ワシントンDC空襲2
『戦略爆撃機富嶽の爆撃機型は爆弾倉を開いて爆撃態勢に入った。戦略爆撃機富嶽は全長50メートル、全幅75メートル、爆弾搭載量25トン、航続距離は25000キロ、6発エンジンという常軌を逸する超巨大戦略爆撃機であり、航続距離25000キロは爆弾搭載量25トンの状態で可能であった。それは爆撃機型だけで無く掃射機型と輸送機型も、大量の搭載量と航続距離を誇っていた。
それを可能にしたのが戦略爆撃機富嶽はエンジンを串刺し型にしていた点だった。搭載するエンジンは富嶽専用に設計された物であり、石川島播磨重工業製排気タービン過給器エンジンのハ58を搭載していた。大馬力3520馬力を誇るハ58は、レシプロエンジンの究極的存在であるといわれたハ45を更に凌駕する馬力を誇っていたのだ。そのハ58を実質12基搭載しており、莫大な馬力を誇るエンジンとなっていたのだ。
その戦略爆撃機富嶽が投下したのは全て1トン爆弾であった。15000メートルからの1トン爆弾は重力加速度を味方につけ、脅威的な破壊力を発揮した。地上はいまだかつて無い地獄絵図となっていた。ただでさえ破壊力のある1トン爆弾が15000メートルから降り注ぐのだ。ホワイトハウスとアーリントン国立墓地は爆撃対象から外されていたが、大まかな狙いによる無誘導爆弾の爆撃だったが幸運にも着弾する事は無かった。
そして掃射機型が5000メートルの戦略爆撃機にしては低空飛行で、対地掃射を開始した。掃射機型は爆弾倉に100門もの20ミリ機関砲を装備しており、発射されるのはチタン被覆を施した徹甲榴弾による壮絶な弾幕を地上に降り注がせた。戦車や装甲車・一般車輌、そして兵士や民間人に死の雨が降り注いだ。
兵器に人道性を求めるのは間違いだと思うが、この戦略爆撃機富嶽の掃射機型は恐ろしい殺戮兵器だと断言出来る。今でいうガンシップの先取りである掃射機型は、爆撃機型の被害を補填するように地上を文字通り掃射していったのだ。この時点でアメリカ合衆国には迎撃機や対空砲火は破壊されており、掃射機型を阻止する手立ては無く被害は拡大の一途だった。
そしてワシントンDCへの空襲は終わりを迎え、爆撃機型は全ての爆弾を投下し、掃射機型は迎撃用に弾薬は残し、全機が15000メートルに高度を上げてハワイ諸島への帰路についた。地上は壮絶なる光景が広がっており、それは終戦まで悪化する事はあれ復興する事は無かった。』
小森菜子著
『帝國の聖戦回顧録』より一部抜粋




