愛しの薔薇姫
吾輩は黒猫である。名前はブルーローズ。オスの黒猫であるのに、随分可愛らしい名だと思う者もいるかもしれないが、吾輩はこの名前が気に入っている。もちろん、吾輩の大切な人が付けてくれたものだからだ。
「ブルーローズ~、ご飯ですわ~」
噂をすれば影だ。庭へと続くテラスから、我が愛しのローズ嬢が降りてきた。
赤いドレスが似合うローズ嬢は、金の巻き毛と青い目の、名前の通りに薔薇のように美しい少女だ。
ローズ嬢は貴族令嬢に相応しい優雅な足取りで芝生を踏みしめると、木陰で寝そべっていた吾輩に大輪の花のような笑顔を向けた。
この笑みを見ていると、生きていて良かったと思うのと同時に、せっかく救われた命が、嬉しさでまた天に昇ってしまうのではないかと心配になってくる。事実、この胸はときめきで破裂しそうなくらい高鳴っているのだ。
吾輩は、いつ、誰の下で生まれたのか記憶がない。気が付いた時には、土砂降りの雨の中で、にゃーにゃーと鳴いていたのだ。
――まあ、こんな所に猫がいますわ!
そんな吾輩を拾ってくれたのがローズ嬢であった。ローズ嬢は自分の豪奢なドレスが汚れるのも構わずに吾輩を抱き上げ、屋敷まで連れ帰ってくれたのだ。それだけでなく、自らの手で体を洗い、食べ物までくれた。
先程も言った通りに、名前をつけてくれたのもローズ嬢である。吾輩の青い目を見た彼女は、自分の名の一部を取って、吾輩を『ブルーローズ』と呼ぶ事にしたのだ。
もしローズ嬢が吾輩を見つけてくれなかったら、腹を空かせて行き倒れるか、獰猛な野良犬の餌にでもなっていただろう。吾輩はローズ嬢に対して言葉にできぬほどの恩義を感じ、こうして今も彼女の傍にいるのである。
それに吾輩は一目見た時から、ローズ嬢に心を奪われてしまっていたのだ。それは、ローズ嬢が容姿だけでなく、心根も美しい人だったからだろう。
吾輩のおぼろげな記憶の中の人間は、皆凶暴な者たちばかりであった。「汚ねぇ猫」と言いながら、吾輩に石を投げてきた者もいる。しかし、あの雨の中で吾輩を救ってくれたこの少女は、そんな人間たちとはまるで違うように感じたのだ。
「美味しいですか? ブルーローズ」
ドレスに包まれた柔らかい膝の上で魚の切り身を頬張る吾輩に、ローズ嬢が尋ねてくる。吾輩は「にゃー」と鳴いて、それに答えた。
「それは良かったですわ」
ローズ嬢は幸福そうに微笑んで、テーブルの上に置いた紅茶を飲んだ。
ローズ嬢は吾輩にとても優しくしてくれる。これほどまでに吾輩を丁重に扱う者など、他にいないだろうと思う程に、だ。それはまさしく、ローズ嬢も吾輩に恋をしている事の確かな証である。
また、ローズ嬢はどうやら動物が好きなようで、この家には、吾輩の他にも鳥だの魚だのがいるのだが、ローズ嬢の一番のお気に入りは吾輩だという事は明白なので、吾輩はいつも誇らしい気分になるのである。




