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エースの背中  作者: 滝川誠
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2.新藤孝樹


「新入生の皆さん。今日からあなた達は、この学校で人生と言う名の本の、大事な一ページをめくる日々を送る事になります。そんな君達の物語に携わる事ができる私は、とてもとても嬉しく・・・・・・・」


 溜息を吐いた。


 ()()の所を特に強調していた。決まった、と言わんばかりの悦の入った表情だ。芝居臭い校長先生の演説に、僕はもう一回溜息を吐いた。


 後ろから肩を叩かれる。振り向くと賢人がいる。


「なあ、いたよ。向こうのクラスにいるぞ」


 そう言った賢人が指を指す。


「西富中の新藤考樹」


 そこへ目を向けると、見覚えのある顔がある。思わず息を呑んだ。確認の為にもう一回見てから、驚いた顔を賢人に見せた。


「な、そうだろ。噂は本当だったんだな」


 賢人は嬉しそうだった。僕の胸もどんどん高鳴っていった。


 本当だった。新藤は同じ高校に進学していた。


 ホッと胸の力が抜けた。ずっとこれが気懸かりだった。彼と同じ高校に入れた。それだけで嬉しかった。


 あの日の新藤の美しい走りが蘇ってくる。


 力強くて、華麗で、しなやかに坂道を駆け抜けていったあの背中。


 あの日、新藤の記録は区間新記録だった。


 二分更新した。


 僕より三分も速かった。


 新藤は彗星の如くこの島に現れた。東京からの転校生らしく、いきなり出たあの駅伝大会で10人というごぼう抜きをして見せた。


 その後の新藤の活躍はとんでもなかった。県大会でも区間新記録、全国男子駅伝でも区間新記録。どの大会でもぶっちぎりだった。



 新藤より速い人間はこの島に一生現れない。



 そんな語り草が生まれるほど、新藤は島の駅伝界では伝説となった。


 その伝説の男が島の高校に進学すると顧問の先生から聞いた時は信じられなかった。嘘だと思ってた。でも、本当に新藤は進学していた。嘘みたいだ。新藤なら全国の有名校がこぞってスカウトに来てたと思う。でも、それなのに新藤はここを選んだ。絶対におかしい。


 僕は思った。新藤はもう走るつもりがないのかもと。


 新藤みたいな速い人ならもっとレベルの高い場所を選べたはず。僕だったらここで走る道を選ばない。自分で言うのもおかしいと思うけど、もったいない選択をしたと思う。多分バカだと言う人もいたかもしれない。それほど僕らの県と全国の差はかなりあった。


 それは毎年行われる全国高校駅伝でまざまざと見せつけられる。


「お、今年はビリじゃないね」


 いつかの誰かが言ったこの言葉を、僕は今でも覚えている。選手じゃない僕でもその言葉には拳が震えるほど悔しかった。


 でも僕はその声に言い返せない。僕の記憶にもそんな印象があるからだ。


 県代表はいつも40位より下だった。歴代最高は30位。それより上位に上がった事はない。


 女子の方では本島の豊南(とみなん)高校が、11位、12位、と二年連続で上位になった年があった。僕はまだ生まれてなかったけど、当時の放送では何度も豊南高校の選手が走る姿がアップで映されて、実況と解説から驚きの言葉が出ていたらしい。父はその時のレースをよく僕に話してきた。先頭が中継されている映像に豊南高校の選手が走っている。遠くにいるけどそれでも姿が映っている。それだけで父は物凄く興奮したらしい。それで録画していなかった事を凄く後悔していた。


「また観たいなあ。お前も観たらきっと興奮するのになあ」


 そう言って父はこの話を終わらせる。そんな父を見てると僕の頭にこんな場面が出てくる。



 全国駅伝の先頭争い。


 その中心には僕がいる。ラストスパートをかけて僕だけが飛び出していく。その映像を見た皆が歓声を上げて騒ぎまくる。



 その場面を想像してはニヤニヤして駅伝のモチベーションを保ってきた。その夢がぐんと一気に近づいてきた。新藤がいたら余裕のような気がした。


 後ろの賢人が肩を叩いてきた。


「色々聞いて回ったんだけどさ、狩村中の東も、久光中の島も、福原中の根間もいるらしいぞ」


 この人達は、あの日の駅伝大会で区間賞を獲った人達だ。彼らが駅伝部に入ってくれたら、と思う所だけど、多分それはない。彼らはバスケやサッカーとかで有名な選手だからだ。


 あくまで駅伝は足掛け。


 大体の人がそうだ。


 駅伝だけを本気でやっている人はこの島に全然いない。僕や賢人みたいな人間は、この島には稀だった。


「もしかしたらさ、こいつらも駅伝をやるかもしれないよな。俺らみたいに、新藤と一緒に走りたくてさ」


 それはあるかもしれない。あの時の新藤の脚光はとんでもなかった。メジャーで活躍したイチローみたいに、新聞の一面にデカデカと載っていた。とにかく新藤に一度会って真意を聞かないと始まらない。


「・・・であるからして、高校生活というのは長い人生の物語の、ほんの数ページかもしれません。ですが、その数ページは非常に重要で、物語の重要な局面を担う・・・」


 賢人が大きな欠伸をした。僕もつられて欠伸をした。


「皆さんがどのような物語を綴って高校生活の第一章を書き終えるのか、そして、この第一章が完成した時、少年だった皆さんがどんな青年に成長しているのか・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 長く感じた入学式が終わると、教室でオリエンテーションをした。色んな説明をされて、クラスの自己紹介をしたりして、最後にピロティ―広場で教科書を受け取ると午前の部は終わった。昼休みの後は体育館で対面式が行われるとの事だった。


「なあ、新藤に会いに行かないか?」


 僕の席に来た賢人が言った。


「うん、行こう」


 出た声が思いのほか大きく響いた。それほど教室の中は静かだった。


「ほら、行くよ」


 さらに大きい賢人の声に促されて僕達は教室から出た。


 クラスにこいつがいて良かった、と僕は心底思う。周りは知らない顔ばかりだった。こいつがいなかった事を考えるとゾッとする。


 僕と賢人は同じ中学の駅伝部だった。同学年は僕と賢人しかいなかった。島の中でも大きな中学だったけど、それでも部員は少なかった。先輩は二人しかいなかった。先輩が卒業すると、部員は僕と賢人だけになったので他の部から助っ人を集めてなんとか大会を乗り切っていた。


 そんな苦労を一緒に味わってきた賢人とまたこうしていられると思うと嬉しかった。それでいてクラスも一緒になれた。ほんとにラッキーだ。知らない人ばかりの所に、こうやって一緒に過ごせる友達がいるのは大きな違いだった。ちょっとした優越感もあった。


「あれ?見当たらないなあ・・・」


 この教室も静かだった。何人かは話している人がいるけど、殆どは自分の机で独りで弁当を食べていた。


「あ」と声を上げた賢人が移動して出入り口の隙間に顔を入れた。


椿(つばき)、ちょっと来て」


 ドキッとして見ると、ここに向かって歩いてくる椿の姿が見えた。


「やっほ。何か用?あ、哲也くん久しぶり」


 手を振ってくれたので僕も手を振り返した。


「お前のクラスにさ、新藤ってやついるだろ?」


 お前、と椿に呼び捨てする賢人が羨ましかった。


 椿も同じ中学で、僕とは三年の時に同じクラスになった。


 いつもニコニコしていて顔は凄く可愛い。それでいて明るくて、ちゃんと話した事がない僕にでさえ、さっきみたいに笑顔で手を振ってくれる。椿とクラスになった男は誰もが一度は彼女に恋をしているに違いない。この僕も含めて。


「あ、新藤孝樹君?ちょうど今さっきね、皆でカッコいいよねって話してたよ」


 それを聞いて僕はショックを受けた。やっぱり椿はああいうのがタイプなんだ。


「で、その新藤は今いないの?」

「チャイムが鳴ったらすぐに出ていったよ」

「そっか、ありがとう」

「どういたしまして。じゃあね」


 椿が席に戻っていく。賢人に手を振った後に、ちゃんと僕にも手を振ってくれた。


 白のブラウスに、スカートが紺色のセーラー服。


 可憐だ。とても似合っている。


 中学の時はスカートが水色でかなり田舎臭い感じの制服だったけど、それでも椿には似合っていた。それが今の制服になって、透明感はさらに増して色っぽさも倍増した。もう、ずっと見ていたかった。


「いないみたいだな。どうしようか?」


 賢人のその声で我に返った。


 とりあえず飯食おう、と言うと賢人は頷いた。僕達は弁当を買いに教室を後にした。


 最後に椿を見た。彼女の席の周りで女子達が囲むようにして座って話している。


 人を惹きつける人は最初から違うんだな、と椿の笑顔を見ながら僕は思った。



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