悪役猫
「ねえ、ブルーローズ」
吾輩が、羨ましそうな顔でこちらを見ている鳥籠の中のオウムのロロに舌を出していると、紅茶を飲み終わったローズ嬢が真剣な口調で切り出してきた。
「聞いてくださいな。この間、またあの娘が……」
「にゃー」
「そう、コンスタンスですわ!」
コンスタンス嬢は、王家お抱えの服飾品職人の娘だ。そして、ローズ嬢の憎々しげな口調から分かる通りに、ローズ嬢はコンスタンス嬢を快く思っていない。
「あの女が、またトニー様と仲良くしていましたのよ!」
トニー氏はこの国の王子で、ローズ嬢の婚約者でもある。婚約者とは、結婚の約束を交わした相手の事らしい。
それにしても、人間とは奇妙な風習を持っているものだ。吾輩がローズ嬢の傍にいるように、好いた相手とは一緒にいるのがごく自然な事だと思うのだが、それをわざわざ『婚約』やら『結婚』などという言葉で縛り付けるなんて、何となく息苦しそうである。
「少し前も、二人でこっそり会っていたらしいのです! あの女、きっとトニー様を誘惑して、わたくしから婚約者の座を奪う気ですわ!」
ローズ嬢はコンスタンス嬢への憤懣をまき散らしながら、歯ぎしりした。
「許せませんわ、そんなの……。あの女、身の程知らずですわ。少し懲らしめてやる必要があると思いませんこと?」
以前から、ローズ嬢がコンスタンス嬢とトニー氏の事について愚痴を零す機会はままあったが、今日のローズ嬢は目が据わってしまっていた。とうとう我慢の限界を迎えたのだろう。
どうやらローズ嬢は、トニー氏を独り占めしたいようなのだ。その気持ちは吾輩にもよく分かる。
実は、トニー氏をローズ嬢に紹介された時に、吾輩はひどく嫉妬して、彼の顔を思いっきり引っ掻いてやった事があったのだ。ローズ嬢に吾輩の他に愛するオスがいるなどという事実に耐えられなかったのである。あの男が泣きそうな顔になりながら逃げ出していったのを見た時には、心底愉快な気持ちになったものだ。
もっとも、今はそんな怒りも収まっている。吾輩はローズ嬢の膝の上で食事をしたり、毛づくろいをしてもらったり、風呂に入れてもらったりする。だが、ローズ嬢はトニー氏にはそのような事をしていないと分かったからだ。
これは、ローズ嬢がトニー氏よりも吾輩を愛おしく思っているという事の証明に他ならないと思い至ったのである。トニー氏は、自分が二番手だとも気が付いていない哀れなオスなのだ。それからは、吾輩はトニー氏に対して、憐憫の眼差しさえ向けるようになっていた。
「ねえ、ブルーローズ。もちろんあなた、手伝ってくださるわよね?」
きっと今のローズ嬢は、トニー氏の中の自分の順位がどれくらいなのか分からずに、苛立っているのだろう。そして、コンスタンス嬢を責める事で、自分がトニー氏の一番になろうとしているのだ。
そんな事をしなくとも、吾輩にとっての一番はローズ嬢なのに、他のオスの一番まで欲しがるとは、彼女は少々欲張りのようだ。そういう所もまた、好ましい。
それにしても、吾輩に一体何をさせようと言うのか。だが、愛しいローズ嬢の頼みを無下にする訳にもいかず、「にゃー」と鳴いて、同意の意を示す事にした。と言っても、吾輩は、『にゃー』以外の言葉は知らないのだが。
こうして吾輩は、ただの黒猫から、悪役猫へと変身したのだった。