第3話:お買い物と初仕事
食事を終え、部屋に戻った。一家の皆さんはまだテレビを見てるみたいだけど、私は結構疲れたし先にお休みさせてもらうことにした。なお、結局マナミさんは洋服を貸してくれなかった。まだ“得体の知れない”人だと思われてるらしい。
「では明日は、10時頃から出かけましょう。朝食は、適当に行けば大丈夫だと思います」
「うん。色々とありがとね、ヒロキ」
「どういたしまして。明日からまた大変ですから、ゆっくり休んでおいてください」
「わ・・・分かった」
何が待ってるのよ・・・。
そのまま、閉まる扉の向こうのヒロキを見送った。さて、この世界に来て初めて1人になった。
「んん~~~~~っ」
思いっきり、背伸び。違う世界に飛ばされるなんて災難だったけど、ヒロキも他のみんなも優しそうだし(マナミさんがちょっと曲者だけど)、ひとまずは上手くやっていけそう。あとは、仕事に就かなきゃいけないって言うのと、元の世界に帰れるかどうかが心配。
目が覚めたら、いつもの自分の部屋だったりしないかなあ。だってここ、まるで夢みたいな空間だし。
障子や掘りごたつがある木造住宅の中にある、欧風の高級家具に囲まれるなか、やはり高級そうなベッドに横になり、―――フワッフワ! まじヤバい!―――これまで感じたことのないフワフワ感を噛みしめながら、私は眠りについた。
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目を開けると、そこはいつもの自分の部屋ではなかった。高級欧風家具だらけの部屋だった。やっぱり、私は違う世界にやって来てしまったみたい。このステキな部屋は、数少ない救いね。私の背よりも高い、中で銀色の天使がぐるぐる回る大きな時計が指し示すのは、8時過ぎ。リビングに行ってみよう。
「おはようございます」
「あいよ」
「おはようございます」
「あらぁ~。おはよう、スミレちゃん」
「・・・・・・」
マナミさん以外は全員そろっていた。1人無言だったのは、(多分)お味噌汁が入ったお椀を口に当てているゲンさん。軽く首を縦に振って応えてくれた。シゲさんはもう朝食が済んでいるのか、テーブルから離れた位置で膝ぐらいの高さの椅子に座ってテレビを見ている。今日は5月15日水曜日、晴れ。
「はいよ。スミレちゃんの分。昨日の残りで悪いけどね」
「いえ。美味しかったので嬉しいです。ありがとうございます」
今朝の献立は、白ご飯、お吸い物(味噌汁じゃなかった)、肉じゃが。
「意外と早かったですね。マナミはご覧の通り、朝は弱いので」
今日のヒロキとの初会話。
「目覚ましがなくてもそれなりの時間に起きちゃうんだよね。一応は、社会人だったから」
「そうでしたか。それは失礼しました。お若く見えたものでして・・・。マナミは、大学に入ってからはずっとこの調子ですよ」
マナミさん、大学生だったんだ。高校生ぐらいだと思ってた。てか、こっちの世界にも大学とかあるんだ。
「・・・って、こっちでも仕事しなきゃいけないんだっけ」
「そうですね。その前に、お洋服とスマートフォン、あとは生活に必要な物を買い揃えていただくことになりますが」
「それはいいんだけど、まだ私、お金が・・・」
「実は、アドバイザーになることが決まると軍資金として10万円振り込まれるんですよ。これを迷い人に渡さないと法律違反になってしまいますから、途中で銀行によって引き出しますね」
「あ、10万円? やったあ」
10万円あれば、とりあえずは何とかなりそう。
「それから、スマートフォンの通信料は国からの補助金が出るので無償です。機種代については負担していただくことになりますが」
え、通信料タダ? ラッキー。機種代の方は・・・分割払いできるよね。サイコロが出なければ。
朝食後は、シゲさんに元の世界での生活について聞かれたりしながら過ごした。本当にお祖母ちゃんができたみたいで嬉しい。そして、マナミさんが起きて来ないまま、10時が近づいた。
「ではスミレさん、そろそろ行きましょうか」
「あ、うん。 ・・・おばあちゃん、行って来るね」
「行ってらっしゃい。早く帰って来てねぇ~」
「うん!」
シゲさんに手を振りながら、リビングを後にする。ご両親は文具屋さんの方に回ったから1人になるけど、大丈夫かな。
「お父さん、お母さん、行ってきます。お祖母さんのこと、よろしく」
「あいよ。行ってらっしゃい」
「ヒロキ、しっかりとスミレちゃんをエスコートするんだぞ」
「あ、うん。もちろん」
“エスコート”って・・・久々に聞いた。
ご両親と挨拶を済ませて、外へ。昨日と同じ服でお風呂にも入ってない状態で申し訳ないけど、その服を手に入れるためだから、仕方ない。一応、髪は洗面台で整えておいた。化粧は寝る前に落としちゃったからスッピン。というか面倒だからこっちの世界ではやんなくていいかな・・・。
「あっちの方です」
ヒロキが左の方を指差し、歩き出す。特にこれと言った会話もなく、街を眺めながら歩いた。本当に、変わった街。昨日はレンガ造りばかり目に入ったけど、よく見ると鉄筋コンクリートや木造もチラホラある。レンガの家に住む人は富裕層なのかな。
軒先で優雅にブランチしてる人、実がなってる木を手入れしてる人、ランニングしてる人、色々いるけど、みんな、なんだか楽しそう。どことなく辛気がただよう日本より、いいかも。
「あっ、えっ、ピエロ?」
ふと見た公園にいたのは、ジャグリングしているピエロ。近所の子供たちやママさんが拍手したり声を出したりしている。
「あれは、大道芸人ですね。ああやって公共の場で曲芸をして、生活費を稼いでるんですよ」
「へえぇ~」
そんなのもいるんだ。
そのあと5分ほどして、
「銀行です。お金を下ろしてくるので少し待っていてください」
「うん。待ってるね」
2~3分でヒロキが出て来た。
「はい。こちらはスミレさんに支給されるお金です。ではまず、ショッピングモールの方に行きましょう」
10万円を受け取り、出発。通貨は、元の世界で実在するものが全て使えるらしい。ちなみに今更だけど、言語も困らないようになってるらしい。
で、着いた。
「ほぁぁあ~・・・」
変な声を出してしまった。
「通称、シチズンキャッスルです。見た目に反して、中は普通のショッピングモールですので」
見た目は、完全にお城。異国のお姫様でも住んでいるかのような。
「婦人服売り場には行きづらいので、僕は適当に時間を潰しておきますね」
「あ、うん。多分1時間もあれば終わるから」
「では、1時間後に東玄関で」
1時間後、私は両手に紙袋をいくつも持って東玄関に行くことになった。日用品も取り揃えた結果だ。ヒロキは、既に来ていた。
「おや、随分と買いましたね。持ちましょうか」
「あ、うん。おねが…」
ここで、景色がモノクロに。 ・・・。はぁ・・・。
<1:全部ヒロキが持ってくれる>
<2~5:半分ヒロキが持ってくれる>
<6:全部ロッポウさんが運ぶ>
「プッ。・・・クク・・・すみま、せん・・・」
「笑わないでよ! “ロッポウさん”って、何なのよぉ・・・!」
もの凄く、悪意を感じる。
「もう」
両手で持つサイコロを、そのまま軽く前に投げた。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
最終的に上を向いたのは、6。
「なんでぇ!?」
「えっと・・・その・・・、頑張って、ください」
ヒロキが、気まずそうに顔を逸らした。
「私の何がいけなかったのよ~」
「・・・運の悪さ、でしょうか」
「んー?」
思わず睨んでしまった。
「い、いえ、何でもないです」
「とにかく、一旦帰りましょ。荷物も多いし、お風呂にも入りたいし」
「そうですね。そうしましょう」
仕方なく自分で買った荷物を全部自分で運び、帰宅。
「ただいま」
文具店。お客さんはいない。
「お、おかえ・・・なんだいヒロキ、女の子にそんな荷物を持たせて」
「男としての、器が知れるな」
「いや、これは…」
「あ、いえ、ヒロキは悪くなくって! その、サイコロで決まっちゃったんです」
ヒロキが弁解しても効果があるか分からなかったから、それを遮って私がフォローを入れた。
「ああ~、そうかい。それは気の毒だったね」
「何でもかんでもサイコロで決まるのも、悩みものだな」
むしろ何1つサイコロで決まらないで欲しい。
「お風呂、使ってもいいですか? スミレさん、昨日から入ってないみたいで」
「ああ、いいよ。ヒロキ、あんたが沸かしな」
「はい。 ではスミレさん、荷物を整理しながら待っててください」
「うん、ありがと」
とりあえず荷物を半分ほど床に置かせてもらって2階へ。上がりきると、私の部屋の隣の扉が開き、マナミさんが出て来た。
「あ、ロッポウさん」
「えと・・・こんにちは」
今、“ロッポウさん”と言われると、どことなく惨めな気持ちになる。
「あたし急いでるから、またね!」
マナミさんはそのままバタバタと階段を下りて行った。騒がしい人だなあ。
部屋に入り、ひとまず買ったものを全部紙袋から取り出し、ベッドや床に並べる。前に住んでたフランス人が置いて行ったと思われるクローゼットに、手を掛ける。
ここで、景色がモノクロに。え、今度は何・・・?
<偶数:中は空っぽ>
<奇数:中にはたくさんの洋服が>
いや、ちょっ・・・。今まで確認してなかった私も悪いんだけど・・・。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、4。さっきの買い物に意味があったことに安心しつつも、これだけの家具をそろえた人の洋服が見れなくて、ちょっと残念。
そう言えば、前に住んでた人って、女の人なのかな。この部屋には高級家具が並んでるけど、このデザインなら男も女も有り得る。うーん。気になるけど・・・聞かないでいいや。どっちにしたって、もう居ない人。
ちょうど荷物の整理が終わったところで、ドアがノックされた。
「はーい」
ガチャリ。今更だけどこの家、2階のドアは引き戸じゃない。
「お風呂、大丈夫ですよ」
「ありがと。ちょうど片づけ終わったからすぐ入るね」
お風呂は、タイル張りの床にステンレスの湯船。せっかくなら、五右衛門風呂に入ってみたかったな。
15分ほどで済ませて上がると、ヒロキが料理をしていた。そっか、もうお昼か。
「なに作ってるの?」
「チャーハンです。手短に済ませようと思いまして。午後は、忙しいですよ」
「え? なんで?」
「迷い人は、ここに訪れてから24時間以内に仕事を始めないと、恐ろしい罰が下るそうです」
「え、何それ!? 聞いてない!」
「言ってませんでしたからね」
「そういうのは早く言ってよ! もう。 ・・・スマホ、今日はもういいから仕事に行かせてよ」
「ああ、うーん・・・そうですね。そうしましょう」
ここで、景色がモノクロになった。
ポン、ポンポポポポ。
2mほど離れた位置に、サイコロが現れる。
「何となく察しがついているかと思いますが、説明いたします。これは、この時を向かえないと言ってはならない決まりですので、お許しください。
お仕事は毎日、サイコロを振ることによって決まります。1日限りのアルバイトを、バイト先もコロコロ変えながら続けるようなものだと思ってください」
「なる、ほど・・・」
サイコロのそばまで行き、しゃがみ、相変わらず肩幅はあるサイコロを両手で拾い上げた。
<1・2:ファミレスのウェイトレス>
<3:事務職>
<4:とび職>
<5:カジノのディーラー>
<6:カジノのギャンブラー>
「えっ?」
「これが、今日のラインナップのようですね」
カジノがどうとかも驚いたけど、とび職って、あの?
「ちなみに、この世界で死んじゃうと私はどうなるの?」
「・・・そのまま、元の世界でも亡くなってしまうと、聞いてます」
だよね・・・。4が出たら、私、死ぬかも。
「お願い、4、出ないで! ギャンブルでも何でもやるから!」
祈りを込めて、サイコロを投げた。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、2。
「ほっ」
大きく、息をついた。
「良かったですね」
「ホントよ、もう。今のが一番心臓に悪かったわ」
サイコロが消えて景色もカラーに戻り、突然ポンと紙が出て来た。地図だ。“ファミリーレストラン ミレイユ”、お店の名前かな。
「では、そこに向かいましょう。お店の方々もこの時点で、あなたが来るのを知っています」
それは助かるけど、どういうシステムになってるんだろう。さっき買ったばかりのカバンを手に、早速出発した。
「ところで、仕事しなかったら恐ろしい罰が下るって、何なの?」
「分かりません、前例がありませんので。とにかく我々アドバイザーは、24時間以内に何らかの仕事をさせるよう厳しく言われています」
「最悪、元の世界に帰れなくなるとか・・・?」
「それも、あるかも知れませんね」
だけど私には関係ない。これからウェイトレスをやるんだから。
カランカラン。
扉を開けると、店内はお客さんで賑わっていた。お昼どきだもんね。
「いらっしゃいませー! お2人さまですか?」
「あ、いえ、その、今日は、バイトに・・・」
「あ、もしかして迷い人の方ですか? お待ちしてましたー、ちょうど忙しくなったトコなんですよー。ささ、こっちです」
手招きされ、裏方へ。
「あなたはアドバイザーの方ですか?」
「はい。彼女、昨日来たばかりなので、ここまで案内させていただきました。後はそちらにお任せしますので、私はこれで」
あ、ヒロキ、帰っちゃうんだ。
「はいー。ありがとうございましたー」
「ではスミレさん、また後ほど。お仕事頑張ってください」
「あ、うん」
ヒロキが出て行くと、制服を渡されたので着替えた。そこそこ可愛くて、なおかつ40代ぐらいでも無理なく着られるようなデザイン。
「スミレちゃん、ですね。私はアヤカです」
「六方、菫です。よろしくお願いします」
見るからに外国人のスタッフもいるみたいだけど、私に合わせて日系の人にしてくれたのかな。
「早速お願いしたいんですけど、いきなり注文取るのは難しいでしょうから、まずは運ぶほ…」
景色が、モノクロになった。私とアヤカさんを残して。
「あちゃー。来ちゃいましたねー」
説明しなくても、分かるみたい。サイコロを拾い上げると、
<偶数:オーダーをとろう!>
<奇数:料理を運ぼう!>
「結構フランクなんですねえ」
「時々、ですけど」
そしてその“時々”が、結構イラッとくる。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、1。ホッとした。
「あ、良かったですぅ。では早速行きましょう。つい先ほどコーヒーだけを頼まれた方がいるそうなので」
で、お盆に乗ったコーヒーを運ぶと、
「あ、頑張ってますね。その恰好も似合ってますよ、スミレさん」
「ヒロキ・・・」
帰った訳じゃ、なかったのね・・・。
「こちら、ホットコーヒーになります。どうぞ」
あえて、そっけなく机の上に置いた。
「なるほど、さすが社会人の方ですね。プロ意識というやつですか」
いちいち分析しないで。
「お客さま、大変混み合っておりますので、あまり長時間の滞在はご遠慮ください」
ニッコリと営業スマイルを作ってそう言うと、
「うーんと、それじゃあ・・・」
ここで、また景色がモノクロに。今度は私とヒロキ、あと何故かアヤカさんも残して。
<ヒロキが注文するのは、>
<1・2:ホットケーキサンド>
<3・4:特盛チャーハン>
<5・6:スミレの愛情オムライス>
ちょっとぉ!! 5と6なんなのぉ!? ここファミレスだよね!?
「あはは、これはこれは、また凄いのが出て来ましたね」
さっきチャーハン食べたし、コーヒーしか頼んでなかったから、ヒロキもお腹いっぱいのはず。
「絶対特盛チャーハン当ててやる・・・!」
「私はスミレちゃんの愛情オムライスが見たいですね~」
アヤカさん!!
心の中だけで抗議をして、サイコロを投げた。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、1。
「はぁ~~、つまんないの~~」
アヤカさん・・・。
景色が元に戻る。
「では、ホットケーキサンドでよろしいですね」
顔を引きつらせながら、オーダーを記入。それからは運ぶ係に専念させてもらうことができ(もちろんヒロキのホットケーキサンドも運んだ)、忙しいながらもランチタイムを無事に突破した。
ヒロキもホットケーキサンドを食べた後はすぐに出て行ってしまっているので、店内には私とアヤカさんを始めとしたスタッフの皆さん、後はカフェ感覚利用の客が数人いる程度で、慌ただしくなることもなく穏やかな時を過ごした。
「スミレさん」
店長からお呼びがかかる。
「今日はお疲れさまでした。こちら、給料です。またサイコロで決まったら、よろしくね」
「あ、はい・・・えと、ディナー営業は・・・?」
「今日は、3時間だけの契約になっているので」
「はあ」
そんな契約が裏であったんだ。
「ありがとうございます。お世話になりました」
「スミレちゃんの愛情オムライス、見たかったなー」
まだ言ってるし・・・。
5と6が出なくて本当に良かったと思いながら、お店を後にした。早速封筒を開けると、中には4,500円。時給1,500円なら、結構いい方じゃん。
次回:次のお仕事は