至高の存在
コンスタンス嬢が茶色の目でこちらを見つめる。その瞳が異様な光り方をした気がした。
もしかして、吾輩を今夜の晩餐にでもしようと考えているのだろうかという嫌な考えが、どこからともなく湧いてきた。遠くの国には、猫を美味しく料理して食らってしまう民族が住んでいると、隣の屋敷に出入りしているぶち猫のオリマーから聞いた事があるが、まさかコンスタンス嬢も、その国の出身ではないだろうかと思ってしまったのだ。
と言うのも、彼女の目の輝きが、吾輩を食べてしまいたいと訴えているように見えたのである。そう言えば、彼女の体からは、猫の匂いがするような気がした。まさか、ここに来る前にも猫料理を食べてきたのだろうか。
どうやらこれは、極めて具合の悪い状況のようだ。だが、コンスタンス嬢が吾輩の体を異常なくらいの力でしっかりと掴んでいるために、どうやってもここからは抜け出せそうもなかった。
かくなる上は、覚悟を決めるしかない。吾輩は心の中で愛しいローズ嬢に別れを告げた。ローズ嬢は任務に失敗した吾輩を許して、墓に魚の切り身を毎日供えてくれるだろうか。出来れば骨も抜いてほしい。
コンスタンス嬢の顔が近づいてくる。まさか調理もせずに、生のまま食べようというのか。そのやけに大きく見える口を、コンスタンス嬢は吾輩の腹に当てた。ああ、もう一巻の終わりだ。このまま吾輩はむしゃむしゃと喰われて、コンスタンス嬢の胃の腑に収まってしまうのだ。
「あなた……その子に何をしているのですか?」
だが、吾輩があえなく最期を迎えてしまう前に、愛するローズ嬢の声が聞こえてきた。視線を向けると、困惑したような顔のローズ嬢がコンスタンス嬢の背後に立っている。それに気が付いて、コンスタンス嬢はぱっと顔を上げた。
「ひょ、ひょっとして、この猫ちゃんは、ローズ様のですか……?」
コンスタンス嬢の声は何故か上ずっていた。興奮で顔が赤くなっている。
「そうですけど……」
「素晴らしいです!」
コンスタンス嬢は卒倒しそうな勢いで叫んだ。
「この毛並み! 肉付き! 流石はローズ様の猫ちゃん……! ああ、たまらない、良い匂い……」
コンスタンス嬢は吾輩の腹に再度顔を押し当てた。先ほどは気が付かなかったが、スンスンと彼女の鼻が動いている。
「あ、あの、コンスタンスさん……?」
ローズ嬢はまさか、という顔をしていた。
「あなた……猫が……」
「はい、大好きです!」
コンスタンス嬢は恍惚として頷いた。
「お家でもたくさん飼っているんですよ。毎日吸っています」
「あら、まあ……」
ローズ嬢は思いもよらなかった展開に呆然としていた。それとは反対に、吾輩は我に返る。
どうやら吾輩は、おやつ代わりの軽食にされる訳ではないらしい。コンスタンス嬢の体に染みついていたのは、今まで食べてきた我が同胞の匂いではなく、彼女の家に住んでいる猫たちの移り香だったようだ。
食べたいと切望するように見えたあの視線も、食べたいくらい大好きという事か。『吸う』とは何かよく分からなかったが、多分可愛がるとか、そういった意味なのだろう。
「ああ、最高……。かわいい猫ちゃん、素敵な猫ちゃん……。……ところでこの子のお名前は?」
「ブ、ブルーローズですわ」
「ブルーローズちゃん……」
コンスタンス嬢はうっとりと呟いた。愛おしくてたまらないといった風だ。