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4.1

 川辺の小屋を出発して三日目の夕方、ディアナ達はセレウキア領に到達した。

 小高い丘の上から見下ろすと、背後を森に守られた瀟洒(しょうしゃ)な屋敷が見える。ディアナは馬の上から、数週間ぶりに戻ってきた屋敷を陰鬱な面持ちで眺めた。記憶の中の微笑む両親も、弟のセスも、今ここにはいない。

 

「美しい所だな」

 肩越しにつぶやいたアレクシスの声が心地よく耳に響いた。彼の声を聞くと、川辺の小屋で「寒くないか」とささやかれた時がフラッシュバックしてしまう。

 あの時は恋人と何の心配もなく甘い時を過ごすような夢を、一瞬思い描いてしまった。現実、私には一生縁のなさそうな話だが。


 丘を下り、ディアナ達が屋敷の玄関の前まで着くと、扉がゆっくりと開き、執事のジェームスが現れた。

「ディアナ様、おかえりなさいませ」

 ジェームスはいつも通り穏やかな佇まいだったが、少し疲労の色が顔に滲んでいる。

「ジェームス、いろいろと心配をかけてごめんなさい。今夜、王国軍のアレクシス中将とルーカス少尉が滞在されるのだけれど、急いで準備できるかしら」

「承知いたしました」

 ジェームスはアレクシスとルーカスに歓迎の挨拶をすると、屋敷の中に指示を出しに戻っていった。


 ディアナは一旦客間にアレクシスとルーカスを案内すると、アレクシスだけを連れて二階の自室に向かった。

 ひとまずヴェルギナ記を返し、王都に囚われているセスを解放しないことには何も行動できない。セスさえ安全圏に移せれば、その後は脱獄を図るなり、いざという時のために準備してきた国外逃亡を図るなり、色々やりようがある。

 本当はヴェルギナ記を解読し、自分の短命の理由を解き明かしたかったところだが、それに関しては追々考えればいいだろう。


 ディアナは背後からアレクシスが見守る中、本棚の本を一部テーブルの上にどかし始めた。本棚の後ろに現れたレンガの壁に手をかざすと、カチャリと鍵が外れる(かす)かな音が響いた。レンガの右端を押すとゴリゴリとレンガが動き、壁に穴が現れた。

 ディアナは黒のレースの手袋をはめた右手で、壁の奥から黄ばんだ厚い紙でできたヴェルギナ記をそっと取り出した。

「マナに反応する仕掛けか?」

 アレクシスは興味深そうに戻ってくるレンガを眺めた。

「そうです。ヴェルギナ記をお返しいたします」

 アレクシスはディアナからヴェルギナ記を受け取ると、一部中身を確認し、ディアナの手にそれを戻した。

「読みたいのだろう。明日の出発までの間、読むといい」

 ディアナは少し目を見開くと、「ありがとうございます」と言って、早速机に腰掛けた。


 いざ、部屋に置いてあった分厚い古代語の辞書と照らし合わせながらヴェルギナ記をめくっていくと、ディアナはあまりの難解さに立ちくらんだ。

 世界樹……世界樹の実の効果……いや、違う。このページではない。

 古代語の海で溺れている気分だ。どこに欲しい情報が書かれているのかが分からない。もしかしたら、どこにも書かれていない可能性もあるし、読み飛ばしてしまった可能性もある。


「何に関して読みたいのだ?」

 部屋のソファーに腰掛けていたはずのアレクシスが、気付くと横に立っていた。

 自分の興味の対象を中将に知られるのは(はなは)だ危険だが、時間がない。もうこのチャンスを逃したら、ヴェルギナ記を読むことは二度と叶わないだろう。

「世界樹の巫子について書かれているところはどこでしょうか?」

 アレクシスはじっとディアナを見ると、ヴェルギナ記に目を移し、目次を眺めはじめた。

「メモ用の紙を」

 アレクシスに言われ、何枚かの紙を渡すと、アレクシスはメモを書きながら紙を挟んでいった。

「ここは、世界樹の巫子が初めて発見された時の記述……」

 アレクシスはペラペラとヴェルギナ記をめくった。

「ここは、世界樹の巫子が及ぼす影響……それとここに、世界樹の巫子の世代交代に関する記述……そんなところか」

 ありがたい。それだけ目星がつけば、後は徹夜でも何でもして、全文を読み進めればどうにかなるかもしれない。

「……お前が世界樹の巫子なのか?」

 アレクシスは胡乱(うろん)な瞳をこちらに向けた。

「いえ、当家の血筋から世界樹の巫子が輩出されるとの言い伝えがありまして」

 ディアナは嘘に半分事実を混ぜ込んだ。

 この家系から世界樹の巫子が輩出されるという言い伝えは、本当にあったらしい。自分が引き当ててしまったのは最大の不幸だが。


 世界樹の巫子は体のどこかに葉の紋様の痣を持って生まれてくる。もしそのような子供が生まれたならば、国に報告する義務があり、その子供は現在の巫子の力が落ちてくると、世界樹のそばで祈りを捧げることに人生を費やす。

 ディアナの両親は、ディアナの痣を世間から隠した。世界樹のそばで祈りを捧げ始めると、二度とそこから出ることを許されないからだ。

 世界樹の巫子は短命らしい。現在の巫子も祈りを捧げ始めて七年が経つが、もうほぼ力を失い、まもなくお亡くなりになるのではないかと聞く。国は躍起になって次の巫子を探している。


 ディアナは辞書をひきつつ、紙に単語と訳を書いていった。

 ――強いマナの乙女

 ――首元に痣

 なるほど、私が人よりも強いマナを持つのは、世界樹の巫子だからなのか。


 ――マナを好む世界樹

 ――乙女を……吸収

 は? 吸収? 祈りにのせてマナを捧げるということだろうか?


 ――数年生き続ける乙女

 ?? ますます分からない。

 

 ディアナは、書き写したヴェルギナ記の文章と辞書を行き来しながら息を詰めた。

 ディアナの苦戦を察したのか、アレクシスがヴェルギナ記を覗き込んできた。

「難しいか?」

「はい。この部分が何をいっているのか……」

 アレクシスは、ヴェルギナ記の文章を指でたどった。

「世界樹は……乙女をその幹に吸収し……」

 アレクシスはその先を読み進めると、ハッとしてヴェルギナ記を机から取り上げた。

 ディアナはアレクシスを見つめ、ヴェルギナ記を持つ腕を掴んだ。

「アレクシス中将、続きを」

「知らない方がいい」

 アレクシスは硬い顔でディアナを見下ろした。

「もう、遅いです。世界樹の巫子は木に吸収されるのですね」

 世の中では、世界樹の巫子は木のそばで祈りを捧げる聖職者ということになっているが、そもそも二度と家に戻れないなど、おかしいと思っていたのだ。

 ディアナがアレクシスにヴェルギナ記を見せてくれるよう再度頼もうとした時、部屋の扉がたたかれた。


「ディアナ様、夕食の準備が整いました」

 扉からこちらに声をかけるジェームスを見て、ディアナはアレクシスの腕から手を離した。

 これ以上読ませてもらうのはむずかしいか――

 得た情報は大きいが、危険は増した。

 ディアナは厳しい表情で食堂へ降りていった。

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