第8話:よい子はだぁれ
カジノで5,100円負けたけど、だからこそ、お昼は焼肉にした。
「どれにしますか?」
「まずは牛タンと、それから・・・」
適当にあれやこれや選んで注文した。まるで空気を読んでいるかのように、サイコロは出て来ない。よし、このまま焼肉で最後まで出て来なければ、次に出た時に ”いい子いい子” してあげる。
「昨日が5,200円の勝ちで、今日は5,100円の負け、トータルで見ればまだプラスですね」
「100円だけじゃないの・・・。 負けたことはいいんだけど、2日連続でカジノに行ったのに、元の世界に帰るヒント、見つからなかったなあ」
「そちらも、そんな上手くいくものではないですよ」
「前の人も、半年かかっちゃってるんだもんね。最短だと、どれくらい出た人がいるの?」
「最短ですと、ダイスワールドに来た翌日に帰った方もいらっしゃいます」
「翌日!? 凄い、どうやって・・・」
「さあ。それは僕には。知ってても、教えることはできないのですが」
「でも私も、明日にでも帰るチャンスがあるってことよね。頑張ろ」
「もちろん、カジノとは無関係に元の世界に帰れた方もいらっしゃいますので、お仕事がカジノ以外になっても諦めないでくださいね」
「あ、そうなんだ。うん、分かった」
「お待たせしました~」
「あ、来た来た」
焼肉が来たので、話もそこそこに食べ始めた。
「はぁ~、美味しかった」
「少しは、気分が晴れましたか」
「うん。ちょっとだけ。 ところで、午後はどうすればいいの?」
「特に、何かをしないといけないとかは無いですね。逆に、バイトとかをやるのはダメです。今日できるのは、カジノでスロットを回すことだけです」
「そっかあ」
「せっかくですから、公園でお散歩でもしますか。天気は微妙ですが」
「うん、そうする。んじゃ行こっか。ここわりか…」
割勘でいい? と聞こうとしたら、景色がモノクロになった。このタイミングで・・・。
<1:ヒロキのおごり>
<2~5:割勘>
<6:スミレのおごり>
「あ、はは・・・」
ヒロキも苦笑い。1が出たって、“いい子いい子”はしてあげないからね。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、4。
「では、割勘ですね」
会計を済ませて外に出ると、また景色がモノクロになった。
「え? 今度は何?」
サイコロを拾い上げると、
<1が出たら“いい子いい子”してください>
「な゛っ・・・!」
何なのよ! もう!
「あの、“いい子いい子”、とは・・・?」
「ヒロキは知らなくていいわよ。1なんて出ないんだから」
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、6。よし。
サイコロは、そのままいつもと同じように消えた。景色も元通りに。
「よく分かりませんが、1が出なくて良かったですね」
「ホントよぉ」
公園に到着。雰囲気は日本にもあるような普通の公園だけど、とにかく広い。
「食後の運動といきましょうか」
「そうね」
特に行くあてもなく、歩き続ける。
「どうです? こっちでの生活にも慣れてきましたか?」
「生活自体には慣れてきたけど、サイコロが出てくるのが、もう・・・」
「あはは、でも気をしっかり持ってくださいね。自暴自棄になってしまう方もいらっしゃいますから」
「分かってるわよ。暴れたって、元の世界に帰れる訳じゃないものね。焼肉はおいしかったけど」
「やけ食い程度で済んで良かったです。でも、もし危なくなったら、僕や、家族のみんなを頼ってくださいね」
「うん。よろしくね」
一直線の並木道に差し掛かった。10メートルぐらいの幅の道の両サイドに、ズラリと新緑の葉をもつ木が並んでいて、壮観。この道、1キロもあるみたい。
「歩いてみますか?」
「うん」
意外にも、サイコロは出て来なかった。なんか今日はカジノを出てから空気読んでくれることが多いわね。
新緑に囲まれる道を、ひたすら進む。曇っていて木漏れ日がないのが残念。
「そう言えば明日は土曜日だけど、仕事はお休みなの?」
「いえ、いつものようにサイコロが出て来て、出た目に従ってお仕事をすることになります」
「え、そうなんだ・・・。じゃ、じゃあ日曜日は?」
「日曜日も、同じです。すみませんが」
「嘘でしょ・・・休みナシなの・・・?」
「そう、なりますね。でも内容によっては数時間で終わったりしますし、今日みたいにギャンブルになれば、少しでもやれば休めますし」
「そりゃ、そうだけど」
「これも迷い人の宿命だと思っていただくしか、ないですね」
「そんなあ・・・」
「ちなみにうちの文具店は、土日はお休みです」
「ヒロキたちだけズル~い」
「そんなことを言われましても」
土日も休みナシという事実にショックを受けながらも、新緑の中を歩き続ける。
「カァー、カァー」
この新緑の道に似合わなくて、どんより曇り空には似合う、カラスの鳴き声。
「カァー、カァー」
バサバサバサバサ。
結構近くにいるみたい。キョロキョロしても、見当たらなかったけど。
「カラスの鳴き声って、ちょっと気味悪いよね。体も黒いし」
「そうですねえ。ゴミをあさる姿を見掛けることもありますから、悪い印象を持つ方も多いですね。でも」
ここで、景色がモノクロになった。
ポン、ポンポポポポ。
サイコロ登場。いつものように両手で拾い上げた。
<出た目の数だけカラスが飛んできます>
「ちょっ・・・」
「これはまた、災難ですね」
「せっかくのお散歩なのにぃ」
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、4。
「カァー、カァー」
「カァー、カァー」
「カァー、カァー」
「カァー、カァー」
新緑が戻ったと思ったら、木の隙間から早速カラスがやって来た。
バサッバサッ。
バサッバサッ。
バサッバサッ。
バサッバサッ。
左右から2匹ずつやって来たカラスは、私たちの2メートルぐらい前に着地した。揃いも揃ってこっちを見てくる・・・。でも、意外と・・・、
「?」
「?」
「?」
「?」
カラスは、4匹揃って、首をかしげるポーズを取った。
「ふふっ」
思わず、笑みがこぼれてしまった。私はそのままカラスに近づいて、しゃがんだ。やっぱりだ。よく見ると、クリックリの目が可愛い。
「さっき、何か言いかけてたの、カラスって意外と可愛いって言おうとしたの?」
「はい。分かってくれる人がいて、良かったです。家族は、お祖母さん以外ダメでした」
さっすがシゲお祖母ちゃん。
「あははっ。確かにそうなるかも」
ここでまた、サイコロが出て来た。カラスは黒いままだけど、瞳に潤いがあるから当事者だ。
「ちょっと待っててね」
立ち上がり、サイコロのもとへ。拾い上げると、
<1:一番左のカラスに“いい子いい子”する>
<2:左から2番目のカラスに“いい子いい子”する>
<3:右から2番目のカラスに“いい子いい子”する>
<4:一番右のカラスに“いい子いい子”する>
<5・6:“いい子いい子”はしない>
「ぷっ、ふふふふふ♪ たまには面白いことするのね、この子」
私は胸の前に抱えるサイコロを見てそう言った。
「こんなの、初めてみましたよ」
でしょうね。
「えいっ」
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、2。
「カァー」
左から2番目のカラスが、まるで喜ぶように鳴いた。他の3羽は、こころなしか視線を落としてるように見える。可愛い・・・。
新緑が戻る。当たりクジを引いたカラスのそばまで歩き、
「今日のよい子は、君だ」
しゃがんで、
「よし、よし」
頭を撫でた。
くうぅぅぅ~~。嬉しそうに目をつぶる姿に、悶えそうになった。昨日のリスもそうだったけど、どうして動物ってこんなに可愛い仕草ができるんだろう。
手を離すと、
「カァー、カァー。カァー、カァー」
お礼を言ってるのかな? もっとして欲しいのかな?
「「「「カァー、カァー」」」」
バサバサバサバサッ。
カラスは4羽揃ってどこかに飛んで行った。
「またね。ずっといい子でいるんだよ」
「カァー、カァー」
ゴミあさりなんて、しちゃダメよ。
ヒロキの方を向いて、
「行こっか」
「はい」
そのまま、15分ほどかけて新緑の並木道を歩いた。
「歩き疲れちゃった。クレープ食べない? おごるわよ」
「では、ごちそうになりましょうか」
クレープを買って、噴水の前のベンチに座って食べる。空は相変わらずどんよりしてるけど、私の気分は少しだけ晴れてきた。
「動物、それもカラスに優しくするなんて、スミレさんの意外な一面が見れて良かったです」
「ヒロキは私を何だと思ってるの・・・。 私は、温厚は方だと思うんだけど」
「あ、いや、すみません、何だかサイコロに振り回せされてる姿しか見ないので」
「う・・・」
言われてみれば、“もう!”とか“何なのよ~”とか言ったりしてるし、さっきは焼肉をやけ食いした。昨日も思ったけど、私、こっちに来てからちょっと変になってるかも。色んなことをサイコロに決められ過ぎてるから、ということにしよう。だけど、暴れたりしないように気を付けないと。
「ではもしかしたら、スミレさんが“もう!”とか“何なのよ~”とか言う姿の方が、意外に思う人もいるのですか?」
「会社の人たちは、絶対に意外に思うよ。大したことは起こらないし、そんなこと言ったこともない」
でも、
「でも、家族とかはそうでもないかな。実家帰れば色々あるし、ちょっと素が出ちゃう部分もあるかも。ここにいる時ほどではないけど」
「ではやっぱり、“もう!”とか“何なのよ~”とか言う姿の方が、素なんですね」
「え? あ、いや、あはは・・・そうかも」
「でもスミレさんは、そんなことを言いながらも許してくれるから、やっぱり温厚な方ですね」
「時と場合によるけどねっ」
軽く頬を膨らませて言うと、
「えっと・・・気を付けます」
「よろしい」
その後も公園を少し歩き回って、それから帰った。
文具店。
「ヒロキに、スミレちゃんか。お帰り」
「ただいま」
「ただいま~」
今の店番は、ゲンさん。
「ちょうどいい。店番を変わってくれないか。今日は俺が晩飯を作ろうと思ってな、買い物に行ってくる」
やっぱりこの家の料理当番は、本人の思い付きみたい。
「分かった。大丈夫」
「あ、私も手伝います」
「スミレさんはいいですよ。その代わり、お祖母さんのお世話を頼んでもいいでしょうか」
「あ、うん。いいよ」
リビングに行くと、シゲさんとミズエさんがいた。テレビを見ている。ここで、景色がモノクロに。
「おや、今度はなんだい」
「楽しみだねぇ」
サイコロを拾い上げると、
<偶数:シゲと一緒にテレビを見る>
<奇数:風呂掃除>
なるほど。
「偶数を出してくれんかねぇ」
私も、偶数がいいな。
「アタシとしては、奇数を出してもらいたいねえ」
さあ、どうなるかな。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、3。あらま。
「あらぁ~。ざんねんだねぇ~」
「それじゃあよろしく頼むよ、スミレちゃん」
「はい」
一旦部屋に戻って、靴下を脱いで部屋着に着替えた。
お風呂の手前の洗面台に向かい、下の棚からタワシとスポンジ、それから洗剤を取り出して、袖をまくっていざ開始。
まずは、床のタイルね。端の方から、洗剤を適当にシュッシュッと出してタワシでゴシゴシした。
「ふぅ~~っ」
床は、こんなもんね。次は、浴槽。洗剤がこれ1個しかなかったから、タイルの床とステンレスの浴槽で同じ洗剤になるけど、いっか。この家の人たちが洗剤これしか買ってないんだから。
まずはフチ、それから内側を上からシュッシュッしてスポンジでゴシゴシした。
「よし」
シャワーを取って、水で流そうとしたところで景色がモノクロになった。
「え・・・?」
ポン、ポンポポポポ。
まさかの、お風呂場にサイコロ登場。どうせ私の手も濡れてるし、いいか。拾い上げると、
<1・2:シャワーが暴発、びっしょびしょになる>
<3・4:滑って転ぶ、結構痛い>
<5・6:掃除を終えて出ようとするとドアが外れる>
ちょっと! 何これ!? どれが出てもダメじゃん・・・。
「うぅ~~~」
一番マシなのは、5か6かな。後ろにあるドアは、引き戸。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、5。マシなのが出て安心しながら、シャワーの水を出した。
で、掃除終了。このドア、外れるのよね。逃げようとしても体が動かなくなるだけだろうから、早いとこ済ませましょ。トラブルも、初めから分かってれば何のことはないわね。
一旦外に出ようとドアの横を通ると、触ってもいないのにガタッと音がして外れた。
「えっ」
傾くドアの下に入り、一旦止めて、両側を持って上、下の順でサッシに戻した。
「ふぅ」
ビックリした。触ってもいないのに外れるなんて。あ、いや、確か、“出ようとするとドアが外れる”だった。私のバカ、予測が甘かった。
掃除を終えて戻ると、ゲンさんが料理をしていた。今日の晩ご飯は何だろう。と思ったら景色がモノクロに。ま、晩ご飯のメニューぐらいならサイコロで決まってもいっか。
<1・2:焼肉>
<3:牛すじ煮込み>
<4:トンカツ>
<5:親子丼>
<6:鮭の塩焼き>
ちょっ・・・お昼焼肉だったのに・・・5/6で肉じゃん。しかも焼肉だけ倍率高いし。さっき、“晩ご飯のメニューぐらいなら”って言ったの、取り消せない?
取り消せないことは分かっているので、諦めてサイコロを投げた。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、4。トンカツ・・・。取り柄は、お昼とかぶらなかったことだけ。むしろ、1人当たりの分量が決まるから焼肉より苦しいかも。
この子に“いい子いい子”してあげる日は来ないだろうなと思いながら、消えゆくサイコロを見送った。
次回:笑顔のお値段