嫁ぎ先の辺境伯が野獣の様だと言うのは少し間違った情報だった話
なんとなく恋愛にしてみたけど、違ったかも知れません(
「野獣の様だと噂の辺境伯様とはどんな方なのかしら。…あまり変に期待しない方が良いわね。あの毛の抜けた猿の様な王子よりマシだったら良いのですが…」
辺境の森には不釣り合いな少々豪華な箱馬車の中で独り言ちたのは、王太子の元婚約者ロザーリア・ツォーリ公爵令嬢である。ロザーリアは王子を猿と呼んでいるが、金髪碧眼の美少年だ。頭は少々残念だったようだが。王城で婚約破棄を申し付けられた流れで馬車に押し込められて今に至る。
エルヴィン・ギレッセン辺境伯が治める辺境伯領は近年まで魔物が徘徊する魔窟の様な森で二つの国に挟まれた無人地帯だったが、いつの日からか魔物の数が減り、普通の森とそう変わらない危険度になったために王国が早い者勝ちよろしく領土とした土地だ。
とは言え、王国側には小さな橋が架かるだけの川が流れ、隣のネクタリア王国との間には山脈があるためどちらともあまり交流はないらしい。
森の中に城砦が見える。どうやら住人の居住地を含むほとんどがこの城砦に組み込まれている様だ。
「こんなところに置き去りですか…」
門の前に荷物と共に降ろされる。比較的安全とは言え何が出るか分からないのだ。せめて門の中に降ろしてくれれば良いものを、と考えていると流石に先触れは出されていた様で程なくして迎えの人間が現れた。
「遅くなって申し訳ありません。ロザーリア・ツォーリ様とお見受けしますが」
「こちらこそ突然の来訪で申し訳ありません」
突然王太子に婚約を破棄されて追放同然に飛ばされてきたのだ。
「私、ヘルマン・デボタと申します。こっちはこれからお世話させていただく事になる者の1人でエーリカ・ハウフ」
いかにも事務方と言った様子の男と、黒のワンピースに白いエプロンと装飾を付けたメイドだった。
対するロザーリアはこの場にも合わなければ、馬車の旅にもおかしい華やかなドレス姿だ。途中まで同行していた侍女が着せた物でこれも嫌がらせの一つかもしれない。長い事馬車に揺られていたので少々よれているがロザーリアの醸し出す雰囲気がそれでも凛とした佇まいに見せていた。
2人の案内で城に向かう。
防壁は三重になっていて、一番外側が市街地、その内側に教会などのあるエリアがあり、一番内側は城になっている。この一番外側の防壁までの広さで、王都の城の半分ほどしかない。
辺境伯の宮殿や屋敷というものはなく、城の中に私室を持っているらしい。
「歩かせてしまって申し訳ありません。見ての通り、この街と言うか城砦は馬車で走れる様な造りではありませんので…」
「構いません」
城砦は立体的な構造になっていて、歩き慣れない者には中央の城本体までたどり着くだけでも大変だろう。万が一戦争などと言う事になった場合、市民は城の中に避難し、第二壁と第三壁の間の比較的空間が確保されたところで迎え撃つ形になるのだろうななどと眺めながら歩けばロザーリアには大した距離ではなかった。
その後、城までたどり着いたロザーリアはエーリカたち侍女によって身を清められ服装も整えられた。事前にこうなる事は予想出来ていたため味方してくれる侍女たちによってロザーリアの荷物は予めまとめられていたし、即座に辺境伯領へと送られてきていたのだ。当初の予定では荷物だけのはずだったが、侍女達も一緒に来ていた。辺境伯領ではメイドの類が人手不足だったようで歓迎されたようだ。
そしていよいよエルヴィン・ギレッセン辺境伯との謁見である。
「oh…」
「ん?」
「失礼ついでにお聞きしても?」
ロザーリアが美しい所作で挨拶を済ますと同時に辺境伯に質問をした。
「うむ、我はお前達人間の言うところの神獣と言うものだ。自分で言うのは憚られるネーミングではあるがな」
なんて美しい…
辺境伯は野獣の様どころか獣であった。正確には大きめの狼のような姿の銀色の毛皮を持つ神獣だ。
「元々この辺りは我のような存在が住う土地だったのだが、環境の変化などで皆死ぬか他所へ移ってしまってな。残った我は人と契約を交わして今のような状態になったと言うわけだ」
「左様でしたか…」
「こちらも聞いても良いか?」
「はい。私は王太子と婚約していたのですが、いくつかの罪の濡れ衣を着せられまして、あまりにお粗末な内容だったので証拠書類の内容や書式について小一時間ほど説教しましたところ、今回の話に落ち着いた次第にございます」
「なるほど、余程良い性格をしていると見える」
「お恥ずかしい限りです…」
「それで、どうするね? と言うか君には選択権はないのかな」
「あの、閣下さえ迷惑でなければお側において欲しいのですが」
「ふむ。やはり変わった娘だな」
「申し訳ございません」
「それはそれとして、中央は我が何者かすら忘れているようだな…。それと、言葉の綾だとは思うが我はこの身体だ。あまり側に寄るのは危険だから止めておいた方が良いと思うぞ」
「…では、力比べをしましょう」
そう言うと両手を前に出すロザーリア。
戸惑うエルヴィンに手を押せと言う。前足をロザーリアの手に乗せ軽く力をかける。
「ん? お? これはなかなかの剛腕?」
「常時発動型の身体強化魔法の一種にございます」
すました顔をしたロザーリアだったが、心の中は混乱していた。
Wow!! なんと言う肉球?!
頑張るのよロザーリア。肉球の感触に負けて力が抜けてはもともこもありません
「脚力なども通常の人間とは違いますので、並んで歩けるかと思いますわ」
「それは頼もしいな…」
「まあなんだ。細かい話は追々するとして、何か足りないものなどあったら遠慮なく言ってくれ」
「そうですね、早速で申し訳ありませんが、ラグやクッションがあるとありがたいです」
「ラグ?」
「ええ、旦那様が床にお座りになっているのに、ソファーに座っているのも落ち着かないので」
ローテーブルの周りにコの字にソファーが置かれ、何もないところにどっかりと座っていた。
「そして出来ればモフモフ、いえ、触らせていただいたり出来れば最高、いえ、はい」
「うむむ、考えておこう」
後ろに待機しているエーリカが吹き出しそうになっていた。
翌日から早速エルヴィンについて城砦の中を視察するロザーリア。
プロポーションは良いがまだ15のロザーリアはそれほど背も高くないこともあって、エルヴィンの背がロザーリアのひじくらいまでくるため、並んで歩くと犬の散歩に見える、などと言う事にはならなかった。
「もともと我は書類仕事とか出来なくはないが得意ではないからな。その辺はヘルマン達に任せておる」
ついでで悪いがと言いながら視察がてら城砦の中を案内してくれるのだった。
「失礼ですが、だいぶ狭いですね」
ロザーリアは身体強化が働いているため普通の令嬢とは脚力が違うが、確かに街として考えたら狭かった。
「昨日も言った通り、ここはもともと人が住む土地ではなかったからな。人が少ないと言うのもあるのだが、あまり開拓してしまうと両方の国との関係が怪しくなりかねないから控えているんだ」
「…そうですね。確かに…」
「…砦の外も見てみるか?」
「えっと、その…」
「我の背に乗せてやろう」
言い終わらないうちにパッと花が咲くように破顔するロザーリア。
すぐに気がついて控えめな笑顔に戻るが頬の辺りが緩んでいるのが分かる。
「よろしいのですか?」
「構わんよ」
砦の周辺にあるのは畑が少しと狩人のための小屋などだけで、後は雄大な自然が広がっていた。
「旦那様は、森と人の造った建物の中と、本当はどちらがよろしいのですか?…」
「そうだな。お前が居てくれるなら城の暮らしも悪くない」
「ふぁっ」
「お前はどうなのだ?」
「旦那様の隣は天国です…」
しばらくして、ロザーリアが「そう言えば」と言う感じで話し出した。
「王都に残してきた手の者からの報告がありまして、国王達がこの辺境伯領にちょっかいを出そうとしているようです」
「そうか。困ったものだな…」
と言うか、手の者とは…
「国王を追い落としてこちらに都合の良い人間に挿げ替える、から、クーデターを起こさせて丸ごと旦那様の配下にするまで各種手筈は整っていますがどういたしましょうか」
「………」
「旦那様?」
「うむ、そもそもこの国と契約したのは人間達のいざこざが面倒だから、と言う理由が大きいのだ。ロザーリアの手に余らない範囲で適当にしておいてくれ…」
自分などより余程神の名がふさわしいのではないかと思うエルヴィンだった。
こうして辺境伯領は自然豊かな状態は維持しつつ、物資もそれなりに入るようになり、豊かな領地になったと言う。
なんとなく受け入れてしまったけどお互いそう言う趣味はないし、子供とか出来ないんじゃないかなとか思うけども、神獣だし相思相愛なのでそう言うのがありな人はありでも良いかなぁとか思ってますが、どうなんすかね。わかんねっす