辺境伯領到着
それからの旅の間、私は出来るだけラリー様と話をするようにしたけれど、内容はヘーゼルダインについてが中心になった。ここで私が急に個人的な距離を詰めようとするのは、ラリー様の意に反するように受け取られるのを恐れたせいね。今はこれ以上嫌われたくないし、お荷物になりたくもなかったから、まずは辺境伯領についての知識を深め、妻としての仕事をきちんと務める事から始めようと思ったのだ。
予想通り、ラリー様は辺境伯領の事はよくお話して下さった。白い結婚でも妻としての務めは必須だからと言えば確かにそれもそうだと仰って、それなら……と出来る限りの質問には答えてくれた。
ラリー様が騎乗されている時は、ラリー様の副官のロバート達から辺境伯領についての話を聞いた。ロバートは辺境伯領にあるエヴァンズ男爵家の出で、生まれも育ちも辺境伯領だった。子供の頃から街に下りて遊びまわったという彼は、王都とは違う領独自の習慣にも詳しく、私はユーニスと共にかの地の色んな話を楽しんだ。
ラリー様の態度が変わるのだろうと思っていた私だったけれど、表面上ラリー様の態度に変わった事はなかったわ。相変わらず私をからかったりもするし、冗談とも思えないような冗談を言われたりもして、あの会話は何だったのだろう……と思うほどに。その態度から、今はまだ嫌われていないし、まだまだ挽回するチャンスはあると思えたせいか、私はむしろ前よりもラリー様との時間を楽しむことが出来た。
「お元気が出られたご様子ですね」
落ち込んでいた私が浮上した事にユーニスは嬉しさを隠さず、私は自分が大いにユーニスに心配をかけていた事を悟った。そうよね、私が気落ちしていたら私に仕えてくれるユーニスやビリー達にも心配をかけてしまうわ。向かうべき方向性が決まった今、私は私に出来る事をやるしかないのよ。
「よう戻った、ラリー。シアも疲れておらぬか?」
ヘーゼルダインの屋敷には、予定よりも一日遅れて到着した。途中で大雨にあって動けない日があったためだけれど、それでもかなりスムーズだったと言えるわ。酷いと土砂崩れなどで半月ほど待たされるか、場合によっては大きく迂回しなければいけない事もあるのだから。玄関ホールで私達を出迎えてくれたギルおじ様の笑顔に、私は自分の家に帰ったような安堵を感じた。
「はい、義父上も長らくご無理とご心配をおかけしました」
「なぁに、王都での騒動についてはイザードからもマメに連絡が届いていたからな。だが、思ったほど大きな問題にならなくてよかった。あちらの意図が分からず、最初はやきもきしていたからな」
「全くです」
ラリー様がしみじみとそう言うものだから思わず笑ってしまいそうになったわ。
「シアも大変だったな。体調はもういいのか?」
「はい、おじ様。幸いにも聖女様が治癒魔法をかけて下さいましたので」
「そうかそうか、いつもはかける方じゃから、たまには受ける側もいいじゃろ」
「そうですね。とても貴重な体験でしたわ。今後の参考にもなりましたし」
「そうか。とは言え、ご家族の事は残念じゃったな」
おじ様が表情を曇らせたけれど、私は思ったほど落ち込んだりはしていなかった。元より親しみを感じるような関係ではなかったから。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。でも、家族の事はもういいのです。最後まで彼らは反省しなかったそうですし」
「そうか。だが、生きていればまた話が出来る日もあろう。シアには何の落ち度もない。これからはここで気安く過ごしてくれ」
「ありがとうございます、おじ様」
久しぶりにおじ様に温かい言葉をかけて頂いて、私はようやく緊張が解けた気がした。やはりおじ様の存在は私には大きなものだと感じるわ。でも、こうして話しているのを見たラリー様がどうお思いになるだろうと気になってしまって困った。前はこんな事はなかったのに……
「さぁ、これからは結婚式に向けて最終準備だ。明日には早速デザイナーのヘイローズがウエディングドレスの最後の詰めをしたいから来ると言っておったぞ。それでもいいか?」
「あ、はい。大丈夫ですわ」
「思ったより王都での滞在が伸びたからな。まだ帰らぬのかと、うるさいほどに問い合わせして来ていたよ」
おじ様が困ったようにそう言った。その言い方がさっきのラリー様に似ていて思わず笑ってしまったわ。
「まぁ、そうでしたの。でも、ドレスが出来上がる前に王都に向かったから仕方ありませんわね」
「そうじゃな。他にも宝石商なども頼んでいた物が出来上がったと言ってきておる。抜かりないようにな」
「そうか、じゃあシアは明日から早速準備に取り掛かってくれ。明日の衣装の確認は私も同席しよう」
「え?よろしいのですか?」
「私も主役の一人だからね。衣装のサイズ合わせは私がいなくては始まらないだろう」
「あ、はい、そうですね。ラリー様のご衣裳、楽しみです」
「シアのドレス姿の方がずっと楽しみだよ。ヘイローズが張り切っていたからね」
どうやら領地を離れている間にドレスも装飾品もほぼ出来上がっていたらしい。しかも明日はラリー様も一緒にサイズの最終チェックをされるという。こんな風に一緒に準備を進めて行ったら、少しは距離も縮められるかしら。そう思うと私の胸がじんわりと温まるのを感じた。そう、まだ始まったばかりなのよ、焦る必要はないわ。
「ラリー様!お会いしたかったわ!」
和やかな空気に突然割って入って来た大きな声に、一同の視線がそちらに向かった。そこには、赤みの強い金髪と水色の瞳の美しい女性が、頬を上気させて立っていた。




