13 日本神話の髪……じゃなくて神
黒崎一乃の決意が固まったのと同じ時期。
空はバルログと死闘という名の防戦を続けていた。
「うぅぅぅぅわぁぁぁぁあ!!」
僕はバルログさんの魔炎から、死に物狂いで逃げ惑う。名前も知らない鬼と戦った時もこうだった。もしかして、僕って弱いのかな。弱いんだろうな。でもまだ半人前だし。真名名乗って覚醒したら強くなれるし。父さんみたいな鋼鉄の翼と鎧の白銀色の美しくてやたらかっこいい天使になれるし。
それはともかく、それを抜きにしてもバルログさんは強すぎる。
僕の光の槍も、光の弓矢も、光弾も、なにも通じない。
炎の剣で弾かれて終わりだ。
ならばこれでも食らえと対悪魔用の護符やお札、悪魔払いの結界も清めの結界も、知ってる限りのものを一通り使ってみたけど、何一つ効果がない。
炎の化身そのものである大悪魔に、紙きれでできた護符や札は燃やされ、よしんぼ通ったとして体に届く前に自然発火で燃やされる。悪魔払いと清めの結界は普通に力技で破られた。
悪魔なら問答無用で消滅しかねないほどの聖なる力があったんだけど、効いてない。
恐るべき魔力解放とかいうチート。地力があれば特殊攻撃は効かないとか、ドラゴン●ールかよ!
「くっそぉぉぉお!!」
僕の叫びは廃ビル群に飲まれて消えて行く。
やっぱり、大悪魔は強い。
僕がまだ未熟な熾天使っていう言い訳を抜いてもなお、強い。
僕の攻撃は相手に届かないけど、相手は僕に近づくだけで魔力の籠った熱さで僕を焼き殺せる。
正直このままだと焼き鳥にされちゃうから汗を流しながら必死に飛び回る。
「なんだ?今度は空間の操作か?」
「そうですよ!これが僕の力ですよ!」
戦闘力は向こうの方が大分上だけど、地の利はこちらにある。
当然だ。ここは隔離結界の中なのだ。僕が通った後に、道や空間や時間を弄って遠回りさせたり妨害したり同じところをグルグルさせたり、空間操作でビルを擬似念力で持ち上げてぶつけてみたりと、思い付くことを片っ端から試して時間稼ぎに出た。
高層ビル群が小魚の群れのように群れをなし、僕を狙う炎悪魔を全方位から一斉に押し潰す。
「圧縮、圧縮、圧縮ーー!」
さらに空間を縮小していくことでビル群をボールみたいに丸める。
光の力を加えてさらに追撃。もう太陽みたいなことになってる。
以前の鬼ならばこれで倒せただろうが、バルログさんはどうだろう。倒せてないだろうね。普通の相手ならこれで倒せるんだけどね。
でも、バルログさんは普通の相手じゃない。
一万年前の天魔大戦を生き抜いた本物の強者なのだ。それも、歴史に名前が残るほどの。
この程度で僕を見逃してくれるはずがない。
「こんなものが!!!」
一喝。
それだけでバルログさんの周りの空間もろとも一瞬で僕の渾身の攻撃は霧散し、肝心な僕は衝撃波に揉まれて吹っ飛んでいく。
翼を広げていたがために、衝撃をもろに受け止めてたんだ。
僕を洗い流す力の奔流に逆らわずに流されて、そのまま瓦礫の下に隠れる。
相手は空間や時間を部分的に崩壊させるほどの魔力量で攻撃も防御もぶち破ってきたから、僕の抵抗も結局無意味に終わったわけだ。
この人……じゃなくて悪魔強すぎない?
現実と比べればかなり脆い世界だけど、以前よりもバージョンアップを重ねたこの【僕の世界】を壊すのは、大型中性子爆弾並みのエネルギーがなければ無理なんだけどそれは。
バルログさんのパワーは本気出しても核爆弾レベルのエネルギーしか出せない僕を、遥かに超えてるってことだ。
そんな人を倒す?
(ヾノ・∀・`)
多分、リアルにこんな顔していたと思う。
それ位に僕が勝つのは絶望的な相手だ。
【僕の世界】も絶望的にあちこちの空間と時間をめちゃくちゃに破壊されていて、もう僕自身にもこの世界のことが分からなくなってきた。
具体的には、空間が割れて現実世界のどこかへ通じる裂け目が開いたり、或いは時間の流れが速かったり遅かったりと、おかしくなってたりする。
制御は辛うじて出来ているが、ちょびっと気を抜いたり集中を欠いたらこの世界が崩壊しそう。
そしたら、現実に強制送還だ。天魔町を戦場にせざるを得なくなる。そんなことしたら天魔町が灰になっても僕が焼き尽くされるまで戦いは続くだろう。
大切な娘さんを、よりにもよって天使に奪われそうなんだ。
その怒りは何を燃やしても留まるところを知らないはず。
宇咲子ちゃんも、宇佐美ちゃんも、熊谷くんも、藤虎さんも、努羅真先生も茨木先生も、後どうでもいいけどかわいそうだから成島先輩も加えてあげる。
みんな死んじゃう。無事に生きられたとしても、家も学校も職場も全部燃えるし溶けるし灰になる。
あっ、翼焼けた。
地面に墜落して泥にまみれる僕に、バルログさんは容赦なく追撃の魔炎を放つ。
その炎をどこか、関係無い赤の他人、第三者の視点でぼんやりと見つめていた。なんというか、ここからだと見える景色がスローモーションになってて現実感が無いんだよね。
あ、そういえば、黒崎さんとはまだキスもしてなかった。
僕は未だにさくらんぼだし、父さんとは和解しきれた気がしない。
小さい頃から父さんには修行漬けで育てられたいた。昔は恨んでいたが、今思えば愛の鞭だったんだ。
「でも、修行漬けは辛かったよ、父さん」
ちょっとだけ愚痴をこぼす。冬場の滝打ちとかはホントに辛かった。意味があったとも思えないし。
学校行って熊谷くんや宇咲子ちゃんたちとバカ騒ぎしたい。
あと、藤虎さんとは友達になりたかった。
先生方には迷惑を掛けっぱなしだった。
成島先輩は……別にどうでもいいや。
宇咲美ちゃんは僕が死んだら泣いてくれるかな。
走馬灯のように、実際走馬灯なんだろうけど、僕のこれまでの人生が頭のなかを走り抜けてくる。
どうなんだろ。もう、僕は死ぬしかないのに。
機動力の要である翼を潰されれば天使は脆い。適切な処置をすれば翼は再生するが、今すぐ治せないなら意味がない。
この攻撃は絶対に避けられない。
半天使状態の僕なら走っても普通に音速超えるけど、強い悪魔とかはもっと速い。それこそ僕なんかには反応できない速度で僕を殺せる。
その相手が大悪魔ならもう、じたばたしても無駄なのだ。どうせ死ぬなら、天使らしく潔く死のう。
迫る炎を見据えて、僕は覚悟を決める……のはやっぱり無理。
「死ぬのは怖いよ!死にたくない!黒崎さんと一緒にいたいだけなのに!!」
「天使が悪魔と共に生きる、それが罪なのだ。罪人は罪人らしく、私の炎で浄化されるといい」
声の限り叫んでも、バルログさんの心は動かない。当たり前だ。この程度で動く決意なら、最初から僕を殺そうとしない。
炎が視界一杯を埋め尽くすほど近い。 もう時間がない。
「死にたくない!ちくしょう、死にたくない!」
生を諦められない僕は、起死回生の手立てを探して周囲を見渡す。
その僕のすぐ目の前に、それはあった。
空間の裂け目だ。大きさは丁度人が一人入れるくらい。
現実世界のどこかと、【僕の世界】を繋げる穴だ。
その穴がどこに繋がっているかは不明。もしかしたら魔界のどこかや深海や宇宙空間に繋がっている可能性だってある。
この穴に飛び込んで逃げても、魔界ならワンチャン生き延びる道はあるけど、後の二つならどのみち即死だ。
でも、懸けるしかない。
ここで死ぬか、違う場所で死ぬかだ。
「安全な場所であってくれぇぇぇ!!」
我ながら情けないことを叫びながら、僕はその穴に飛び込んでいった。
◇
「ここはどこだろう?」
バルログさんとの戦いで過ぎた時間は、体感では一時間程度だったが時刻はもう夜だった。
全く見知らぬ町に出てしまったようだ。お店の看板とかからして、幸いここは日本のようだ。
ひとまず賭けには勝てた。
一安心したけど、今度は黒崎さんのことが無性に心配になってきた。
「僕の父さんに襲われてたりして。 急いで帰らないと!」
でも天魔町がどの方角か知らない。空飛べてもこれじゃ意味がない。
「僕、帰れないじゃん。バカなの? 死ぬの?」
「我々としては、貴公に死なれたら困るのだがな」
「誰?!」
背後から話しかけてきた相手に振り返り、先ほどまでも攻防から脊髄反射で攻撃を加えそうになって、あっさり取り押さえられた。
「痛たたた!極ってるから!間接はそっちに曲がらないから!」
「貴公はずいぶんと痛がりだな。天使なら腕が折れるくらい平気だろうに」
「僕はハーフです!半分人間なんですよ!」
「そうか。だが、熾天使の魂を持っているなら肉体の損傷など気にもならんだろう?」
「なるから!気になるから!体は人間よりなんですよ!!」
ようやく離して貰えたのは、それから十分ほど経ってからだった。
「まだ腕いたいですよ」
「そうか。悪かったな」
「ホントに悪いと思ってます?!」
「思ってないが?」
「ウガー!」と怒る僕。髪の長い相手の男?青年?は形だけの謝罪を口にする。悪びれた様子も全くなく、それが僕の怒りをなおさら煽る。
「あなたは誰ですか?僕に何の用ですか?」
「我は須佐之男。姉上の命で貴公を迎えに上がった。貴公の腕にサブミッションを極めたのはそちらから攻撃してきたから正当防衛としての反撃だ」
はいはい。日本神話の神様の須佐之男命ね。僕は天魔町に帰るから後にしてね………って、え? スサノオ?
「あの、須佐之男って、日本神話の須佐之男様ですか?」
「その須佐之男以外に誰がいる?」
「姉の命って言いましたけど、天照大神様が僕に用事があるの……ですか?」
「そうらしいぞ」
もうね、言葉がでないよ。
この大変なときに、日本神話の太陽神様がなんでわざわざ僕を呼び出したりするのかってさ、絶対確実に天魔町でバルログさんと僕が暴れたことだよ。
後、多分だけど父さんも暴れてると思う。黒崎さんがすごい心配だけど、あの人なら大丈夫だと信じたい。
「分かりました。行きます」