緊張感に満ちた旅程
屋敷を出発してから七日目。不安は常に付きまとっていたけれど、私たちの旅程はおおむね順調だった。雨で壱日だけ足止めを食らったけれど、そんな事はよくある事なのでトラブルのうちには入らない。街道もよく整備されているし警備団なども配置されていて、問題なく進むことが出来た。
ユーニスに警告されてからは私も護衛達の様子には気を付けていた。今回同行してくれた護衛は、第一騎士団に所属する四人だった。第一騎士団は王宮と王族の護衛を専門とする国内で一番格式が高い騎士団で、ヘーゼルダイン辺境伯が団長を務めていらしたのもこの騎士団だったという。第一騎士団は王宮と王族の警護が仕事だから、その性質上殆どが貴族出身者で占められていて、今回同行した四人も貴族の出身だった。
「お嬢様、お疲れではございませんか?」
声をかけてきたのは、マーロー子爵家の長男だった。四十代と最年長でまとめ役的な存在で、気さくな感じで第一印象は悪くなく、最年長と言う自負もあってか、こうしてよく声をかけてくれた。彼は母親が身分の低い愛人のため、家督が継げずそれをずっと恨みに思っているという。
「ありがとう。大丈夫です。皆さんはいかがですか?」
「私共は騎士ですので。これくらい苦でもありませんよ」
そう言って私に応えたクロフは伯爵家の三男だ。二十歳くらいと一番若く、王妃様のご実家と縁続きだという。どこかで見た事があるように感じら彼は一時期エリオット様の護衛を務めていたという。ただ、生真面目な性格からエリオット様の不興を買い、要人警護を外されて今は王宮警備に回っているらしい。真面目な人柄は我儘なエリオット様とは合わなかったでしょうね。
「頼もしいですわ。さすがは第一騎士団の方々。そう言えば、これから向かうヘーゼルダイン辺境伯様も第一騎士団にいらしたそうですね」
「ご存じでしたか。そうなんです、ヘーゼルダイン様は厳しい事で有名な方でした。私なんかもよく叱られたんですよ」
そう答えたのは、コーエン子爵家の次男だった。年代的には一番ヘーゼルダイン辺境伯様に近いかもしれない。三十代で騎士としての腕は悪くはないが、賭け事が好きで金銭トラブルを抱えているという。今回、彼だけがこの任務に自ら手を挙げたらしい。今回、王妃様直々の任務のため、報酬がかなりいいのだとビリーが言っていた。
「まぁ、ではご一緒にお仕事をされていたのですか?」
「一度だけではありますが。剣の腕前がまさに鬼神の様なお方でした。お辞めになったのが残念です」
眉を下げたその表情から本当に残念に思っているのが伺えた。ヘーゼルダイン様をいずれは騎士団の総団長にと望む声があったと聞いたけれど、部下からも慕われていたのね。
「そうそう、それに大層な美男子でいらしたから女性の見学者が後を絶たなかったんですよ。あんなに騎士団の鍛錬場が華やかだった事はありませんでした」
「まぁ、そうなのですね」
そう答えるグレイディは子爵家の長男で後継者だ。三十代で見た目はなかなかに悪くないけれど女好きで有名だという。現在、本妻に愛人の存在がバレて揉めているとか。この任務を受けたのは奥様から逃げ出したかったからかもしれない。
これらはビリーからの情報だった。急な任務な上、辺境までの護衛役など誰もしたがらないだろうからしょうがないけれど、選ばれたのはなかなかに難ありのメンバーだった。正直言って誰も信じられず、私たちは全員を警戒するしかなかった。
私を害する理由についてはいくつか思い至るものはあるわ。もっとも可能性が高いと思われるのはエリオット様絡みで、私が目障りだから……が理由かしら。さすがに命までは取る気はないけれど、私が表舞台に戻ってこれない程度に痛めつけてやろうと思っている可能性は高そう。これにはメイベルや両親が加担している可能性もあり、王妃様が馬車や護衛を寄こしてくださったのはこの可能性をお考えになったからだと思う。
もう一つは、王家の秘密を知ってしまった事による口止めだ。王子妃教育には国家機密に近い事柄が含まれている上、怠け者のエリオット様に代わって書類整理などもさせられていたから、機密を知っていると思われて危険視されている可能性がある。
ただこれに関しては、もしそうなら王妃様が護衛を寄こして下さる事がなかったように思うので可能性は低いと思っている。仮に王妃様が確実に私を消そうと思って護衛を刺客として送り込んでいたなら、もうお手上げとしか言いようがない。
それ以外にも、エリオット様の婚約者になれなかった令嬢や、メイベルに婚約者や恋人を奪われた令嬢、セネット家から不利益を被った者など、恨みを買う可能性など考えればいくらでもあった。それくらい両親と妹はやりたい放題だったのよね。
最後は……私を娶りたくないヘーゼルダイン辺境伯からの刺客……なんて可能性も否めない。でも、ここまで話を広げてしまうとどうしようもないのよね。
それよりも現実的に危険なのは、街道で旅人を襲う夜盗や破落戸の方。王都から離れれば離れるほど治安も悪くなる。とにかく私たちは全方向に警戒しながら旅を続けるしかなかった。