ハワイ沖海戦2
『第3機動艦隊を発艦した空母艦載機は、総数150機であった。南雲司令長官は複数回に及ぶ波状攻撃を計画し、まずは第一波攻撃として150機を発艦させたのである。その攻撃隊はハワイ諸島に向かい、無慈悲な空襲を行った。既にミッドウェー島とジョンストン島に展開する陸海軍航空隊による空襲で飛行場は滑走路と格納庫を破壊し、海軍基地はドックや埠頭も破壊していた。更に弾薬庫や燃料タンクも破壊し、そもそもの兵站補給も断つことにしていた。そして大日本帝国海軍連合艦隊は潜水戦隊を派遣し、ハワイ諸島とアメリカ合衆国本土の補給線寸断を行っていたのである。その為に第3機動艦隊の空襲は、上陸作戦前の仕上げとして行われた。
ミッドウェー島からは大日本帝国陸軍航空隊が二式戦闘機鍾馗と重爆撃機連山を出撃させ、ジョンストン島からは大日本帝国海軍航空隊が展開し、局地戦闘機紫電と重陸上攻撃機深山を出撃させハワイ諸島攻撃を支援していた。だがこの攻撃を含めて第3機動艦隊も陸海軍航空隊も、九八式艦上偵察機や零式艦上早期警戒機を飛ばしていなかったのである。南雲司令長官は周辺海域の偵察を行うという、初歩的な事もせずにいきなりハワイ諸島に対しての空襲を命じたのだ。
その事に対して参謀達は意見具申したが、南雲司令長官はハワイ諸島への空襲が日常的に行われており、今更アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊がハワイ諸島にまで来る事は無い、と力強く断言したのである。そう断言されると参謀達も黙らざるを得ず、偵察を行わずに空襲は実行される事になった。
そして発艦した第一波攻撃隊とミッドウェー島・ジョンストン島からの陸海軍航空隊の空襲で、ハワイ諸島の軍事施設の大部分は廃墟となった。尚この時点でハワイ諸島からは民間人は9割がアメリカ合衆国本土に避難しており、大日本帝国もハワイ諸島からの民間船脱出には一切の攻撃を行っていなかった。
第3機動艦隊空母航空隊の第一波攻撃隊隊長は、ハワイ諸島を見回し攻撃成功と上陸作戦の実施を連絡した。それを受けて南雲司令長官は第一波攻撃隊の帰投収容を命令し、第一波攻撃隊収容後に第二波航空隊の出撃開始を命令した。そしてミッドウェー島とジョンストン島から飛来した陸海軍航空隊には、支援に感謝するとの連絡を入れ以後の作戦は第3機動艦隊のみで行うと伝えたのであった。
こうして陸海軍航空隊はミッドウェー島とジョンストン島に撤収し、第一波攻撃隊は各空母に着艦し収容された。そうして各空母では第二波攻撃隊の出撃準備が慌ただしく行われたのである。この時南雲司令長官はハワイ諸島からの空襲は無いと断定し、艦隊直掩用のジェット戦闘機烈風二型も収容したままであった。更に驚くべき事に南雲司令長官は全艦にレーダーの使用まで禁止していたのである。その理由については南雲司令長官は遂に語る事は無かったが、怠慢では片付けられない利敵行為であり指揮官としての適性が著しく無い証でもあった。
そして第二波攻撃隊の出撃準備が整った所へ、見入り員の「敵、急降下!」という報告が響き渡ったのである。』
小森菜子著
『帝國の聖戦回顧録』より一部抜粋




