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帝國連合艦隊〜史上最大の空母艦隊出撃!!〜  作者: 007


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206/216

ワシントンDC空襲

1944年5月3日、アメリカ合衆国首都ワシントンDCに大日本帝国海軍航空隊の戦略爆撃機富嶽が飛来した。この日は快晴であり夥しい数の飛行機雲

が地上からも確認出来たが、それを見た人々は凍り付いた。整備と搭乗員最終調整用に作戦に参加しなかった機体を除く、400機が作戦に参加していたがその巨体からの威圧感は地上からでも確認出来る程だった。

近郊の陸軍航空軍と海兵隊航空隊の基地からは迎撃機が離陸したが、急上昇を行ったとしても戦略爆撃機富嶽には容易に近付けなかった。何せ実用上昇限度15000メートルを誇るのが戦略爆撃機富嶽だったのである。西海岸への戦略爆撃や東海岸への空母艦載機による空襲が続いていたが、アメリカ合衆国は今回のワシントンDCへの戦略爆撃は完全に予想していなかった。

それは首都防衛を担う陸軍航空軍や海兵隊航空隊の基地で対空レーダーを扱う担当官も例外では無く、戦略爆撃機富嶽を探知したが15000メートルという尋常では無い高度を飛行する機体を信じられなかったのだ。その為に全ては後手後手になり気付いた時には戦略爆撃機富嶽は、ワシントンDC上空に飛来した後だった。必死に急上昇を続けるアメリカ合衆国陸軍航空軍P-51マスタングと、海兵隊航空隊F7Fタイガーキャット・F8Fベアキャットだったが戦略爆撃機富嶽は意外な動きを行った。

編隊の半数が高度を下げ始めたのだ。残る半数は高度はそのままである為に、アメリカ合衆国陸軍航空軍と海兵隊航空隊のパイロット達は真意が分からなかった。そんな中で高度を下げていた戦略爆撃機富嶽は爆弾倉を開いた。そしてそこに20ミリ機関砲弾の雨が降り注いだのである。これが開発主体の中島飛行機、とりわけ中島知久平の考案した戦略爆撃機富嶽の真骨頂だった。

戦略爆撃機富嶽は全長50メートル、全幅75メートル、爆弾搭載量25トン、航続距離は25000キロ、6発エンジンという常軌を逸する超巨大戦略爆撃機であったが、爆撃機型だけで無く掃射機型と輸送機型も実用化していたのだ。そして今回のワシントンDC空襲には200機ずつの爆撃機型と掃射機型が投入され、高度を下げたのは掃射機型200機だった。

そして掃射機型は爆弾倉に100門もの20ミリ機関砲を装備しており、発射されるのはチタン被覆を施した徹甲榴弾だったのだ。その為にアメリカ合衆国陸軍航空軍P-51マスタングと、海兵隊航空隊F7Fタイガーキャット・F8Fベアキャットはその防弾装甲を貫通され、必死に上昇していた機体は無残にも全機撃墜されたのだ。

戦略爆撃機に護衛がいない為に撃墜は可能だと考えていたアメリカ合衆国は、まさかの事態に慌てた。掃射機型は爆撃機型の護衛機も兼ねていたのである。地上からは爆撃機が爆撃機を護衛するという、まさかの運用に驚いた。だがそんな状況を嘲笑うかのように戦略爆撃機富嶽は、爆撃機型と掃射機型はそれぞれが爆撃と攻撃を開始したのである。

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