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前編

 僕、イサ・アルヤドは北の方の、ある国に住んでいる。

 住んでいると言っても、一つの家に一家族で住んでるんじゃない。二家族だ。

 僕はアルヤド家、もう一つの家族はスルナイ家といった。

 アルヤドの当主とスルナイの当主は仲がいいのか悪いのか、しょっちゅう喧嘩しては仲直りして酒を酌み交わしている。


 スルナイには僕と同い年になる女の子がいた。

 彼女の名はアルム・スルナイ。

 もうすぐ誕生日で、15歳になるところだった。


「早く15歳になりたいわ。15になると女神様が訪ねて来てくださるのよ」


「女神様?」


「そう。スルナイの家に伝わる言い伝え。女神様には物を……。お菓子とか、献上すると、物によっては多大な幸福を得られるというのよ」


「ふぅん」


 そう言って彼女は少しずつお菓子を集め始めた。

 キャンディ、クッキー、チョコレート。

 僕はそんな御伽噺なんて信じていないから、馬鹿にはしなかったけど、共に集めようともしなかった。


 だが。女神は来た。

 それもとんでもないのが。


「イサ、私と誕生日の夜を一緒に過ごして欲しいの」


 アルムが不安そうに僕の部屋の扉を叩いた。僕は部屋に招き入れて話を聞く。


「なんで僕? 君には妹たちが居るじゃないか」


「妹たちに女神様を会わせてはいけない決まりなの。15歳未満だから」


「ああ」


 得心した。スルナイの子供達で一番年上はアルムだから。姉や兄でもいたら話は違ったのかも知れなかったが。

 そうして、僕はアルムの言うままに日が変わるのを待った。


 信じていないつもりだったけど、こうしてアルムと息を潜めて零時を待つと、なんだか緊張した。

 懐中時計を手に、暖炉から少し離れたクリスマスツリーの前、僕らは待った。


 58秒、59秒。

 ……ゼロ。


 ひかりが、金色のひかりが、アルムの前に立った。

 ひかりが薄れると、そこには水色のロングドリルツインテールの少女がいた。

 光を編んだような柔らかそうなローブを纏った華奢な身体だった。


「女神様……」


 吐息の様なアルムの声が僕の耳を打った。


「スルナイ? ヤムヤ、ヤムヤ」


「えっ?」


 女神(?)は自分の胸に手を当てて、ヤムヤ、と言った。

 そしてアルムに手を伸べる。


「ああ、ヤムヤが名前みたいだね」


「ヤムヤ様、アルム・スルナイです。これ、受け取って下さい!!」


 アルムは持っていた袋をヤムヤに押しつけた。

 ヤムヤは袋を落としそうになりながら受け取った。

 彼女は足を崩してぺたんと僕達の前に座ると、袋の中を改め始める。


「ヤミー? ヤミー?」


「えっ?」


「美味しいかって聞いてるね」


 僕が耳慣れない言葉の翻訳係になってるのは何故なんだ。

 アルムが興奮がちに女神に語り掛けた。


「美味しいと思います! 街で一番人気の店で買いました! ミルクチョコレートです」


 ヤムヤは板チョコレートを手にして訊いた。


「ミルク…トコ…トコレート?」


「ははあ、チョコレートって発音出来ないんだな」


 僕がぷっと吹き出すと、ヤムヤは何故かギロリと青い目を剥き、僕を睨み付けて叫んだ。


「ハード ラック ラック!!」


 ヤムヤの口から飛び出した言葉が黒い蠅の様になって、僕の体に吸い込まれた。


「な、なんだ今の……」


 驚愕する僕を余所に、ヤムヤはアルムに向かって


「グッド ラック ラック」


 と言った。



「気味悪い! 風呂入ってくるよ!」


「あっ、イサ……」


 待って、と小さくアルムの声が聞こえたが、僕は無視して廊下を進んだ。

 階段を下ろうとした時に、


 つるんっ。


 頭上にバナナの皮が見えた。

 続いて僕のワンピース状の寝間着が宙を舞うのを見た。


 違う、宙を舞っているのは何故か服まで脱げた『僕』だ。


「イサーッ!」


 アルムの悲鳴が廊下にこだまする。


 ずだん、だだだだだ。


 僕は階段を転がり落ちた。

 落ちている最中に僕のスリッパが片方、宙を舞うのを見た。

 そしてどこかでバリッと布の裂ける音がした。

 僕の顔にスリッパが降ってきた。

 僕のスリッパは臭かった。

 ……僕は意識を失った。





「……ゃん……お兄ちゃん……イサお兄ちゃん!」


 気がつくと、アルムの二つ下の妹、アリサ・スルナイが僕を揺り起こしてくれていた。

 アリサの緑の瞳から涙が頬を伝った。


「イサお兄ちゃん、良かった……死んじゃったかと思って、わたし……わたし……」


「いてて……。なんとか生きてるよ……僕は大丈夫、泣かないで、アリサ」


 僕は身を起こそうとして気付いた。

 

 僕はV字型に身体を折り曲げて、背中を床につけて倒れていた。

 つまり、でんぐり返りの途中の状態だ。

 しかも、起きようとした弾みで股間に掛けられていた(?)スリッパが落ちて、ポロリと。

 見せてはいけないものがアリサの瞳に写った。


「キャーッ!」


 アリサが顔を覆って恥ずかしがる。

 何故恥じらっているかわかるのか、だって?

 アリサは指の隙間から僕の大事なものを見ているのが分かったからだ。

 ……僕の下着は真っ二つに裂けていた。僕は股間を手で隠した。

 泣きたい。

 ……その前に誰が僕のスリッパを股間にあてがったんだ。

 ヤムヤか、アルムか。それともアリサか。

 もう誰だっていい。

 泣きたい。

 片方だけスリッパを履いたまま僕は虚空を見つめた。


   ※


 翌朝、アルヤドとスルナイの合同食事会が行われた。


「誕生日おめでとう、アルム」


 そう口を開いたのはアルムの父だった。


「ありがとう、お父さん」


 アルムは少しはにかんで礼を言った。

 今度はアルムの母が口を開く。


「それで? 女神様はいらっしゃったの?」


「いらしたわ。ヤムヤ様という方で、水色の髪が綺麗なの!」


 アルムが興奮して叫んだ。


「お姉ちゃん、いいなぁ」


「なんだって? ヨルヨ様の娘のヤムヤ様かい?」


「女神様にも世代交代があるんだねえ」


「ちょっと待って、ヤムヤ様を知ってるの?」


 ヤムヤを話題の花にするスルナイ家の人達に僕は耳をそばだてた。

 ……どうやら、アルムの母の15歳の誕生日に来た女神がヨルヨらしい。

 しかもヨルヨは乳飲み子のヤムヤをおんぶ紐で背負って来たそうな。


 『子連れ狼』という言葉が僕の頭をよぎった。


「ところで、イサ」


 父さんが呼び掛けてきた。


「はっ、はい!」


「昨夜、階段下でほぼ全裸で倒れていたのは本当かね」


「本当……です」


「まさか女神様に呪いを掛けられたんじゃないだろうね?」


 アルムの父が後を続ける。


「呪い…? 『ハード ラック ラック』って言われましたけど」


「それが呪いだよ、イサ君」


   ※


──人を呪った女神は天界に帰れない──


──女神の呪いを解くには、女神を喜ばせなければいけない──


「くそっ! あんな女神、どうやって喜ばせろっていうんだよ!」


 柄にもなく僕は毒付いて部屋の扉を蹴り開けた。


 クリスマスツリーの前にはヤムヤが座ってチョコレートをかじっていた。

 随分長い間そうしていたらしく、ローブに包まれたヤムヤの膝の上には、結構な量の包み紙が積み重なっていた。


「ヤミー?」


 本当は『僕の部屋で何してる』って言いたいのを我慢して、ヤムヤにも通じそうな簡単な異国語を使って話しかけた。

 ヤムヤはニッコリと笑って「ヤミー!」と言った。

 やばい、笑顔は可愛い……。

 少しときめきかけた胸を押さえ、ヤムヤに更に話を振ってみる。


「ヤムヤ、ユーアー、ソー、ベリー、…キュート」


 アルムにすら言った事のない甘い言葉で女神を懐柔しようとしたが、当のヤムヤは口元にチョコレートを付けたまま、ポカンとしている。


「ヤムヤ、チョコレート付いてるぞ」


 僕は自分の口元を指差した。


「トコレート?」


 ヤムヤが手を自分の口元にやるが、逆だ。


「右、右、違う、そっちじゃない。こうだよ」


 トロくさい女神の柔らかい頬を、妹にするようにやや乱暴に拭ってやると、彼女は……そう、またギロリと目を剥いた。


「ちょ…待っ」


「バッド ラック ラック!」


 女神の口から出た言葉が黒い霧のようになって、僕の身体に吸い込まれる。

 また!? また呪われたのか!?

 僕は慌てて部屋を飛び出した。

 っと、階段は……駄目だ!


 僕は渡り廊下を走り、アルムの部屋に飛び込んだ。

 部屋の主は居なかったが、壁際に置かれた机の上で、ランプとスケッチブックの一ページが光っているのが目についた。

 僕は何かに取り憑かれたかのように机に近付いた。

 紙には裸の少年の絵が描かれていた。


 ……その少年のモデルが僕だと気付いた時、僕の背中は鳥肌立った。


 思わずそのスケッチブックをひっつかむ。


「イサ!?」


 用でも足してきたのか、ハンカチで手を拭いながら戻ってきたアルムに、僕は手にしたものを突きつけた。


「これ、なんだよ」


「えっと……その……」


 アルムは恥ずかしそうに、しかし青ざめた顔で手の中のハンカチをこね回した。


「これ、僕だよね?」


「……うん」


「なんでこんなの描いたの」


「それは……その……」


「その? はっきり言いなよ」


 いつしか僕の声はハリネズミみたいに尖っていた。

 トゲトゲの声に、アルムが溜息を吐く。


「あなたの裸がきれいだったから描いたの。忘れないうちにと思って」


「なんだって?」


「私の新作の為によ!」





 開き直ったらしいアルムは、僕に近付き、スケッチブックをひったくった。

 彼女がページを繰ると何枚も何枚も裸の少年と男が絡み合っている絵が僕の眼前にさらされた。


 ナニコレ?


 理解不能の出来事に、僕の脳が麻痺していく。


「もう解ったでしょ。私、そういう趣味があるのよ!」


 アルムは一方的に言うと僕を部屋から追い出した。

 ……謝罪の言葉は無かった。


   ※


 ぼんやりとしながら部屋に戻る。

 扉の外からでも分かる程、ヤムヤの声が聞こえた。


「マミー、アイム、ソーリー!」


「――――!」


 僕の知らない言葉で、ヤムヤではない『何か』が叫んだ。

 扉を少し開けると、ひかりが、ヤムヤの頭上から消えた。


 ヤムヤがツリーの前で天を仰ぎながら泣き崩れる。

 床にはチョコレートとクッキーの包み紙が幾つも幾つも転がっていた。

 僕は、そっと部屋に入った。

 どうせこの女神は、僕を呪った事を――恐らく母神に叱られて、天界に帰してもらえなかったんだろう。

 僕はヤムヤを刺激しないように、そうっと包み紙を拾って歩いた。


「アルヤド!」


 突然、ヤムヤが振り向いた。


「イサ、だよ。イサ・アルヤド」


「イサ……ソーリー」


 女神は泣きながら僕に縋ってきた。

 僕の首にしなやかな腕が絡みつく。

 ヤムヤの涙が、僕の頬に触れた。


 謝った。

 でも、女神は帰れなかった。


 僕はどうやってこの厄介な女神を喜ばせたらいい?

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