トルコ侵攻作戦2
トルコに侵攻したのはフランス共和国陸軍の35個師団を主力としていた。オランダ王国陸軍も15個師団を派遣し、合計50個師団がトルコに侵攻した。対するトルコ陸軍は北アフリカ戦線に7個師団を派遣しており、国内には30個師団しか残っていなかった。当然ながらトルコ陸軍は予備役招集と徴兵強化により、動員兵力を拡大していたがそう簡単に完了するものではなかった。
装備は大日本帝国からの軍事援助により大日本帝国と同じ最新兵器が、陸軍と空軍に提供されていた。海軍は沿岸警備能力しか無い為に、トルコは陸軍と空軍を優先させていた。だがトルコはオスマン帝国時代の財政難が尾を引いており、財政基盤は非常に脆かった。その為に陸軍の予備役招集や徴兵強化による動員兵力拡大は、あまり大規模に実行出来なかったのである。
装備ばかりが大日本帝国からの軍事援助により海路で大量に送られていたが、人員以上に装備が余る状態になり41式機関短銃マンドリンは1人5挺装備出来る程であった。三四式戦車も大量に提供されたがトルコ陸軍では、戦車兵が少なくそのノウハウを育成する事から始めなければならなかった。
だがそれを行っている時間が足りなかった。トルコが連合国加盟を表明したのは1942年11月11日。タイ王国・オーストラリア・ニュージーランド・イランとの連名で、連合国への加盟を表明した。その後それらの国々の加盟は認められ連合国としての責務を連合軍として果たす為に、大日本帝国は大規模な軍事援助を開始した。
そして1943年6月1日トルコ陸軍は常備兵力を大日本帝国の軍事援助を受けて、装備を更新し7個師団を北アフリカ戦線に派遣した。その後財政難のトルコではあるが連合軍としての責務を果たす為に、徴兵強化を行い30個師団を新たに編成し訓練を終えていた。そこにフランス共和国とオランダ王国が合計50個師団で侵攻を開始したが、それはトルコのみならず連合国にとっても予想外の侵攻であったのである。




