第6話:お金持ちとサイコロ対決
ポーカーで大勝利していたアサトさんとサイコロ対決をすることになった。モノクロになっていた空間が元戻り、アサトさんが立ち上がって観衆の方を向く。
「たった今、迷い人のダイスの抽選により、これから行う勝負の内容もダイス勝負となった。それぞれ1つ振り、大きな目を出した方が勝ちだ。興味のある者は見て行くといい」
みんな、大して用事もないのか、この場を離れる人はいなかった。
「では、ダイスを頼む」
カジノのスタッフが、普通のプラスチックのサイコロを2つ、ワゴンに乗せて運んで来た。
「君が先に、選んでいいよ」
イカサマは、ないと思う。私の立ち位置から近かった方を取った。ボウルのような器も2つ用意され、それぞれの内側が壁のスクリーンに映し出された。左が私、右がアサトさん。
「さあ、“せーの”で一緒に投げようか」
「はい」
2人でそれぞれのボウルの前に立ち、
「せーの」
カラカラカラカラ。
左のサイコロは、2。右のサイコロは、6。
「「「おおぉー」」」
負けちゃった。今日の晩ご飯は、この人と2人でディナーか。
「それじゃあ今日は、俺とディナーだね。よろしく。ごちそうするし、ちゃんと家まで送るから安心して」
そう言ってくれてるし、豪華料理が出てくるだろうし、気楽に考えよう。
「はい。よろしくお願いします」
「それじゃあ早速、移動だ」
手を握られ、半歩後ろを歩く形でついて行った。集まっていた野次馬が一斉に道を開ける。ヒロキを見つけて、アイコンタクト。優しく頷き返してくれた。家の方には、何とか説明してくれると思う。スマホだってあるし。
カジノを出ると、黒塗りの長い車が止まっていた。アサトさんと私、さらにボディガードが4人乗り込んだ。テーブルを囲うように配置されたシートに、アサトさんと隣同士で座る。
「それにしても、驚いたよ」
「え?」
「いや、だって君、突然走って来て“凄いですねー!”なんてことを言うもんだから、この子は大丈夫かと本気で思ってしまったよ」
「う・・・」
返す言葉もない・・・。そうだ、正直に話してみよう。
「実はあれ、サイコロで決まっちゃったんですよ。だから、ああするしかなくって。そういう意味では、私は大丈夫じゃないのかも知れませんね」
アサトさんはしばらくポカーンとした後、
「あっははははは! 何それ、面白いね。話し掛けるか、遠巻きに見るかの2択だったってこと?」
「話し掛けるか、話し掛けられるか、スルーするかの3択でした」
「だっっはははははは!! “話し掛けられる”って、それ、その目が出てたら俺から君に話し掛けてたの?」
アサトさん、笑い過ぎて涙出てる。
「だと、思います。完成してるはずの晩ご飯のメニューとか、アドバイザーの妹さんの第一声とかも決まっちゃいましたから」
「ホントに? 凄いね、迷い人って。俺もアドバイザーになろっかなー。凄い面白そうだし」
「資格がいるって、聞いてますけど」
「うーん、そこなんだよね。どんな試験かは知らないけど、難しいって聞くよ」
確かに、どんな試験なんだろ。帰ったらヒロキに聞いてみよう。
「もうすぐだよ。三ツ星レストランから引き抜いたシェフに、得意料理を作るよう頼んであるから」
三ツ星レストラン! 勝負に負けたのに、そんなものをご馳走してもらえるなんて・・・。10万円あっても、三ツ星レストランなんて行かないし。ヒロキには悪いけど、ちょっとヨダレが垂れそう。
浮かれちゃダメ、浮かれちゃダメ。初めて会った人に勝負を挑まれて負けて、連れて来られたんだから。なんかこう、こっちの世界に来てから、神経がおかしくなってきてるかも・・・。全部サイコロのせいだ。
あと、“引き抜いた”って・・・。世の中、お金だもんね。
街から離れ、広大な敷地を誇るお屋敷が近づいてきた。本当に、セレブなんだこの人。文字通り、住む世界の違いを感じる。門を通り、車のまま敷地内を走ってお屋敷の方へ。
到着し、車から降りる。ボディガードともここでお別れ。皆さん、ありがとうございました。お屋敷に向かって歩くと、
「キュキュッ」
「ん?」
何かの動物の鳴き声のようなものが聞こえた。足元をみると
「わあぁっ」
リスがいた。可愛い。
「飼ってる訳じゃないんだけど、住みついちゃったんだよ」
手ですくって持ち上げると、リスは首をかしげて「?」という表情をした。ヤバい、とろけそう。
名残惜しいと思いつつも、もう一度しゃがみ、地面に下ろしてあげた。
「キュキュッ」
リスさんは、そのまま走り去って行った。
「バイバイ」
振り向くはずもないリスに、そう声を掛けて手を振った。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
お屋敷の中には、メイドさんがたくさんいた。そのうちの1人が、一歩前に出る。
「お帰りなさいませ、アサト様。そちらの方は・・・?」
「ああ、すまない。急きょ客人を招くことになった。ユリトには外で食べるように頼んだから、その分を客人に回したい」
「かしこまりました。本日の夕食は、午後6時頃になりますが」
「問題ないが、なるべく急ぐように伝えてくれ。客人の帰りをあまり遅くする訳にもいかない」
「かしこまりました」
前に出たメイドさんが返事をすると、全員それぞれの持ち場に散らばって行った。今は、3時半。結構ある。
「ユリトさんは、弟さんですか?」
「ああ、そうだね。たまに無断で帰って来ないこともあるから、気にしないでいいよ」
「はあ」
そう言うことなら、三ツ星レストランの味をいただいちゃいますが。
「少し、庭を散歩しようか」
「はい」
お屋敷の外に出て、庭園を歩く(“庭”と呼ぶにはあまりにも広い、これが“庭”ならお父さんの実家にあるものは何になるって言うのか)。
「スミレちゃんが迷い人って言うのは分かったけど、どんな感じでこっちに来たの?」
「私は・・・、いきなり雨が降って、とりあえず近くのビルに入ったらドアが開かなくなってしまって、他の出口を探して見つけた非常口から出たら、この世界に来てました」
「へぇ~。そんなことがあるんだ」
「さっき、いきなり時間が止まってサイコロが出て来たのも、見ての通りです」
「確かに。 こっちに来る前は、どうしてたの?」
「普通に、働いてました。事務員で、単純なパソコン作業を繰り返すだけですが」
「それも立派な仕事だよ。 で、こっちに来た感想は?」
「え? 感想? うーーん。最初は何が何だか訳が分からなかったけど、アドバイザーも、その家族のみんなも優しくて、何とかやっていけてるって感じですね」
「へぇ~。でもなんか、ホームステイみたいで楽しそうだね。やっぱ俺もアドバイザーになってみようかな~」
「アドバイザーの資格が取れて、迷い人に出会えても、アドバイザーになれるかどうかもサイコロで決まるし、アドバイザーの家に住むことになるかどうかもサイコロで決まりますが」
「はあ~~っ? そんなことまでサイコロで決まるの?」
「もう、ことあるごとにサイコロですよ」
「ホンット面白いね迷い人って」
「私としては災難なんですけどね・・・」
「あははっ! ごめん、それもそうかもね」
この人、純粋に、私自身よりも迷い人の方に興味がありそう。カジノで見た、足組んで扇子で仰いでる姿はどこへやら。あれはキャラづくりだったのかな?
その後も庭園を散歩しつつ、あれこれ聞かれることに答えながら過ごした。
4時半過ぎ、歩き疲れてきたのでお屋敷に戻っていると、
「キュキュッ」
「あ」
また、リスさんだ。相変わらず可愛い。
「キュキュッキュキュッ」
今度は、ピョンピョン跳ねながら鳴いた。持ち上げて欲しいのかなと思って、手ですくい上げた。首をかしげて「?」の表情。可愛い・・・。
ここで、景色がモノクロになった。何だろう。リスさんはそのままだから、関係してくると思う。もしかして、
ポン、ポンポポポポ。
サイコロ登場。リスを下ろし、変わりにサイコロを拾い上げた。
「キュキュッキュキュッ」
また持ち上げて欲しそうに、ピョンピョン。
「ごめんね」
<偶数:連れて帰ることができる>
<奇数:連れて帰れない>
サイコロを抱えたまま、ハッとした。やっぱり。
「キュキュ?」
また首をかしげるポーズ。連れて帰りたい・・・ゴクリ。
「フーーーーッ」
せーのっ。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、1。そんな・・・。
「キュー・・・」
大体のことが分かったのか、リスさんも悲しそうな表情をした。やめて。私も、もらい泣きしそう。
「ごめんね、連れて帰れないや」
頭を数回なでると、嬉しそうに目をつぶった。だけど、ここでお別れ。もう一度両手ですくい上げて、
「また会おうね」
そう告げると、
「キュキュッ」
私の手の上でピョンと跳ねた。地面に下ろしてあげると、そのまま走り去って行った。
「・・・今のも、サイコロで決まったんだ」
「はい。結果は残念でしたけど」
お屋敷に戻り、居間でお茶を頂くことになった。美味しいハーブティー。だけど、あのリスさん、連れて帰りたかったなあ。
「サイコロが出た時って、どんな気分なの?」
「その時の状況にもよりますが、“やっぱり”とか、“うそでしょー”とか。さっきは“もしかして”って思ってました」
「やっぱり迷い人っていうのは、大変そうだね」
「まあ、そうですけど、でもサイコロが出なければ、連れて帰るなんて考えもしませんでしたから。カジノでブラックジャックやった時も、次を引くかどうかがサイコロで決められちゃいましたから、余計な後悔をせずに済んだりしました」
ちゃんと自分で選んで喜んだり後悔したりしたい、という想いも少なからずあるけれど。
「うーん、まあ、良くも悪くもサイコロに従うしかないってことかな」
「悪い事の方が、多い気もしますが」
「はははっ、結局そうなんだ」
会話が止まったので、ハーブティーをすすっていると、
「アサト様、スミレ様、お食事のご用意ができました」
「おや、意外と早かったね」
まだ5時過ぎ。頼んだ通り、急いでくれたんだ。
豪華ディナーは、文句なしの味だった。なんかこう、なんかこう・・・一言で言うと、凄かった。強いて文句を付けるなら、何を食べているのかよく分からなかったこと。でもちゃんとした食材は使ってるんだし、美味しければ肉でも魚でもいいじゃない。
「じゃあスミレちゃん、家まで送るよ」
再びボディガードが4人現れ、扉に向かって歩き出した。メイドさんたちが見送りに来た。
「今日はごちそうさまでした。とても美味しかったと、シェフの方に伝えておいてください」
「かしこまりました。また機会がありましたら、ぜひお越しください」
次の機会って、どうだろう。あんまり頻繁に来くるのも、なんだかなあ。
外に出て、車に乗り込み出発。途中、ふと窓の外を見ると、リスさんがこっちを向いてピョンピョン跳ねていた。見送りに来てくれたんだ。ありがとう。また、会えるかな。
家の正確な場所を教えるのは気が引けて、近所のコンビニで降ろしてもらった。
「それじゃあスミレちゃん、またカジノで会おうね」
「はい。今度こそ、負けません」
「はははっ。威勢がいいね」
黒塗りの車が、私を残して走り去る。あの高級車とコンビニのギャップが何とも言えない。本当に、あっさりと帰してくれた。ヒロキにメールを打ち、家に向かって歩き始める。
とっくに閉店済みの文具店を通り過ぎ、リビングへ。
「ただいま~」
ちょうど、みんな晩ご飯を食べていた。それぞれが返事を返してくる。高級ディナーもいいけど、やっぱりこっちの方が居心地がいいかな。
「スミレさん、高級ディナーはどうでした?」
「え、高級ディナー? なんのこと?」
簡単に説明すると、「嘘!? なんでアタシも呼んでくれなかったの!?」とマナミさんに抗議された。そんなことを、言われても。
「あらぁ~。スミレちゃんも若いねぇ~。だけどダメな男に引っかかんないようにねぇ」
「大丈夫だよ、おばあちゃん」
説得力、ないけど。
「お風呂、入ってもいいですか?」
「はい、どうぞ。もう沸いてますので」
お風呂に入り、上がった後、晩ご飯の残りを少し分けてもらってそのまま部屋へ。まだ9時だけど、色々あって疲れちゃった。結局、アドバイザーの試験の内容、聞いてみたけど“極秘”とのことだった。
フワッフワのベッドに倒れ込み、意識を失うように眠りについた。
次回:今日天気になぁれ