窓際空気を投影する1番論理
「空想って何かしら」
「さあ、分かるものではない」
「そう?」
どこかのカフェの一角。霧掛かったような室内に曖昧な日光が色を添えていて、一組の男女の姿だけが見える。
いや、それは不適当か。ここはカフェのような場所でしかなくて、視界の端はうっすらと余白に溶けている。ただ窓際と言うだけで、マスターも、部屋の角も、出入り口さえ何処にもない。しかし、それで充足している空間。
全身くまなく真っ白な少女は、その白い瞳を細めて、黒づくしの男性にどこからともなく水を注ぎ始めた。
「はい、水。あいにくと高尚なものは何も知らなくて」
そう嘯いて、少女は透明に笑いかけた。対して、年季の入った男性は苦笑してからぽつりと返事をした。
「そうか。確かに、温かくも冷たくもない。なんでもない。分かるのは水ということだけで、何も付随していない」
「でしょう?水はそういうものだから」
「そうか?」
「そうよ」
「空想かい?」
「空想よ」
ふむふむと得心がいったかのようにひとしきり肯定を繰り返した男性は、少女に視線を戻して、食事を勧めた。カフェであるならばそれが妥当ではないかとの意図を込めた発言は、しかし無表情な肩すかしをされてしまった。
「私はカフェを知らないの」
「それはまた、なんとも思ってなさそうな口ぶりだな」
「だって、知ろうとは思っていなくて」
「それはまたどうして」
「知るのは大変なの。良く知っている場所は、裏返せばなんにも知らないものよ。私は肯定するわ」
「ふうん」
「つれないのね」
「つれているさ」
カチカチと水の入った容器が音を立てる。水が入っているのは容器に違いなくて、容器であるということしか誰にも分からない。ガラスなのか陶器なのか、カップかグラスか、そういったことは互いに知るところではなかった。
不快でない無表情を交換したところで、男性は時計の存在に気がついた。話を少女へ向けると、のたまわくという挨拶から答えを示した。
「気になったから」
「そうかい」
「気になれば回るものよ」
「時計は回るんだな」
「時計は回るからよ」
しかし男性の顔は不思議そうなままで、少女にはそれが気になった。気になったのならば水を向ける。二杯目を受け取った男性は苦笑を隠さずに、時間が巻戻る時計を問うことにした。
「ああ、なら、どうして反時計回りなんだ?」
「いいえ、時計回りなのよ」
「左回りは時計回りか?」
「右回りこそ反対よ」
「空想なのか?」
「望むまま」
そう言い切って、少女は男性から水を取り上げる。そのままにこにこと男性を見つめていると、カフェの輪郭はとろとろと薄れていった。