アメリスが遺した形見だ。そんなことを言うな」
「そこで母さんの名前を出すのは反則だよ。まあ、父さんが不甲斐ないことなんて最初からわかってたしなぁ」
「……一週間前、お前を慕う使用人を、独断で伯爵家の雇用から外したのはそれが理由か」
「そういうこと。伯爵家の後ろ盾はなし。言い換えれば、今日まで使用人が雇われたままだと、後で私が困るからね」
「なぜ、俺に言わん!」
「そりゃ……父さんに期待してないからだよ」
ゴードンの心に攻城兵器をためらいなくぶち込むヴィスタ。
ゴードンは泣いた。
「お、俺のことを信用してないのか……」
背中をプルプルと震わせて、嗚咽をかみ殺すゴードン。
「信用はしてるよ。期待をしていないんだ。ただまぁ……辺境への追放ということで『決着がついた』ということは重要だ。そこをはっきりさせてくるところまでは想定してたよ」
「……は、ハハハ……はぁ」
ゴードンはどうやら、諦めたようだ。
「それにね、不甲斐ない自分の罵れだなんて、息子に望むものじゃないよね」
「言葉にせずともわかるか……」
このままだと負け続けるだけ。
さすがにそれは、父親として沽券にかかわる。
「あーーもういい! わかった! お前は、大丈夫だ! さっさと行け!」
ゴードンは吹っ切れたように、ヴィスタに背を向けた。
「お世話になりました」
ヴィスタはそういって、部屋を出た。
★
そのまま杖で体を支えながら屋敷の外に出ると、馬車が泊まっていた。
その前には、一人の美少女が立っている。
「あれ、セラ。この前はメイド服だったのに、スーツにしたんだ」
「ヴィスタ様から『服装は公序良俗に反しない限り自由』と言われてますから、私はこちらの方が好みなので」
「そういや、兄さんの性癖に刺さりまくってて、雇った初日に着てた時、めっちゃ兄さんソワソワしてたもんな……」
「当主であるゴードン様から『メイド服にしてくれ』と言われれば、それに従うしかありませんからね」
「まあ兄さんの足フェチは今に始まったことじゃないけどね」
微笑を浮かべる少女の名はセラ。
艶のある金髪を腰まで伸ばし、股下の丈がほぼ皆無のマイクロミニスカートのスーツを着こなしている。
パンプスをはき、足はがっつり見せていくタイプで、胸はFと大きく、腰が細く、お尻が大きい魅力的なスタイルを最大限に利用している。
一週間前まで、ヴィスタ専属のメイドを務めていた。
なお、純粋な意味での『奉仕者』は彼女だけである。
セラは身体能力が高く、頭脳明晰。さらに、ヴィスタの指示が基本的に的確なこともあって、彼女一人でも問題はないという現状だった。
後、兄の沽券に甚大なダメージが入るので、その辺にしておいてあげよう。
「この一週間は苦労したよ。優秀なメイドがいなかったこともそうだけど……身を守るということに関してもね。ところでダイナ。前は全身鎧だったのに、なんで君までスーツなの?」
「この一週間で質のいい素材を見つけたからな。ついでに、セラの雰囲気に合わせたんだよ」
御者を務めているのは、銀髪をなびかせる高身長のイケメンである。
ゴードンを『巌』のような男だとするなら、ダイナは『細マッチョ』といったところか。
身長が高めのヴィスタよりもさらに高めでとてもスタイルがよく、質の高いスーツを着ていると『エリート』と称して過言ではない雰囲気だ。
口は軽いけど。
「質のいい素材……ああ、『海王蜘蛛の糸』で編み込んだ特注品か」
「……見ればわかるのか?」
「いや、考えたらわかっただけ。ということは、セラのスーツもそれか」
「はい」
「なるほどねぇ。まあ、二人の一週間は大体わかったよ。で、またこれからよろしくね」
「フフッ、これからもヴィスタ様に仕えますよ」
「マスターに忠義を尽くしますよ」
二人からの『確認』は最低限だが、それで『済んだ』といった様子。
セラに支えられながらヴィスタは馬車に乗り込み、セラが乗り込むと扉を閉める。
「さて、アルバ地方ですね」
「遠いなぁ。確か一週間はかかるんだった」
「マスターは体が弱いし、安全第一か」
「冗談抜きで本当に頼むよ。私は十歳の女の子に喧嘩で負けるくらいだからね」
追放を宣言された次男と、彼を慕う二人の使用人という組み合わせ。
【教会】という、伯爵家という身分があっても一方的に叩き潰してくるソレが敵となることなど誰にとっても想定できること。
しかし、三人を乗せた馬車は、まるで旅行に出かけるかのように、リドナーエ家の屋敷から出発した。
★
……という、走馬灯を見ている。
「死ぬ、死んじゃう。まだ、アルバ地方には着かないのか……」
単純な擬音語で言えば、『チーン……』といった無様な姿で、ヴィスタは唸っていた。
「荒れ果てていますから、地属性魔法を使って地面を弄りつつ進んでいます。少々お待ちを」
「それ込みでも馬車にも揺れを防ぐのには限界があるし、もう少しのはずなんで耐えてください」
「……そもそも、ヴィスタ様の予定通りの時刻で進んでいるはずですが」
「セラ。それはマスターの沽券にかかわるから言わねえほうがいいぞ」
荒れ果てた荒野を進む馬車。
誰からも手入れがされておらず、利用されておらず、道はガタガタ。
当然、そのまま突っ切ると馬車が揺れまくる。
馬車の中からセラが地属性魔法を使用し、道を整備していた。
馬たちは自分たちが進む道が変質していることに慣れがあるのか、特に驚いている様子はない。
……とはいえ、全力で走ると馬車の中にいる主人が死んでしまうので、そこまで速く動いていないが。
というより、早くたどり着くというより、荷物をより多く運べる力強い馬が選択されており、『速度』というものを丸ごと放棄している。
「……っ! 見えた! マスター。あと少しだぞ!」
「耐えてください! ヴィスタ様!」
ぐーったりしているヴィスタは、呟いた。
「あ~……花畑が見える~。川の向こうで母さんが手を振ってるよ~」
「それは三途の川だろ! 渡るんじゃねえぞ!」
「ヴィスタ様! しっかりしてください! 村に到着したらフカフカのベッドが待っていますよ!」
結論。
ガリガリの貧弱もやしの介護は難易度が高い。