クーデター部隊前衛壊滅、攻勢頓挫、大宝寺、新たに隊員を募る。
東京まで半分の道のりに到達したクーデター部隊、突如として伏撃を受ける。その正体は?自衛隊、政府はどう動く?
東富士演習場での戦闘射撃訓練に参加するために駐屯地を出発した三十五普連一中は海老名パーキングエリアで事情聴取に来るはずの神奈川県警の警察官を待っていた。そこで一般道から来た通行人から、テレビ報道されているクーデター部隊が東京方面に向けて前進中と言う情報を得た。部隊間通信を禁じられた上に上級部隊からは何ら情報が入らず、この部隊がクーデター部隊なのか自衛隊部隊かの判断ができなかった第一中隊長は配属されていた本部管理中隊偵察小隊からの偵察情報と機甲教導連隊の中隊長から得た情報でこの部隊がクーデター部隊であると判断し、神奈川県警の到着の前に高速道路を降りて予想進攻ルートの横浜市前縁に布陣、KP(対機甲撃破地点)に火力を指向した。しかし訓練のために配分された弾薬は少なく、特に対戦車擲弾(LAM)や対戦車ミサイルは数発ずつしかなかった。これではクーデター部隊の撃破は不可能と判断した第一中隊長はクーデター部隊の先鋒小隊に一撃を加え、後続の他部隊の出動準備の時間を稼ぐこととした。この時、クーデター部隊も神奈川県内の地理に不案内な戦車乗員によって後続の本隊が道を間違え、先頭小隊と本隊が離れて一時的に連絡できない状態になっていた。横浜市外縁に設定したKPに進入したクーデター部隊に対し、一中隊は機関銃と狙撃銃による射撃で先頭の戦車の戦車長と跨乗歩兵を射殺、対戦車擲弾及び小銃擲弾による対機甲撃破戦闘を行うも増加装甲によってその攻撃は全て無効化されて戦車そのものを行動不能にはできなかった。なおも前進を続ける先頭戦車に対し中隊は01ATMによるトップアタックをかけた。直撃を受けた先頭戦車は大破炎上、後続戦車も進撃を止めた。停止した後続戦車に周囲のビルに潜む隊員が小銃や機関銃による集中射撃を浴びせた。全方位からの射撃で二両目、三両目の戦車長、装填手は瞬く間に射殺され、跨乗歩兵(PMC社員)もろくに反撃もできずに射殺された。行動できない戦車に増加装甲の隙間を狙った対戦車擲弾攻撃や肉薄しての手榴弾攻撃により二両目、三両目も擱座炎上させることに成功する。唯一、先頭戦車の異変に気づいた四両目が独断で後退し、損害を免れた。何とか先頭小隊の進撃を阻止した第一中隊ではあったがこの戦闘で対戦車弾薬を使い果たし、以後の戦闘継続は不可能となった。そればかりではなかった。神奈川県警の事情聴取を無視して中隊長の独断で海老名パーキングエリアを離れ、戦闘行為を行ったことで後に所属隊員が刑事訴追されることとなった。損害を受けることなく後退して本隊に合流した四両目の戦車長だったがその戦車長を大宝寺はPMCの社員たちの前で罵倒、敵前逃亡と見なして射殺しようとするが、他の民間軍事会社社員の抵抗にあって果たせなかった。この一件により、大宝寺たちクーデター部隊幹部とPMC社員との間に溝ができることとなった。PMCが協力を拒否して勝手に戦場離脱すると考えた大宝寺は横浜市中心部に停止、大規模なアジ演説を実施してYouTubeなどの動画投稿サイトを活用して幅広いクーデター(売国奴から日本を取り戻すための戦い)への参加を呼び掛けた。主権在民党政権に不満を持つ右翼団体やネット右翼などが続々と参加して部隊は2000人以上に膨れ上がった。この間、政府は完全に機能不全となっていた。自衛隊に出動命令を出すはずの首相は行方不明、変わりに行政の指揮をとるはずの官房長官は発狂して国会議事堂内の自身の控え室に鍵をかけて引きこもった。総務大臣は全都道府県警察に連絡して首相の行方を探させ、防衛大臣は防衛出動待機命令を陸上自衛隊東部方面隊と海空自衛隊部隊に下令した。しかしそこでも首相が出しっぱなしで放置逃亡した自衛隊部隊への出動禁止命令と警察による取り調べ命令とが錯綜して各部隊と都道府県警察は大混乱になっていた。
前衛部隊を失い、PMC社員も士気が落ちてしまった。しかしそれでもクーデター部隊は新たな隊員を加えて士気は旺盛、東京はこのまま陥落してしまうのか?