表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/135

解説 陸軍兵備紹介2

『三四式戦車

全長8.15メートル

全幅3メートル

最大速度50キロ

武装

85ミリ砲1門

8ミリ機銃2門

最大装甲厚90ミリ

乗員5名


中東オマーン防衛戦での教訓により大日本帝国陸軍省が開発した新型中戦車である。設計の中心人物はロシア人のミハイルイリイチコーシュキン技術者であり、三四式戦車は新型戦車に関するアイデアをまとめ始めた1934年の年号にちなんで、コーシュキン技術者が命名したものであった。

主砲は今までの大日本帝国陸軍の戦車には無い長砲身の55口径85ミリ砲を搭載しており、攻撃力は九五式戦車に比べて格段に向上していた。

防御力については九五式戦車からは隔絶した発展を遂げていた。コーシュキン技術者は防御上有利となる避弾経始を考慮した傾斜装甲(砲塔のサイズと車体とのフォルム含む)を三四式戦車で採用したのである。装甲を垂直では無く傾斜させる事により、避弾経始を発揮させ敵弾を弾く事を第一にさせたのだ。更に装甲板に電気溶接を採用し、リベットの欠点を克服したのも大きかった。リベット留めの装甲板は破砕の問題につながったのである。これは敵弾が当たった時、その弾そのもので戦車や乗員を無力化できなかったとしても弾が当たった時の衝撃でリベットや、断裂した装甲板の破片が車内に飛散し乗員を殺傷してしまう現象でもあった。海軍の連続部分建造に於いて電気溶接技術が発展し、その為に大日本帝国そのものの電気溶接技術が向上した成果でもあった。

だが三四式戦車に欠点が無い訳では無かった。三四式戦車の防御力を発揮する傾斜装甲であるが、傾斜した装甲を用いるということは全体的な容積の減少に加え、デッドスペースが増えることで利用可能容積を減らすことになるのであった。前面の傾斜は前方にいる操縦手や機銃手に影響を与え、側面の傾斜は装備面での制限をもうける要因となった。これにより大小さまざまな運用上の影響を与えていたのである。これはコーシュキン技術者も痛感しており、その為に開発中の新型重戦車では車体自体を更に拡大して内部空間を確保する策が取られる事になっていた。




41式機関短銃マンドリン

全長855ミリ

重量3.7キロ

口径8ミリ

使用弾薬8✕22mm南部弾

装弾数71発

発射速度900〜1000発/分

有効射程150メートル


大日本帝国陸軍が開発した新型機関短銃であり、設計の中心人物はロシア人のゲオルギーシュパーギン技術者である。1941年に開発を開始した事により41式機関短銃と名付けていたが、小倉陸軍造兵廠での視察で41式機関短銃を初めて見た東條陸相が、「マンドリンみたいだな。」と呟いたようであり、そのマンドリンをシュパーギン技術者は気に入り、41式機関短銃はマンドリンの名称にしたいと応えた。東條陸相はそれに応じて新型機関短銃を[41式機関短銃マンドリン]とする事を決定したのである。

大日本帝国陸軍で戦前に正式採用されていた一〇〇式機関短銃とは威力・発射速度に於いて大幅に向上しており、東條陸相は41式機関短銃マンドリンを正式採用する事を決定し大量生産をする事を命令した。その為に第二次世界大戦を通して大日本帝国陸軍の主力機関短銃として、歩兵火器の中心を担う事になった。』

小森菜子著

『大日本帝国陸軍の歴史』より一部抜粋

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ