風邪をひきました
「…っくしゅ…ん!」
「…アレクシア様?」
朝食前の身支度の際、唐突に出てきたそれに訝し気な声を上げたのはユーニスだった。私限定で過保護な彼女はくしゃみ一つすらも見逃してはくれないのだけれど、今回もご多分に漏れず…だった。
「どうされました?お寒うございますか?」
「え?いえ、そんなんじゃないわ。何だかむずむずしただけだから。季節の変わり目だからじゃないかしら?」
「でも…」
じーっと、刺さりそうな視線を向けるユーニスに私は軽くそう答えた。別に体調は…問題ないと思う。目覚めた直後は少し喉に違和感があったけど、今はもう痛くもないし、熱もない。まぁ、ここ最近は朝晩が冷え込むなぁ…とは思うけど、それもユーニスやメイナード、モリスン夫人達がこれでもかってくらいに暖房を入れてくれる。
「私、昔から寒さには強いのよ。それに…今はこれでもかってくらいに暖かくしてくれているから大丈夫よ」
「…そうですか?でも、変だと思ったらすぐに仰って下さいね。結婚式も近いのですから、早めに対処しないといけませんもの」
「そうね、ありがとう、ユーニス」
ユーニスの気遣いが嬉しくて笑顔を浮かべると、ユーニスは分かったくれたらしくこの話はそこで終わった…筈だったのに…
「シア?」
昨日は一日仕事で外出されていたラリー様だったが、今日は朝から執務室を追い出されたらしく、朝食からずっと一緒だった。ラリー様の私室の暖炉の前で、ラリー様に後ろから抱きかかえられるようにしながら昨日の仕事の話を聞かせて貰っていたのだけど…この体勢は一体…
「…はい?何か?」
後ろにいたラリー様が体勢を変えて私の顔を覗き込まれたから、私はドキドキしてしまった。後ろから抱きしめられるのにもまだ慣れていないのに、顔を至近距離で…などとんでもない。ラリー様の麗しいお顔のせいもあるのだろうけれど…そんなに至近距離で見つめられると…私の心臓が持ちません…
私が距離の近さにテンパっている間も、ラリー様は私の額や首筋に手を当てられて、私はそれにもドキドキしてしまった。これは…新手の罰ゲームですか…
「シア?顔が赤いよ?」
「…え?そ、それは…」
ラリー様が近すぎるからです…と言おうとした私だったけれど…
「…それに…熱がある」
「…へ?」
「ユーニス、いるか!医者を呼べ。それから寝室の準備を!」
今日は寒いし何だか眠いなぁ…と思っていた私だったけれど…急に熱があると言われて、私の方が驚いてしまった。私が状況を飲み込めずにいる間にもユーニスやモリスン夫人がやってきて、ラリー様が次々と指示を出していった。遅れて駆け付けたメイナードにモリスン夫人が事情を話すと、メイナードはお医者様を呼びに部屋を飛び出していった。
「ラリー様、大丈夫ですから…」
「モリスン夫人、そこの寝室を使う。準備を」
「え?そ、そちらですか?」
モリスン夫人が珍しく戸惑いの声を上げたけれど…それもそうだろう。ラリー様が視線で示したのは、まだ使われていない夫婦の寝室だった。
「ああ、こっちの方が私も出入りが出来て看病がしやすい。それに暖炉も近くてずっと暖かいだろう?ユーニス、シアの着替えを」
「そ、それはそうですが…」
「あの…ラリー様…」
「ああ、シア、無理しないで。今準備するから」
そうして、私の大丈夫との声は綺麗にスルーされて、ラリー様に押し切られるように夫婦の寝室の準備がなされた。さすがはモリスン夫人、未使用の寝室だったけれどいつでも使えるようにと準備は万全だったみたいで、あっという間に用意が終わってしまった。
その間私は、ラリー様に大丈夫と訴えるも却下されるのを数度繰り返した後、ユーニスによって夜着に着替えさせられて厚手のガウンを被されていた。あ、もちろん着替えの間はラリー様には部屋を出ていてもらいました。さすがにラリー様の前で着替えなんて…私にはまだ無理です…
「ローレンス様、準備出来ましたわ」
「ああ、ありがとう。じゃ、移動しようか、シア」
「え?ええ…って、ラ、ラリー様!?」
一歩を踏み出そうとした私だったけれど、急に視界が高くなって焦った。気が付けば…ラリー様にお姫様抱っこされていたのだ。これを驚かずにいられるわけがない…ドキドキするというよりも気力が枯渇しそうな気がした。
「じっとしていて。ああ、フラフラじゃないか」
それはラリー様が急に抱き上げるからです…!そんな私の心の声は表に出てこなかった。いつもより高い目線に驚いて何も言えなかったのだ。そうしている間にもベッドに運ばれてしまった。
「…風邪…でございますね」
直ぐにお医者様までやってきて、脈やら喉やらを診られた後で告げられたのは、風邪の診断だった。王都育ちの奥様にはここ数日の冷え込みがこたえたのでしょうと言われたけれど…私は寒さには強い方だった。
「そう、ですか?でも…私、寒さには強い方ですし…」
「いや、ここの寒さは王都とは全然違うよ」
「でも…王都にいた時は暖房なしの生活でしたし…」
「は?」
「え…?」
「…あの…実家では…暖房は使わせて貰えなかったので…」
「な…!」
頭がぼ~っとしていたのもあって何も考えず答えていたら、ラリー様だけでなくその場にいた全員が固まってしまった。何か…変な事言っただろうか…?
「…シア、して欲しい事や欲しいものがあったら遠慮なく言うんだよ」
「え、っと…あの…ありがとう、ございます?」
ベッドに横になっている私の手をしっかりと握り、急に力強くそう仰ったラリー様だったけれど、私はぼ~っとしていてお礼を言うしか出来なかった。凄く眠いし頭も動かないのだけど…
「さ、少し休みなさい。シアの熱が下がるまでは側にいるから安心して」
私の手を握ったままラリー様にそう言われたけれど、これじゃかえって眠れないのですが…そう思った私だったけれど…気が付けばそのまま寝てしまっていた。




