海戦終結
……すいません。
大英帝国海軍東洋艦隊旗艦戦艦プリンスオブウェールズ艦橋
「GF打撃部隊、転舵完了した模様です!!」
見張り員の声が伝声管から艦橋に伝えられた。
「長官、一体何をしているのでしょう。」
「雷撃だよ。」
リーチ艦長の言葉にフィリップス長官は断言した。しかし艦橋スタッフの大部分は半信半疑の様であった。
「かつて我が国は純粋酸素を使った魚雷を開発していた。しかしそれには大きな危険を伴い、時間が掛かりすぎるとの理由で開発は中止となった。設計図から試作品まで全て破棄し、『開発していた事実』まで無くしてしまった。予算は戦艦開発関連に全て回される事となった。さて、大日本帝國はどうだろうか?」
フィリップス長官は艦橋スタッフ全員の顔を見回した。講義が続く中でもプリンスオブウェールズ以下、東洋艦隊はその主砲の射程距離内に敵艦隊を収めるべく、進撃を続けていた。
「大日本帝國はワシントン海軍軍縮条約で戦艦建造を自主規制し、空母を海軍の主役と位置付けた。これにより大日本帝國は主砲開発に代わり、航空機開発や魚雷・爆弾・レーダー開発に重きが置かれた。その中の魚雷開発で当然ながら、酸素魚雷も開発候補に上がっただろう。射程距離も長く破壊力も大きい酸素魚雷は戦艦を沈めるのに最適、と判断したのだろう。」
「しかし長官。それなら相手よりも強大な戦艦を建造・保有すれば良いのでは?」
砲術参謀が素朴な疑問を聞いた。その疑問にフィリップス長官は笑みを浮かべながら答えた。
「確かにそうだろう。諸君は東洋の『矛盾』と言う言葉を知っているか?」
フィリップス長官の言葉に艦橋スタッフは困惑の表情を浮かべた。疑問に疑問形で返された砲術参謀は特に、その筆頭であった。
「矛盾とは中国の昔話とでも言おうか。昔中国のある村で、商人が村人相手に矛……槍の事だ……と盾を持ちながら説明をしていた。商人は矛を高々と掲げながらこう言った。『この矛はあらゆる矛よりも強力で、貫けない盾は無い。』そして今度は盾を高々と掲げながらこう言った。『この盾はあらゆる盾よりも強力で、防げない矛は無い。』商人は自慢気に言い切った。そんな商人へある村人がこう言った。『それじゃあその矛で盾を貫こうとしたらどうなるんだ?』商人は村人の言葉に答えられなかった。」
「………」
フィリップス長官の言葉に艦橋は静まり返った。何を言いたいのかが解らないみたいである。
「つまりだ、矛は強大な戦艦主砲で盾が強靭な戦艦装甲となる訳だ。」
「成る程。商人に言ったある村人のように世界各国が有する戦艦は、矛と盾のようにお互いに強力になって行ったんですね。」
リーチ艦長は頷きながら納得している。他の者も漸く理解出来たらしく、『成る程』等と言っている。
「さて、此れでGFの改変が解っただろう。」
「射程距離に入りました!!」
砲術長が艦内電話の受話器を耳から離しながらフィリップス長官・リーチ艦長に言った。
「よし!!艦長、砲撃開始だ!!」
「了解、砲撃開始!!目標、敵巨大戦艦!!」
リーチ艦長の命令により、砲撃が始まった。
『トラック島沖で行われた一連の海戦の最終幕となった砲雷撃戦は、結果から言えば日英海軍の勝利であった。しかし、その勝利の代償は大きかった。大英帝国海軍東洋艦隊旗艦プリンスオブウェールズの轟沈である。アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊旗艦ユナイテッドステーツの最後の咆哮が、見事に弾薬庫と機関室を直撃したのである。46センチと言う人類史上最大の主砲弾を4発も食らったプリンスオブウェールズは、生存者無しと言う見事な轟沈となったのである。彼女は大英帝国海軍の戦艦として生まれ祖国を護る為、遠く太平洋の地で熾烈な砲撃戦を行い、そしてその役目を終えたのである。彼女は見事に戦場で散ってみせたのだ。だが、その代償に見合った結果を大日本帝國と大英帝国は掴んだ。太平洋に於けるアメリカ合衆国海軍の影響力はこの海戦の結果、ほぼ皆無となり大日本帝國の影響力が飛躍的に増大した。この海戦に勝利したからこそ、亜細亜諸国は独立する事が出来、連合艦隊はその半数を大英帝国・イタリア王国支援の為に派遣出来たのである。もしこの海戦に大敗していたら………嫌、そのような事は考えないでいよう。歴史に[もし]は禁句である。』
小森菜子著
『帝國の聖戦回顧録』より抜粋