思いがけない再会
「義父上……」
突然入り込んできた声に、辺境伯様が戸惑った表情で呟いた。辺境伯様が義父とお呼びになるのなら、この方が王弟殿下を養子として受け入れた前辺境伯なのね。確かヘーゼルダインの前辺境伯は大変な猛者で、元は王都で騎士団の総団長をされていた筈。なるほど、確かに王弟である辺境伯様にも負けないほどの貫禄がおありだわ。
でも、この声……どこかで聞いた気がするわ……それがどこかが思い出せない……
「義息子が大変失礼いたしました、セネット侯爵令嬢。私は前ヘーゼルダイン辺境伯ギルバートです。生前クラリッサ様には大変お世話になりました」
「お祖母様の……?」
クラリッサとは私の亡き祖母で、父の前にセネット侯爵を賜っていた人だ。確かに年齢的に祖母と近そうよね。だけど祖母からはヘーゼルダイン辺境伯の話を聞いた覚えがないわ。一体どのような関係だったのかしら。祖母は大変な美女で、若い頃は結婚の申し込みが山のように届いたとは聞いていたけれど……でも、祖母が亡くなったのは八年も前だから、私が知らなくても仕方ない、わよね。でも……
「おや、こんな老いぼれの事などもうお忘れかな、シア? ギルですぞ」
「え……?」
その言葉に在りし日の記憶が一気に甦って来たけれど……そんな、まさか……
「義父上、セネット嬢をご存じでしたか?」
辺境伯様も驚いていたけれど、私の方がずっと驚いていた、と思う……ギルと聞いて私はまじまじと前辺境伯を見上げた。私をシアと呼び、私がギルと呼んでいたのはたった一人だけ。その方は祖母の長年の友人で、祖母が存命中はよく遊びに来てくれて、いつも私と遊んでくれていた方で……
「まさか……ギルおじ様……?」
信じられないような思いで、私は記憶の底に眠っていた名前を紡ぎ出すと、前辺境伯は目を弓の形にして私が大好きだった笑みを浮かべた。
「おお、忘れずにいて下さったか。そうです、ギルですよ、シア」
「ギル……おじ様……」
突然の懐かしくも思いがけない再会に、私は暫く言葉を失ってしまった。ギルおじ様は祖母の友人で、両親に疎まれて育った私にとっては父親のような存在だったわ。祖母を尋ねてきた時は私が好きなお菓子を持ってきてくれて、必ず私の相手をしてくれたのだ。そして私はおじ様の膝の上でお菓子を食べるのが大好きだった。あの頃はまだ幼くて祖母の友人のギルとしか認識していなかったけれど、まさかヘーゼルダイン辺境伯だったなんて……
「ああ、泣き虫なのは昔と変わりませんな」
「だ、だって……おじ様……もう会えないと、思っていたから……」
泣き虫だったのはまだ祖母が存命していた頃の話。両親に疎まれていた私は祖母が亡くなった後本当に一人ぼっちになって、どれほど泣いても誰も助けてくれなかった。もう誰も助けてくれないと悟った私は泣くのもやめてしまったけれど……ギルおじ様だなんて反則だわ……だって私は……
「涙はとまったかな?」
「ええ……ごめんなさい……お恥ずかしいわ……」
まだ祖母が生きていた頃、私がエリオット様の婚約者になる前の一番幸せだった頃を思い出したことと、父とも祖父とも慕っていたギルおじ様に思いがけず再会した私は、すっかり機能停止していた涙腺を崩壊させてしまった。こんな年になって人前で泣くなんて恥ずかしい……この場には辺境伯様や使用人たちもいるのに……
「いや……クラリッサ様が亡くなった後の、あの家でのシアの扱いを思えば仕方ないじゃろう……よく、耐えたな……」
大きな手が私の頭を優しく撫でた。ああ、おじ様は案じてくださっていたのね、祖母が亡くなった後の私を……
「……嫌だわ、おじ様……そんなこと言ったらまた……」
「おお、すまない。そうじゃな、もうあの家から離れられたんじゃ。これからはここで安心して暮らして欲しい」
「……ありがとうございます」
おじ様の優しい言葉は涙腺には危険だわ……でも、おじ様がそう言って下さっただけで、エリオット様や家族から受けた心無い仕打ちや、婚約破棄されたことなど、もうどうでもよくなってしまった。おじ様の存在と力強くも優しさに溢れた言葉は、私にとって最高の安心感を与えてくれた。