国王夫妻の嘆きと息子への罰◆
「エリオット、どういう事か説明しなさい」
あの忌々しいアレクシアに婚約破棄を告げ、愛するメイベルとの婚約を発表した後。夜会に顔を出した父上は事の顛末を知ると、王太子である兄上と父の弟であるオードリー公爵を呼び、後は任せたと言うと俺たちと母上を伴って退出してしまわれた。
向かった先は父上の執務室で、、執務机の前に立った俺に母上は周りの空気すらも凍りつくしてしまいそうな視線と声を向けてきた。
「アレクシア嬢との婚約破棄。お前はそれがどういう事かわかっているの?」
初めて聞く、地を這う様な低い声の母上に俺は背筋が凍る気がした。だけどここで怯むわけにはいかない。あのアレクシアは実の妹を虐める醜悪な心根の悪女で、あんな女を王族に加えるなど我が国の恥になってしまうのだから。俺はこの国の王族として、何としてもあの女との婚約破棄をせねばいけなかった。
「母上! 先走った事は謝ります。ですがアレクシアは実の妹を虐める悪魔のような女なのです。あんな性根の腐った女を王族に迎えるなど、この国の汚点にしかなりません!」
そう、あのアレクシアは、愛らしくて可憐な妹のメイベルを妬んで陰湿ないじめを繰り返していた。以前、酷く落ち込んだ様子のメイベルを見かけたため声をかけたところ、渋りに渋った末にそう告白してきたのだ。
最初はあの融通が利かないくそ真面目なアレクシアが……と信じられなかったが、メイベルがアレクシアに壊されたという宝物の髪飾りや、学園で使っている教本やノート、泥に汚れたハンカチなどを見せられると、さすがに俺も信じざるを得なかった。あんな姑息なことをしていたなんて、許し難い!
更にメイベルは、アレクシアは自分の成績がいい事を鼻にかけて周りを見下したり、得意げに人前で間違いを指摘したりなど、品位のない行動をとっているのだと教えてくれた。これに関しては、俺自身もアレクシアに下に見られているような気がすることが多々あったし、人前で王子としての品格がないなどと馬鹿にした様に言ってくる事があったため間違いない。
あいつは成績優秀で教師たちからの評判もよく、俺は教師達からも「アレクシア様を見習ってください」「アレクシア様なら出来たのに……」と言われていた。きっとそれも、あの女が俺を見下すために教師にそう言うように強要したのだろう。
「いい加減にしなさい!」
自分の発言に何も問題ない、悪いのはアレクシアだと確信を持っていた俺は、またしても母上から雷を落とされた。あまりの迫力に心臓が止まるかと思った……母上はとにかく厳しい人で父上ですら母上に頭が上がらない。子どもの頃から厳しかった母上への恐怖心は未だに俺の中でトラウマになっている。
だが……! 今、俺はここで引くわけにはいかないのだ! 母上は、アレクシアに騙されているのだから!
「母う……」
「アレクシアが妹を虐める訳がないでしょう。あの子がセネット家で冷遇されているのは、貴族なら誰でも知っている話です」
ぎゅっと拳を握って気合を入れ直し、母上に物申そうとした俺だったけれど、それは母上に遮られてしまった。しかもアレクシアが、冷遇? セネット家で?
「そ、そんな筈は…それはアレクシアが嘘を…」
「…影も使って調査済みです」
はぁ…と母上がまた大きなため息をついた。母上の言葉に戦慄が走った。母上、今、影って言ったよな? 影とは王家の密偵で、国内の貴族の不正などを調査する隠密部隊だ。彼らがそう言うのなら……間違いはない、のだろう……だがしかし、あの愛らしいメイベルが嘘をつくはずが……
「お前には失望したよ、エリオット。アレクシア嬢と婚約した意味も分かっていなかったのだな」
「意味…?」
どういうことだ? 意味なんて、あいつが王子妃になりたくて父上と母上に強請っただけじゃ……
「もういい。それに、あれだけ大っぴらにセネット家の次女と婚約すると言ってしまったからには仕方ない、一度だけチャンスをやろう。セネット家の次女に、王子妃教育をしっかり受けさせろ。それが出来なければお前の王位継承権は剥奪、結婚は臣籍降下後とする」
「な…! そんな、父上! 俺は王家のために婚約破棄したのですよ!」
父上の言葉に、俺は抗議の声を上げるしか出来なかった。いくら何でも厳しすぎる。俺は王家を守ろうとしただけだ。
「本来、王命に逆らった場合、即刻王位継承権の剥奪と王族からの追放だ。内容によっては死を賜ることもあると教えただろう。王命の重さをお前は理解していなかったのか?」
「そ、それは…」
「チャンスが貰えるだけでもありがたいと思え。王子妃教育の期限は半年だ。まともな教育を受けていれば問題なかろう」
父上の言葉に何も言い返せなかった。確かに王命は簡単に反故にする事は出来ない。そんな事を許せば王家の権威が失墜し、それは国の威信にも関わるのだ。それだけで死罪にもなり得るのだと繰り返し教えられていた。
だが、俺が父上の命に逆らったのも、全てはこの国のためだし、元凶はあの忌々しいアレクシアだ。あいつが父上たちをたぶらかして嘘を吹き込んだんだ。俺は全ての元凶となったあの女への怒りを募らせた。