第9話:笑顔のお値段
今回に限らず、サブタイトルは話を作った後で決めています。
翌朝、8時の目覚ましで起きてリビングへ。土曜日で文具店は休みだと言うのに、マナミさん以外はちゃんといる。
「おはようございま~す」
それぞれから挨拶が返って来て、席に着く。ゲンさん、朝からトンカツ食べてる・・・。昨日1人分多く作ってたのは、このためだったのね。見ているだけで胃がもたれそう。
他のみんなの朝食は、焼き魚定食。これは、アジかな。
朝食後、皿を洗ってリビングに戻ると景色がモノクロになった。さて、今日の仕事は何だろう。
<1・2:焼肉店で皿洗い>
<3:通行人の数を数えるやつ>
<4:コスプレモデル>
<5:カジノのディーラー>
<6:カジノのギャンブラー>
・・・・・・。
「今日の4の目は、コスプレモデルのようですね」
「ちょっと楽しまないでよ。4が出たら本当にやんなきゃいけないんだから」
「それはそれで良いじゃないですか。普段と違うスミレさんが見られるのですから」
「私は良くないわよ!」
コスプレなんて、絶対やりたくない。衣装もサイコロで決まるに決まってる。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、2。
「ほっ」
「コスプレは、またの機会のようですね」
「またの機会なんて来ないわよ・・・多分」
自信なくなってきた。
「昨日の焼肉店ですね。行きましょう」
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「あ、迷い人のバイトさんッスね。俺、レンタって言います。よろしくッス」
バイト先に到着。元気の良さそうな子だ。高校生かな。
「六方、菫です。よろしくお願いします」
「兄さんもバイトどうッスか?」
「いえ、僕はやめておきます。 ではスミレさん、私はこれで」
「うん。また後でね」
ヒロキが店を後にした。今度は、私の仕事ぶりを見るとかはしなさそう。
「んじゃこっちッス。まずは掃除からやってもらうんで」
普通に皿洗い以外もあるのね。どのみち開店まで暇だからいいけど。
制服に着替え、掃除道具を受け取ったあと客席へ。ここで、景色がモノクロに。
ポン、ポンポポポポ。
サイコロ登場。
<偶数:このまま掃除をする>
<奇数:調理場の掃除を志願する>
おっと・・・そうきたか。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、3・・・。バイトに入った直後にして、仕事を変えてくれと打診しなきゃいけない訳ね。
私は掃除道具を持って調理場に向かった。
「あれ、スミレさん。どうしたんスか? 分かんないことでもあるんスか?」
他のメンバーの視線も集まる。
「いや、えっと・・・、」
凄く、言い辛い。
「調理場の掃除を、したいなと思って・・・」
「え? ここッスか? もう、終わっちゃってますけど」
「へ?」
声が裏返った。
「あ、す、すみません! 向こうの掃除してきます!」
「え、あ・・・よろしくッス」
慌てて客席の方に戻った。途中、「おもしろい人ッスねー」とか聞こえてきた。めっちゃ恥ずかしい・・・。
何なのよ、もう~!
掃除を終え、裏方に戻った。
「お疲れっした。もうすぐ開店なんで、お客さんの案内手伝ってもらっていいッスか?」
「はい。分かりました」
私は入口担当になり、移動して扉が開くのを待った。
カランカラン。
「いらっしゃいま・・・」
「あー、ロッポウさんマジでバイトやってるー、ウケるー」パシャリ。
「は・・・?」
「あらぁ~。可愛い服だねぇ~」
「おや、ちゃんとやってるみたいだね」
「うちの文具店でもやってもらいたいものだな」
「こんにちは、スミレさん」
ヒロキ・・・。確かに、家族でたまに来る店だと言っていたけど。
「スミレさーーん、早く案内お願いしまーす」
レンタさんの声。
「ほらほらロッポウさん、怒られちゃうよ?」
くっ・・・。
「ご、5名様ですね。こちらへどうぞ。当店は全面禁煙となっておりますので、ご了承ください」
ヒロキたち一家を6人掛けのボックス席に通し、
「ご注文が決まりましたら、そちらのボタンでお知らせください」
「じゃあ、ロッポウさんのスマイル!」
「そ・・・そのような商品はございません、メニューをご覧になってから、ご注文をお願いします。スタッフの写真撮影もご遠慮ください」
「じゃあ家だと撮っていいんだ」
「え・・・いや、そういう訳では」
「ほらほら、仕事中に私語は怒られるぞ♪」
「っ・・・では、失礼します。ご注文が決まりましたらどうぞ」
「マナミ、ほどほどにしなさい」
「はーい」
“ほどほど”もやめて欲しいんですけど。
それから、他のお客さんを案内したりオーダーを取ったり食材を運んだりしながら過ごした。運よく、ヒロキたちの方はレントさんになった。
裏方に戻ってひと息ついていると、
「スミレさん、休憩いいッスよ。さっきの人たち、知り合いッスよね。一緒に食べて来たらどうッスか?」
「え、いいんですか? そんなことして」
「いいッスよ別に。そもそもスミレさん、皿洗いがメインですし。これから忙しくなるんで、今のうちに飯食っといてください。まかない代わりに、あのテーブルは15パーOFFにするって店長が言ってました」
「あ、そうなんですか? ではお言葉に甘えて」
さすがに制服のままで行くのはやめておいた。着替えを済ませ、ヒロキたちのテーブルへ。
「あ、ロッポウさん、どったの? バイト終わり?」
「いえ。まだ終わりではないですが、休憩をいただきました。このテーブル、15パーセントOFFにしてもらえるそうですよ」
「あ、マジ? ラッキーじゃん」
「スミレちゃんがいて良かったねえ」
「お母さん・・・」
「あ、いえ、お構いなく。いつも、ご飯ごちそうになってますし」
「まぁまぁスミレちゃん、はやくお食べ。おいしいよぉ~」
シゲさん、普通に焼肉食べてる。うちのお祖母ちゃんは、肉系は苦手にしてたけど。
「みんな揃って外食するのは、これが初めてですね」
「そうだねえ。普段もマナミがちゃんと帰ってくれば、毎日全員揃うのにねえ」
「えー? あたしのせい? おとといはロッポウさんがいなかったじゃーん。高級ディナーとか食べちゃってえ」
「あー・・・」
そう言えば、そうだった。
「まあいいじゃないですか。揃わない日もあるからこそ、揃う日を大切にできると言うものです」
「やっぱりみんな揃うと楽しくていいわねぇ~」
「ふむ、そうだな」
家族かあ。私はむしろ、煩わしくて一人暮らし始めちゃったからなあ。でも確かに、こういうのも悪くないかも。少なくとも、イケメンと2人で高級ディナーよりは、ずっといい。そう思えるのは、こっちの世界に来てまだ日が浅いからかな。とにかく今は、みんなの笑顔を見ているだけで心が安らぐ。
ただ、ただ・・・! 2日連続で、お昼が焼肉。昨晩もトンカツだったのに。
サラダやカルビクッパも頼んで、極力お肉以外で胃袋を満たすよう努めた。
みんなのペースが落ちてきたところで、会計をすることになった。私もそろそろ仕事に戻ろうかな。
「結局サイコロ出なかったな~。つまんないの」
「出る方は、結構大変なんですけど」
「それが面白いんじゃーん」
「こっちは面白くありませんっ」
ここで、景色がモノクロになった。嘘でしょ・・・。
「やったー! 来たぁ! 何が出るかな、何が出るかな」
「マナミさんが困るような選択肢が来ますように・・・!」
「これは楽しみだねえ」
家族みんな、動けるみたいだけど。
ポン、ポンポポポポ。
サイコロ登場。拾い上げると、
<偶数:マナミがゼロ円スマイル>
<奇数:スミレが100万ドルのスマイル>
「「ちょっ!」」
ハモった。
「あらぁ~。仲がいいわねぇ~」
「なんかあたしのスマイルに価値ないみたいじゃん!」
「100万ドルのスマイルって何なのよぉ~」
「「んん~~~」」
ライバルのように、睨み合う。これは、絶対に負けられない。サイコロを投げるのは、私。
「これは、楽しみですね」
「どれ、写真の準備でもしておくか」
「フーーーーッ。いきますよ」
「インチキはナシだかんね!」
「できませんよ、したくても・・・」
そして、満を持して、サイコロを投げた。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、3・・・。
「やったーーー!!」
「そんな・・・」
手をYの字に上げて喜ぶマナミさんと、手を膝に当てて肩を落とす私。明暗が、はっきり分かれた。
「スミレちゃんのスマイルかい? 楽しみだねぇ~」
景色が、元に戻る。
「っ・・・」
サイコロの結果だ。やるしかない。100万ドルのスマイルになるかは、分からないけど。
「さぁロッポウさん、どうぞ!」
みんながみんな、スマホを向けてくる。シゲさんまで・・・。制服じゃないから、撮影お断りできない。
「フーーーーッ」
意を決して、心の準備を整える。何もなしに笑顔は作りにくいから、セリフを付けよう。何がいいかな・・・制服着てないし・・・。う~~~ん。
「まだぁ?」
「ちょ、ちょっと、待ってください」
「あんまりタメるとハードル上がっちゃうよ? 100万ドルだよ?」
分かってるよぉ~。
よし、決めた! せっかくだし、いつもお世話になってるお礼を言おう。
「いつもいつも、温かく接して頂いてありがとうございます。毎日楽しく過ごせてるのも、みなさんのおかげです♪」
最後の「です♪」に合わせて、笑顔を作った。自分の中では、これ以上は無理だと思えるぐらいの。
「「「「おおーーっ」」」」
パシャ、パシャ、パシャシャ。パシャシャシャシャシャシャ。連写やめて!
目を開け、表情を崩すと、みんなが感心した様子で私を見ていた。
パチパチパチパチ。やめて、恥ずかしい。
「ほえ~~っ」
「あんた、笑うと結構可愛いのね」
「え?」
「これは、世の男どもが黙ってないな」
「スミレさん、今のは本当に魅力的でしたよ」
「スミレちゃん、アタシからも、ありがとねぇ。あたしも毎日、楽しいよぉ~」
固まってしまった。まさか、作った笑顔にそんな評価が下るなんて。営業スマイル強化版のつもりだったんだけど、どんな顔だったんだろう。写真を見せてもらえば分かるけど、いいや。私も、みんなのその反応が見れたから、満足だ。
「それじゃあ私は、仕事に戻りますね。お会計は、そのボタンを押してください」
「それではスミレさん、また後ほど」
「ロッポウさんまたねー。あんた可愛いんだからさ、サイコロ出るとヤバいのは分かったけど、もっと笑顔でいた方がいいよー」
それができれば苦労しないんだよねえ。もうちょっと、出てくる場面と選択肢が平和だといいんだけど。
でもさっきのは、サイコロの結果的には負けたけど、スマイルの方が上手くいったみたいだし、マナミさんと少し仲良くなれた気もするし、これで良かったが気がする。サイコロでも出ないとあんな展開にはならないから、今日のところは、こんな機会をくれたサイコロちゃんに感謝かな。また変なのが出る前に、“いい子いい子”と頭の中で思ってあげた。
「すみませーん。ただいま戻りましたー」
「あ、スミレさん、ちゃッス。今度俺、休憩いッスか?」
「はい、大丈夫です。お疲れさまです♪」
せっかくなので、“100万ドルのスマイル”を使ってみた。
「おおぉ・・・。スミレさん、いい武器持ってるッスね。皿洗い、ぼちぼち来てるんで、お願いします!」
レンタさんは親指をグッと立ててから去って行った。武器、ね・・・。
ひょんなことで手に入れた新しい武器を意外に思いながらも、せっせと夕方まで皿洗いを続けた。
「お先に失礼しまーす」
「お疲れっしたー」
夕方5時、これから夕食どきだけど、私のシフトは終了とのことで帰路についた。レンタさんは、土日は12時間働いて小遣い稼ぎするらしい。ほどほどにね。私の本日の稼ぎは、8,000円ちょいで過去最高。
独特の雰囲気の街を、夕日に照らされながら歩く。昨日と一昨日がカジノだったから、今日は久々に普通に1日を終えた気がする(サイコロは出てくるけど)。
ここ数日で何とか覚えてきた道を通り、家に到着。引き戸を開け、玄関になってる文具店に入る。
「ただいまー」
「あ、スミレさん。お帰りなさい」
ヒロキが店番みたい。
「あー。いそーろーのねーちゃん」
「ねーちゃーん」
「はい?」
男の子2人が、私を指差している。居候って・・・。
「ヒロキ・・・?」
「あ、えーっと・・・、すみません。実はスミレさん、話題になってきてるんですよ。“シゲ文具店”に見知らぬ人が増えてるって。ちょうど今その話になってしまって・・・」
そういうことなら、いいけど。
あと、ここの店名、シゲさんの名前なんだ。シゲさんが始めたのかな。
「迷いびとー、迷いびとー」
「迷子の迷子のスミレちゃーん」
「「あなたのおうちはここですかーー」」
この子たち・・・。
「わー怖いかおー、逃げろー」
「逃げろー」
2人して、パタパタとヒロキの方に走って行った。そっちに行っても逃げられないわよと思いながら、引きつらせていた顔を戻した。意味もなく笑顔は出さないにしても、怖い顔はやめよう。
「おんなは笑顔がだいじだって、ゲンさん言ってたぞー」
「たぞー」
「そうですね。スミレさん、とっても素敵な笑顔をお持ちですから」
このタイミングで、それを言わなくても。
「ヒロキそれほんと?」
「本当ですよ」
「じゃあスミレ、笑ってみせてよー」
「笑ってー」
「ええ?」
子供たちの、疑い半分、期待半分のまなざし。だけど、
「だーめ」
「えー」
「けちー」
「ケチで結構」
私は歩き出し、子供たちに近づきながら言葉を続けた。
「文房具と一緒で、何かが欲しければお金が必要なのよ」
立ち止まり、中腰になって目線の高さを子供たちに合わせ、自分の顔の横で左手の人差し指を立てた。
「私の笑顔は、100万ドルなんだぞ♪」
次回:六方菫