祖母と前辺境伯
「義父上、私にもわかるように説明して頂けませんか?」
涙腺を崩壊させていた私が落ち着いたのを見計らって、辺境伯様が話しかけてこられた。そう言えば……我に返って肝が冷えたわ。辺境伯様が完全に蚊帳の外だった……
「おお、すまんなラリー。シア、いや、アレクシア嬢の祖母のクラリッサ様とは旧知でな」
「クラリッサ様と言えば…あの「王国の花」とか「青銀の月」と謳われた?」
「そう、あのクラリッサ様じゃ」
そう、祖母は大変な美人で、若い頃は「王国の花」とか「青銀の月」と呼ばれていたと聞く。美貌だけでなく勉学でもマナーでも優秀で、しかも浮ついたところのない公明正大な性格だったとかで、あの頃は王太子だった先王様からも求婚されたとも聞くわ。自他ともに厳しくて私も王子妃教育の時にはクラリッサ様のように……なんて言われていた。残念ながら私は祖母程の美貌も能力も強さもないのだけれど……
「わしとクラリッサ様は学園の同級でな。わしは三男だし、相続には関係ないと思って、早々に騎士になるために領地を離れたんじゃ」
「そうでしたか」
「ああ、その頃には先王様も一緒で、わしは先王様と親しくして頂いてな。その時に王太后様と仲が良かったクラリッサ様と知り合ったんじゃよ」
お祖母様が王太后様と仲が良かった? そんな話は初めて聞いたわ。
「あの頃は先王陛下のお使いで、よくセネット家も訪れていたんじゃよ」
「先王様の……使い?」
辺境伯様もご存じなかったらしく怪訝な表情を浮かべていた。そんな理由で我が家を訪れていたなんて……私も驚いたけれど辺境伯様はもっと驚いているように見えた。そりゃあ、若い頃に先王様から求婚されたと聞いたけれど、その後も交流があったなんて…
「先王ご夫妻とクラリッサ様ご夫婦、そしてわしを含めた五人は学園時代から仲がよかったんじゃよ。でも、あの頃は相次いでクラリッサ様の夫と王太后様がお亡くなりになって……気落ちされたお二人は思い出話を手紙にして慰め合っておられたのじゃ。それで、まだ自由が利くわしが手紙をお預かりしてお二人の間を行き来していたんじゃよ」
「そうだったのですか」
まさか祖父母が先王ご夫妻と仲が良かったなんて……それは私も知らなかったわ。ギルおじ様の話では、その後おじ様が負傷して、その怪我が元で騎士団をお辞めになり、その後辺境伯の後を継いでいた兄君が病に倒れたため領地に戻られたという。祖母もその後亡くなり、ギルおじ様の兄君と後継の甥も流行り病で亡くなったため、おじ様が辺境伯を継がれたのだという。
私は知らなかったけれど、辺境伯様はその辺りの事情はある程度ご存じだったようだ。祖母とも何度か夜会などで挨拶を交わしたのだという。
「ところでラリー、いきなり白い結婚を提案とはどういう事だ?」
おじ様がずいと辺境伯様に詰め寄った。そう言えば、そんな話をしていたわね……ギルおじ様が現れたせいで、そんなこと、すっかり忘れてしまったけれど。でも、正直おじ様に再会出来たことに比べたらどうでもいいというか……
「義父上……それについては、私はセネット嬢のためを思って……」
「最初から歩み寄りをしようともせず?」
「そ、それは……」
さっきまで余裕だった辺境様だったけれど、今はおじ様に詰め寄られてたじたじだった。
「ある程度相手の人柄を知ってからでもよいのではないか? 確かに年齢差もあるが、貴族の婚姻でそれくらいの年の差は珍しくもなかろう。それに……どちらにせよ跡取りは必要なのだからな」
「それは……そうですが……」
おじ様の指摘に辺境伯様は言い返せなかった。確かに当主なのだから後継は必要よね。
「何だ? 誰か想う相手でもいるのか? もしかして、スザンナか?」
「な……! それはあり得ません!」
辺境伯様が焦っているなんて意外だけど……スザンナとは誰かしら。直ぐに否定はされたけれど、おじ様から名前が上がるということはそれなりに親しい相手なのよね?
「おじ様、私は別に構いませんわ」
「シア?」
辺境伯様に気になる方がいらっしゃるなら、私としてもむしろありがたいわ。元から白い結婚だったらいいのにと思っていたところだもの。エリオット様に婚約破棄されたばかりの私は、正直今は結婚どころか婚約だってしたくないもの。そうはいっても勅命だから仕方ないのだけれど……
「勅命ですから婚姻は仕方ありませんけれど……私、まだ結婚したいと思いませんし……でも、帰るところがありませんから、ここの片隅にでも置いて頂ければ十分です」
「シア、いくら何でもそれは……」
今度はおじ様が焦り始めたけれど、今日あった方と婚姻しろと言われても困るわ。それに……
「それに、どうせ結婚するなら私、おじ様がいいわ」
「は?」
「は……?」
私の発言に、ギルおじ様も辺境伯も、そしてその場にいた使用人たちも固まったように見えた。