アラビア半島打通作戦4
『アラビア半島打通作戦を締め括る最後の総攻撃は定石通り、ペルシャ湾に展開する大日本帝国海軍連合艦隊機動艦隊の空襲から始まった。中東派遣艦隊司令長官兼中東派遣総軍司令長官である第1機動艦隊司令長官中野真知子中将は、陸軍第1方面軍を完璧に支援する為に第1〜第4機動艦隊は艦載機の全力攻撃を行っていた。第1機動艦隊は超弩級空母大和級3隻と正規空母長門級2隻が配備、第2機動艦隊は正規空母金剛級4隻が配備、第3機動艦隊は正規空母扶桑級4隻が配備、第4機動艦隊は正規空母赤城級2隻と正規空母蒼龍級2隻が配備されており、空母総数17隻艦載機総数2080機という凄まじい数を誇っていたのである。しかも全ての空母艦載機が陣風艦上戦闘機・彗星艦上爆撃機・天山艦上攻撃機に更新されており、フランス・オランダ陸軍航空隊はもはや敵では無かった。その為に大日本帝国海軍連合艦隊機動艦隊航空隊による制空権は絶対的なものになっており、フランス・オランダ陸軍航空隊は接近する事すら出来なかった。その強力無比な航空支援を受けながら、大日本帝国陸軍第1方面軍はフランス・オランダ陸軍に対して総攻撃を開始したのである。
フランス・オランダ陸軍もここを突破されると、スエズ運河の大英帝国陸軍と合流されるのが分かっており死に物狂いで、戦いを挑んだがその戦いはある意味で消化試合となった。三四式戦車の装甲をフランス・オランダ陸軍のIV号戦車とM4戦車は撃ち抜く事が出来ず、機動力でも劣る為に次々と三四式戦車に撃破されていった。フランス陸軍航空隊の戦闘機であるBf-109とP-40は果敢に空戦を挑んだが、大日本帝国海軍連合艦隊機動艦隊航空隊の陣風艦上戦闘機により叩き落とされていった。護衛の戦闘機を失った事により丸裸になった爆撃機のJu88とJu188は、標的機と同じ扱いをされ撃墜されていきフランス陸軍航空隊は遂に中東から殲滅される事になった。
そして陣風艦上戦闘機が制空権を絶対的なものにした為に、彗星艦上爆撃機と天山艦上攻撃機は次々と攻撃を開始した。狙いすましたように投下される1トン爆弾は重力を味方にする事で、更に凶悪な破壊力をみせた。その結果フランス・オランダ陸軍の構築したトーチカ群は見るも無惨な姿を晒す事になり、塹壕も土砂毎巻き上げられ破壊された。第1方面軍と対峙するフランス・オランダ陸軍部隊にも、500キロ爆弾や250爆弾・50キロ噴進弾が次々と叩きつけられIV号戦車とM4戦車は破壊されていった。その航空支援により第1方面軍は進撃を続けたが、大日本帝国陸軍の泣き所は自走砲が無かった事である。戦車師団には1個自動車化砲兵連隊が存在したが、その部隊は牽引車に九八式四屯牽引車を使用した機動九〇式野砲を装備していたのである。その為に迅速な陣地転換は行う事が出来ず、石原司令官は陸軍省陸軍機甲本部に対して一式自走砲の早急実用化に向けた意見書を提出する事になったのである。
砲兵部隊の機動力にやや疑問が出る事になったが、それ以外は順調であった。海軍連合艦隊機動艦隊航空隊の航空支援と、三四式戦車の支援により遂に歩兵部隊がフランス・オランダ陸軍の要塞に突撃を開始したのである。フランス・オランダ陸軍の歩兵部隊もStG44とMP40・M1トンプソンを乱射しながら戦ったが、大日本帝国陸軍歩兵部隊も一〇〇式機関短銃で応戦した。彼我の装備が機関短銃という事で連射力にある程度差はあるが、単発では無く連射出来るという点では同じで条件が同じなら、大日本帝国陸軍は白兵戦では日露戦争以降世界最強とも言われる能力を有していた。その為に白兵戦に持ち込まれたフランス・オランダ陸軍は次々と撃ち倒され、要塞への突撃開始から僅か30分後には銃声が止むことになった。
常に最前線で指揮を執っていた石原司令官はフランス・オランダ陸軍要塞の旗竿に、日章旗と旭日旗が掲げられるのを確認すると勝利宣言を行った。
その勝利宣言を聞いた第1方面軍の将兵達は万歳三唱を行い勝利を噛み締めていた。一連のアラビア半島打通作戦は社団法人日本映画社のスタッフが撮影を行っており、後に陸軍省と海軍省による検閲を経て大日本帝国本土で映画上映前のニュース映画として報道される事になった。』
小森菜子著
『帝國の聖戦回顧録』より抜粋