第4話:次のお仕事は
午後5時過ぎ、帰宅。せっかくなら、私もコーヒー飲んで来れば良かった。
中に入ると、店番はヒロキだった。
「あ、スミレさん、お帰りなさい。無事に終わりましたか?」
「オムライスを作らされそうになったこと以外は、ね」
「あはは・・・でも、コーヒーだけなら早く出て行けと言ったのはスミレさんですし」
「う」
そうだった。営業スマイルでそれっぽいことを言った気がする。自業自得、なのね。この世界では、余計な言動は避けた方がいいかも。
「すみませーん」
「ん?」
振り返ると、小学生ぐらいの子がいた。ノートを2冊、買うみたい。
「あ、ごめんね。道ふさいじゃってて」
「ヒロキ兄ちゃーん、これください」
「はい。250円ですよ」
ヒロキも、ちゃんと仕事してるのね。
リビングに行くと、シゲさんとご両親がいて、テレビを見ていた。夕方にありがちな、ローカル色の強い情報バラエティ。
「あらぁ~。お帰りぃ~」
「ただいま、おばあちゃん」
挨拶を済ませ、一旦部屋に戻って部屋着に着替えた。
そしてまたリビングに戻り、まったりとした時間を過ごした。元の世界では、家に帰ってもあれこれやることがあったり、スマホで連絡を取り合ったり、なんか窮屈な日々を過ごしていたけれど、良くも悪くも何もすることがないから気楽に過ごせてる。
6時を過ぎた辺りで、ヒロキもこっちに来た。
「お母さん、店番終わったよ」
「そうかい。お疲れさん。 さて、そろそろ晩ご飯の準備をするかね」
ここで、景色がモノクロに。今日の献立が決まるのね。
「おや、ここでサイコロの出番かい」
「え?」
ミズエさんの声。よく見ると、この場にいる皆がカラーになってる。何だろう。皆に関係あることなのかな。サイコロを手に取ると、
<今日の晩ご飯は、>
<1・2:ミズエの手料理>
<3・4:マナミが何か買って来る>
<5・6:スミレの愛情オムライス>
はぁ!? それさっき回避したじゃん!? どんだけ私にオムライス作らせたいのよ・・・。
「あらぁ~。スミレちゃんの愛情たっぷりのオムライスが食べられるのかい? 楽しみだねぇ~」
「母さん、まだそうと決まった訳じゃ」
テンションが上がるシゲさんを、ゲンさんが落ち着かせようとする。とにかく、やるしかない。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、1。
「なんだい。つまんないのが出たね」
しかも、オムライスが出なければ“つまんない”と言われる始末(本日2回目)。せめて、3か4でも出てれば良かったのに。
「あらぁ~。残念だねぇ~」
ごめんね、おばあちゃん。
ミズエさんの手料理(今日は白身魚のフライ)を食べ終え、しばらくテレビを見たあと部屋に戻った。
「今日は、お疲れさまでした」
「ホントに、色々と疲れたわ・・・」
「明日はまず、スマートフォンを入手しに行って、それからまたお仕事です。頑張ってくださいね。では、お休みなさい」
「うん。おやすみ」
ドアが閉まり、1人になった。あ、お風呂・・・。今日は微妙な時間に入ったし、明日の朝でもいっか。
ここで、まさかの景色モノクロ化。はぁ・・・。
<偶数:もう寝る>
<奇数:やっぱりお風呂>
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
6が出た。よし、寝よう。元の世界に帰ったら二度と味わえないであろうフワッフワなベッドの感触を確かめながら、私は深い眠りについた。
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翌朝。今日も8時頃に目が覚めた。とりあえず下りてみよう。
「ふんっふふっふふ~ん。ふんっふふっふふ~ん」
明るい、女の子の声。マナミさんが、キッチンにいた。何時に帰って来たのかは知らないけど、元気ね。みんなは、特に気にも留めない様子でテレビを見ている。
「えっと・・・」
「あ、スミレさん。あれは、特に気にしなくてもいいですよ。酔っぱらうと、たまにああなるんですよ」
え、酔っぱらってる? こんな朝っぱらから。何時まで飲んでたのかしら。とりあえずあれは、料理上戸、だと思うことにしよう。
「よーし、できたー!」
朝食が完成したみたい。マナミさんが振り返り、アルコールで赤くなっている頬を携えて笑顔で振り向いた。
「マナミ特製、愛情たっぷりオムライス!」
「な゛っ・・・!」
そのフライパンに乗ってるオムライスには、ケチャップで大きさの違うハートマークが何重にも描かれていた。
「あっはっは。こりゃケッサクだね」
「お前、昨日家にいたのか・・・?」
「あらぁ~。上手だねぇ~」
「なになにぃ? みんなしてぇ。 あ、ロッポウさん、そんなドン引きしないでよ~」
何も、愛情オムライスを作ったことにドン引きしている訳じゃない。それを作るタイミングが、あまりにも悪すぎた。
「ククク・・・」
ヒロキ、笑いすぎ。
「さぁさぁ、みんなで食べよ?」
しかも、このオムライス、デカい。Lサイズのピザぐらいある。マナミさんは大きなフライパンごとオムライスを運んできて、テーブルの上の畳んだ濡れタオルの上にそれを置いた。これを、みんなでつつき合って食べるのね。
「いっただっきま~す!」
マナミさんの元気のいい音頭で、みんなで「いただきます」と言って食べ始めた。
食べ終えるとその場で寝てしまったマナミさんを、ヒロキと2人で部屋まで運び(すごい可愛い部屋だった)、10時まではシゲさんとお話しして過ごした。
「ではそろそろ、行きましょうか」
「うん」
皆さんと挨拶と交わし、外へ。通信会社には10分ほどで着いた。“ダイス通信サービス”という会社名らしい。
「いらっしゃいませー」
店員さんがお出迎え。すぐさま対応可能とのこと。
「こちら、迷い人の方です」
「あ、そうなんですね。ではプランは、電話もネットワークも使いたい放題の24(トゥウェンティフォー)無制限プランとなります。政府から補助金が出ますので、お客様の通信料のご負担ありません」
ヒロキに教えてもらった通り、通信料はタダ。やった。
「機種代はご負担いただくことになりますが、どの機種になさいますか?」
店員さんがカタログを開き、こちらに見せてくれる。ここで、景色がモノクロになる。
「あ」
機種が、サイコロで決まるみたい。
「たまに、迷い人の方が来るとこうなるんですよね。以前は、サイコロの目の数だけ予備のバッテリーを買うことになった方もいらっしゃいます。5が出ました」
バッテリー5個もいらないよ・・・。
一旦椅子から立ち上がり、サイコロを手に取る。
<購入する機種は、>
<1・2:20万円の最新版>
<3・4:10万円の普通のやつ>
<5・6:5千円の簡単スマホ>
なんでこんな極端なの・・・。10万でもちょっと高いような気がするけど、簡単スマホはヤダなあ。
「あの、持ち合わせがない場合は・・・」
「後払いもできますよ。金利は、1日0.1%です。複利はありません」
「1日、0.1パー・・・」
10万円だと、1日100円。大したこと無さそうに見えて、地味に痛い。年利30パー超えって、犯罪でしょ・・・。
「残念ですが、迷い人の方との個人的なお金の貸し借りは禁止されています」
そっかあ、そうだよね。
とにかく、サイコロを振ろう。それっ。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、5。簡単スマホになっちゃった・・・。景色が元に戻る。
「はい。では簡単スマホですね」
このナリで簡単スマホ買おうとしてるなんて、すごく恥ずかしい。
「お持ちしますので、少々お待ちください」
1分ほどで箱を持って来て、開けて中を見せてくれた。やっぱりデザインは微妙。ダサくなかっただけマシと思おう。
「もう使える状態ですので、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
5千円だとツケにする必要もなく、会計を済ませた。箱をカバンに入れ、外に出た。スマホは触ってみた感じだと、電話とメールは普通にできるみたい。ヒロキと連絡先を交換した。
「ちょっと早いですが、サイコロが出るとそのまま仕事なので、お昼にしましょうか。せっかくなので、外食で」
「え? うん。 でもサイコロが突然出て来てそのまま仕事って・・・」
外食先がサイコロで決められることもなく、うどん屋さんに行った。東京だとあまり見かけない丸天うどん、美味しかった。お店を出たところで、景色がモノクロに。
「一応、お昼を食べるのを待ってくれたみたいですね」
「そんな気遣いするんなら初めから出て来ないで欲しんだけど・・・」
「まあまあ、そう仰らずに」
意を決して、サイコロを拾い上げた。
<1・2:ヒロキの家の文具屋>
<3:ダイス通信サービスのティッシュ配り>
<4:大道芸>
<5:カジノのディーラー>
<6:カジノのギャンブラー>
とび職がなくてホッとしたのも束の間、“大道芸”が目に付いた。カジノが気になるのに、他のものに気を奪われる。
「え、っと・・・」
「4が出たら、何かしらの道具が与えられると思いますよ」
「そ、そう・・・」
「それから、これもようやく言えるようになったのですが、5と6は毎日同じものが出ます。前に僕がアドバイザーをした方も、元の世界に帰るきっかけはカジノでしたね」
「そう、なんだ・・・」
サイコロで行動を決められてしまうダイスワールド。ここから出るための、ヒントがカジノにあるのかな。5か6、できれば6がいいなと思いながら、サイコロを投げた。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、6。
「っふーーーっ」
無意識に、大きく息をついていた。
「6、ですね。では参りましょうか、カジノへ」
歩くこと15分。カジノに到着。
「ほぉうぉ~」
外から見ただけでも分かる、リゾート感満載の建物。どこの高級ホテルだとツッコミたくなるような、そんな建物。明らかに10階建てビルよりは高いし、ホテルも併設かも。昼だからか、派手なライトとかは点いてない。
「さあ、参りましょう。今日はあなたはギャンブラーですよ」
あ、そうだった。ディーラーよりは気楽だと思ってたけど、給料が出ないどころか損する可能性もあるんだ。
「わああぁっ」
中は、ザ・カジノみたいな感じだった。表面が緑色の台、高級シャンデリア、幾何学模様の床、ワイワイと楽しそうにしている人たち(一部、明らかに苛立ってる人もいるけど)。
ここで、景色がモノクロに。
「来ましたね」
きっと、どれに挑戦するかが指定される。私でもルールが分かるものになるといいけど。
<1:ルーレット>
<2:ポーカー>
<3:ブラックジャック>
<4:バカラ>
<5:スロット>
<6:クラップス>
4と6はイミフ。2と3は何となく分かるけど絶対難しい。という訳で、1か5、お願い!
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、3。
「ブラック、ジャック・・・」
「ちょっとは、知っているようですね」
私が苦虫を潰したような顔をしたからか、ヒロキがそんなことを言った。
「やって、みるわ」
「まず、お金をチップに換えましょう」
とりあえず1万円を、チップに換えた。100円チップを100枚。
「いくら以上やらなければならない、とかはありません。一度でもゲームに挑戦すればお仕事は達成ですが、気の済むまで遊んでみてください」
「うん。せっかく来たんだもん。 一応聞いてみるけど、前ヒロキがアドバイザーやった人って、どうやって元の世界に帰ったの?」
「・・・お察しの通り、お話することはできません」
「そっか。ありがと」
歩き出したところで、景色がモノクロに。
「え? 今度は何?」
「さあ」
サイコロを拾い上げると、
<偶数:1対1のテーブルに行く>
<奇数:多人数のテーブルに行く>
「はあ」
「初心者ですと、1対1の方が楽かも知れませんね。多人数テーブルに行くと、たまに隣の人に舌打ちされますから」
「う・・・」
そういうものなのね。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、1。・・・仕方ない。
「では、あちらのテーブルにしましょう。僕も、横からアドバイスさせていただきます」
「よろしくね、ヒロキ」
既に2人の人が挑戦しているテーブルへ。ピシャッとした恰好で無駄のない動きを繰り返すディーラーと、ラフな恰好でウンウン唸る挑戦者たち。4つの席のうち、左から2番目と右端が空いている。
「隣、失礼しますね」
ヒロキがそう声を掛けると手だけ上げて返事があったので、右端に着席。次のターンから参加できるみたい。
今のターンが終わり、ディーラーが手際よくトランプを回収。その後、紳士的、かつ優しく私に微笑みかけ、手を開いてチップを置くよう言ってきた。とりあえず、1枚。
そして、カードが配られる。
次回:ブラックジャックに挑戦