バルコニーから悪役猫
それから数日後のぽかぽかした陽気の昼間、吾輩は、眼下に緑豊かな庭が広がるローズ嬢の屋敷のバルコニーにいた。室内からは優雅な音曲が聞こえてくる。今日は大広間で、ローズ嬢の誕生日パーティーが行われているのだ。
吾輩も本当はそこに参加して、愛するローズ嬢の輝かしき一日を祝いたいのだが、重大な任務があるので、こうして庭を眺めながらぽつねんと座っているのである。
――まずはわたくしが、コンスタンスを庭に呼び出しますわ。
吾輩はローズ嬢の傍にいられない寂しさを紛らわすように、頭に彼女の顔と声を思い浮かべていた。
――お庭にある池の近くで待っていてください、と言付けておきます。そこで、バルコニーに待機したあなたの出番ですわ。
――にゃー。
――賢い子ですわね。その通りですわ。あなたがバルコニーから飛び降りて、コンスタンスに掴みかかってください。そうすればあの女、驚いて池に落ちてしまうはずですわ。
ローズ嬢は「おーほっほっほ」楽しそうに高笑いした。
なるほど、棚から何とかならぬ、バルコニーから悪役猫という訳か。もっとも、コンスタンス嬢が得るのは幸運ではなく、不運なのだが。
――そこで、わたくしが登場して言いますの。「あなた、次にトニー様に近づいたら、こんなものでは済みませんわよ」って。あの女、きっと震えあがって、金輪際トニー様のお傍には寄ろうともなくなるはずですわ。……どうかしら? 完璧な作戦だとは思わなくって?
――にゃー。
――ええ、そうでしょう? 流石はわたくしですわ。
ローズ嬢はご満悦の様子だった。何だかローズ嬢の方が悪女に見えそうな振る舞いのような気がするが、『動物好きに悪い人間はいない』を信念としている彼女は、自分の行いが悪しきものであるなんて、これっぽっちも考えていならしい。
そんな次第で、吾輩は、現在バルコニーで日向ぼっこ……もとい、張り込みの真っ最中なのである。
コンスタンス嬢がやって来たのは、吾輩がうっかりウトウトして、眠りかけた頃の事だった。庭に人影を見つけた吾輩は慌てて飛び起きた。
コンスタンス嬢は、茶色い髪をした気立ての良さそうな娘であった。ローズ嬢の婚約者を横取りするような悪党には到底見えない。
だが、吾輩にはローズ嬢より与えられた使命があるのだ。吾輩は愛しい人のために、バルコニーから飛び降りた。
「きゃあっ!」
コンスタンス嬢が可愛らしい声で悲鳴を上げた。突然頭の上に何かが落ちてきたのだから当然だろう。
だが、ローズ嬢が想像したように、コンスタンス嬢は池の中には落ちなかった。少し体勢を崩しはしたものの、まだ普通に立っていたのだ。
「えっ……猫……?」
しかも、コンスタンス嬢は吾輩を摘み上げてしまったではないか。かくなる上は彼女の足にでも体当たりして己の責務を果たそうと思っていたのだが、万事休すだ。前足の下に手を入れられてしまい、これでは逃げ出す事もできない。