12 とある悪魔親子の話
皆さん、黒崎一乃です。
この度は私がヒロインを勤める小説をご覧頂きありがとうございます。
突然ですが、私は今、かつてない窮地に陥っています。
「娘よ。あの天使とは如何にして交際した?何故私に隠していた?」
それは、お屋敷の応対室で私の反対側の席に座るお父様です。
先日、私はデーモン教団に拉致されそうになり、自力で事なきを得ましたが、私の危機を察したお父様が現場に駆けつける事態になりました。
件の話は天使の彼、天地空くんと付き合っていたことがその件でとうとうお父様にバレたことです。
その時はデーモン教団とのゴタゴタでなんとか誤魔化せましたが、一晩たって頭も冷めた今、お父様の怒りは静かに燃え上がっています。ついでにお父様の体を覆う魔炎もまた、メラメラと燃え上がっています。
私は今までは隠していた事実ですが、天使と契約を取っていた、ましてや、契約とはいえ天使と交際していたなんて知られた暁には、炎の化身たるお父様の憤怒が火山の如く爆発するでしょうことを見越していました。
その予見は的中です。
お父様は今、烈火の如く怒り狂っています。
それは私の男女関係を把握していなかったお父様本人への怒りであり、私と空くんへの怒りでもあります。
正直言って怖いです。恐ろしいです。逃げ出したいです。
そして空くんの膝に顔を埋めて「よしよし。黒崎さんはいい子だね」と優しく頭を撫でて慰めてほしいところです。
お父様には、何故あの子と交際したのか、と何度も同じ質問を繰り返されました。それはもう、念を押すように、しつこく、くどく、何度でも聞き出されました。
そんなの、簡単です。私がかわいい男の子が好みだからに決まってます!
高校生になってからの入学式の日、あの日、私はこの国に移住してから初めて見た金髪で体が小さくて、女の子のように華奢でかわいい男の子を見ました。彼をじっと見つめているその時でした。
彼と目が合ったのです!
私とは真逆の海のように青く、空のように澄んだあの瞳が確かに私を捉えました。
彼には一瞬で視線を逸らされてしまいましたが、私が恋に落ちるのはその一瞬で十分でした。
その日のうちに彼のことを調べあげ、彼の名前が天地空で、天使と人間のハーフであると知りました。
私の悪魔の嗅覚も、彼の魂から香る甘い匂いで、空くんは天使なんだと確信しました。
悪魔は天使に正体を知られてはいけない上に、知られてしまったら口封じのために殺さなくてはいけない。
これが人間であるなら、悪魔の標準的な能力である記憶操作でどうにでもなるのですが、天使のような人外相手ではどうすることもできません。殺すしかないのです。
つまり私の恋は始まる前から終わっていました。
彼から告白されたときは流石に動揺しました。欲望に負けそうになりました。
でも悪魔は掟こそ絶対。残念だし、申し訳ないけれど、断ることにしました。
断った時の彼の泣きそうに歪んだ顔を見て、思わず抱き締めたくなったけど必死に我慢しました。
あんなに可愛いのに!あんなにも私を好きでいてくれるのに!
悲しみのあまり、その日は枕を濡らして眠りました。
それから私は少し荒れました。お父様のご飯にお父様の嫌いなハバネロをわざと混ぜたり、人払いの結界を張って悪魔の力を使ったりなど、今思い返せば色々と恥ずかしいことをしてきました。
しかし、その一年後に転機がやってきました。
私が深夜の町外れの公園で一人寂しく憂さ晴らしに暴れていると、その公園に彼がやってきたのです。
私は、泣きたい気持ちをこらえて掟に従うことにしましたが、その途中に私の頭に悪魔のひらめきが浮かんだのです。
――――空くんと契約すればいい!
悪魔は契約相手ならば正体を知られても問題ないのです。
なら彼と契約を結ばせて、私の彼氏になってもらえばいい。
そう考えたのです。
その日の鬼ごっこは本気を出したふりをして、かわいい天使の誘惑を無自覚に振り撒く彼と一晩中お楽しみました。次の日の唐突な彼氏宣言にはパニックになって暴力を振るってしまいましたが。
あれ、まだ謝ってないんですけど、時効ですよね?
やっぱり謝罪とかするべきでしょうか。
鬼を燃やしたのは彼の愛を確かめるためです。
彼が私に恐怖を持ったり、愛想を尽かすようなことがあったら、とても素敵なことになっていましたが、そのような心配は無かったようです。
私は素敵な彼氏を持ちました。
え?天使の彼と付き合う理由?
人界にはこんな格言があるそうですね。
「可愛いは正義」
この言葉を聞いたとき、私は心を打たれました。
だってそれが唯一無二の真理ですから。要するに空くんかわいいで全て解決です。
お父様には絶対に反対されるどころか空くんを抹殺しようとするから黙っていましたが。
お父様にバレて、案の定「空くんと別れろ」とか、「空くん●す」とか、怒り心頭と言わんばかりに怒っています。
困りましたね。
空くんは今や私の生き甲斐なのに。
空くんさえいれば、大企業の社長や大物タレントと契約を結んだこともどうでもよくなるほど幸せだというのに、お父様はそこを分かってくれない。
理解しているからこそ、かもしれませんけど。
「お父様、何度でも言いますが空くんは私の契約中の相手です。獲物を勝手に横取りすることは悪魔の面子に関わる問題ですよ」
「そんなことは分かっている!!だが、ヘルファイアーがよりにもよって天使などと契約、ましてや交際などしていることが赦せん!!」
やっぱり、お父様の天使嫌いは筋金入りです。これは説得には骨が折れそうです。
説得を放棄した最終手段もありますが、今はまだ使うべきではないと思いますし。
「悪魔は欲望と心に従うべきだ。そうおっしゃったのはお父様です。私はその教えに従い、心のままに空くんと契約したまでです」
因みに【ヘルファイアー】は私の本名です。
空くんと婚約したら打ち明けようと思っています。
空くんもまだ私に本名教えてくれてないのでイーブンです。
「あの天使がヘルファイアーをかどわかしたのか?悪魔が天使ごときの誘惑に負けるなど言語道断だぞ」
「違います。私の意思です。私が彼に契約を持ちかけたのです」
私は卒業と同時に彼に全て打ち明けて婚約することにします。お父様が望むかどうかは関係ありません。
「お前の気持ちは変わらないのか。どうあっても」
「なにがあろうと、彼への気持ちは変わりません」
「そうか。ならば私はお前の欲望を受け入れようぞ」
認めてくれた?そんなことがある?
まさかとは思うけど……。
「光栄です。お父様」
お父様は鼻を鳴らし、部屋から去ります。
その背中は、私には憤怒に満ちているように見えました。
子供組は両想いなのに、お父さん組が二人揃って怪しいです……。