両国の艦隊
1942年1月20日午前10時
マーシャル諸島クェゼリン島
『かつて』大日本帝國海軍連合艦隊潜水戦隊の前線基地であったクェゼリン島は、アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊の総攻撃を全方位から受けていた。
アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊旗艦超弩級戦艦ユナイテッドステーツ艦橋
ドグワァァァァン!!
ユナイテッドステーツの全砲掃射による爆音が艦橋に響き渡る。
「『18インチ砲』の全砲掃射は壮観ですね」
艦長のエリスノアール大佐はそれこそ笑顔で言った。合衆国海軍……否、世界唯一の18インチ砲搭載戦艦の艦長になれたエリス大佐は嬉しい限りだろう。そんなエリス大佐とは対称的に、第1打撃部隊司令官ユリアマクレーン中将は双眼鏡を覗いたままであった。
「海兵隊のヴァンデグリフト少将から礼文が届いています」
伝令が艦橋に入るなりそう言った。
「日本軍もこれだけの攻撃に、手も足も出てませんからね。飛行場も壊滅して、航空機さえも出撃出来てませんし」
「友軍航空隊、上空を通過します!!」
見張り員の報告がスピーカーから聞こえた。
「航空隊も遠慮しなさいよ。戦艦の上空を通過するなんて」
エリス艦長は不機嫌であった。しかしユリア司令官は違う事を考えていた。
(あの日本軍が航空機を出撃させずに、壊滅するような事はないわ。それに戻って来た航空隊に被弾した形跡が見られない。対空射撃も無かった事になるわ。ここは敵の潜水戦隊の前線基地だったはず。こんな簡単に負けるはずはない!!何かあるわ。)
「艦長、対空警戒を最高レベルへ。通信室、第1航空部隊に偵察機の発進を」
突然の命令に2人は驚いたが、直ぐに復唱した。
「油断したら駄目よ」
ユリア司令官はそう呟いた。
大日本帝國広島県呉連合艦隊総司令部作戦室
ここには連合艦隊司令長官小澤治三郎大将と参謀長宇垣纏中将を筆頭に、連合艦隊主要参謀・関係者がいた。全員が全員、中央の大海図盤に注目していた。碁盤のように四角く分けられ、敵味方を示す駒が置かれていた。
連合艦隊総司令部が陸に上がったのは、1925年である。ワシントン軍縮条約で戦艦の保有・建造が禁止された事により、戦艦を航空母艦へ改装。この空母を護衛する為の巡洋艦・駆逐艦を建造した事から、連合艦隊総司令部の監督範囲が一層拡大した。これにより空母の連合艦隊総司令部設置が困難となった。答えは簡単。自身も航空機を大量に搭載しそれを監督しなければならないのに、連合艦隊全てを監督するような設備を整えるのは無謀である。このような矛盾を打破すべく出された結論が、連合艦隊総司令部の陸上設置であった。勿論これも海軍内部で白熱した議論が巻き起こった。かつてワシントン軍縮条約締結時以来の内戦とまで言われた。しかし結果的に連合艦隊総司令部の陸上設置は決定された。ワシントン軍縮条約締結時と違い、改革派が幅を利かせるようになった事が大きいだろう。
「敵はクェゼリン島の占領を始めたみたいですね」
宇垣参謀長が指示棒でクェゼリン島を叩きながら言った。そのクェゼリン島周辺には、アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊を示す駒が、合計で4つ置かれていた。
「敵は初期作戦を開始したのだろう」
「初期作戦ですか?」
「そうだ。敵は西進しつつ、我が国の島を占領していく。そしてそれを阻止すべく進撃してきた連合艦隊を叩き潰し、我が国の海上戦力を無くす。そして悠々と西進を続け東京湾に侵入。戦艦主砲を差し向けて恫喝、我が国を占領しようとするだろう」
小澤長官はそう断言した。
「となると、マーシャル諸島は全て一時的に占領を許す。その後中部太平洋にて決戦ですな」
宇垣参謀長がトラック島に置かれた連合艦隊主力の駒を指示棒で指しながら答えた。
「その中部太平洋、トラック島から北東850キロが決戦場となる」
「遂に日米の雌雄を決する戦いが始まるんですね」「そうだ。史上類を見ない大海戦となるだろう。しかしこの戦いは太平洋戦争の始まりなんだ。例えこの海戦に勝利しても、アメリカは艦艇の増産が可能だ。負ければ当然ながら、海軍が壊滅してお手上げだ」
「絶対に負けられませんね」
「絶対にだ」
小澤長官は指示棒でアメリカ海軍の駒を叩いた。
アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊旗艦超弩級戦艦ユナイテッドステーツ艦橋
「敵がいないなんて………」
エリス艦長が小さい声で呟いた。
(司令部に突入するも、もぬけの殻。)
ユリア司令官は心の中で同じ事を繰り返し呟いていた。ユリア司令官が呟いているように、先程ヴァンデグリフト少将からの電文が届いた。クェゼリン島には日本軍は1人もいなかったのだ。艦橋は暫し静寂に包まれた。数時間にわたって無人島を攻撃し続けたのである。
「艦長、とにかく接岸するわよ。通信室、輸送部隊に物資の揚陸を命令」
「「了解」」
ユリア司令官は命令を下すと、黙って外を見つめた。
伊400―28潜水艦艦内
「どうやらクェゼリンを補給基地にするみたいね」
第3潜水戦隊司令官中村美代子大佐は、潜望鏡を収納しながら言った。
「敵はこれから更に西進するんですからね?」
艦長の須藤由紀中佐が尋ねた。
「そうね。西進するわね」
「となると、中部太平洋で決戦ですね」
「そういう事。その時は、全力を出して戦うわよ」「勿論です」
「引き続き、敵の監視を続けるわよ」
「了解。」
須藤艦長は敬礼をしながら答えた。
日米の決戦は近い。
次回が、接触。
次々回が、決戦です。