第2話:新住居
私は、六方菫。元東京暮らしの会社員、現なぞの世界暮らしのニート。私が今いるのは、意志決定のタイミングでサイコロが出て来たらその目に従わなけれなならない、ダイスワールドと呼ばれる世界。
今となりを歩いているヒロキと出会い、50%の確率を乗り越えてアドバイザーとして付いてもらうことになった。で、変わった雰囲気の街を歩いてる訳だけど、
「ところで、どこに向かってるの?」
「ひとまず、僕の家に案内します。久々にアドバイザーになったので、家族に紹介したいと思います」
あ、居候させてもらえるのかな。
「そっか。家族って誰がいるの?」
「両親に祖母、それから妹です」
あ、お祖母ちゃんもいるんだ。
「ふ~~ん。どんな人かは、会ってみてのお楽しみかな」
「そうですね」
一旦会話が止まる。それにしても、不思議な雰囲気の街。西洋のイメージかな。レンガ造りの建物が多くて、なんか、外国に来た気分。外国どころか、さっきまでいた世界とは別の世界という話だけど。
人は・・・一言で言うと、多民族。ヒロキは、日本人と変わらない顔立ち。道行く人は、アジア系、アフリカ系、ラテン系、とにかく色んな人がいる。
「迷い人って言うのは、せか・・・私がいた世界で、世界中の誰かなの? それとも日本だけ?」
“日本”は、通じるかしら。
「日本だけでなく、他の国の人もやって迷い込んで来ますよ」
通じた。“迷い込んで”って・・・。“迷い人”だもんね、私。
「スミレさんの前、61番目の迷い人はオランダの方でした。昨日元の世界に戻られた方は、トルコの方だったと聞いています」
「へ~。でもよく知ってるわね。アドバイザーの資格があると情報が入ってくるの?」
「入ってくる情報は、迷い人がやって来たという事実だけです。王族がそういった能力を持っていて、アドバイザーの資格を得た者は分けてもらえるんです」
へえ、そうなんだ。じゃあやっぱり、王族が何か知ってるのかな? どうすれば会えるのかは分からないけど。
「前回のオランダの方は、今日のスミレさんのように戸惑っている姿を見かけたので声を掛けました。1/2の確率が外れてアドバイザーにはなれませんでしたが」
あ、そうだったんだ。トルコ人の方は、人づてにでも聞いたんでしょ。それよりも気になるのは、
「そもそもアドバイザーの資格って何なの?」
「スミレさんの世界に照らし合わせて言いますと・・・国家資格、のようなものですかね」
「建築士とか、測量士的な?」
「はい、そんなところです。試験があって、合格すると資格が得られます。給料が入る訳ではなく、ボランティアですが」
資格持ってるだけじゃお金はもらえないよね。
「じゃあ生活費はどうしてるの?」
「僕の場合は、うちが文具屋をやっているので、それで」
どうせならお菓子屋さんとかが良かったなぁ。
「他の人たちも、何らかの職に就いてると思いますよ」
「そっかぁ、大変なんだね」
「ええ。でも、別の世界から来た人と交流するのも、楽しいので」
「こっちは強引に連れて来られて楽しむどころじゃないんだけどね」
「そ、それは・・・すみません」
「あっはは。いいよ、気にしてないから」
「え、じゃあ元の世界に帰れなくてもいいんですか?」
「え? いや、違くて、“気にしてない”っていうのは、うーん、何だろ、上手く説明できないんだけど、ヒロキが謝ることじゃないってこと」
「そうですか。少しだけ、ホッとしました」
ヒロキ、結構、言葉をそのまま受け取るタイプね。
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「あ、ヒロキお帰り。 わっ、女の子。誰だい?」
ヒロキの家に到着。オシャレな家に住めると期待していたのに、まさかの木造でちょっとガッカリ。文具が所狭しと並ぶ店内の奥、カウンターにお母さんがいた。失礼な言い方をすると、どこにでもいるようなオバチャン。お店はもう本日の営業終了みたいな感じだけど、そのカウンターがお気に入りなのかな。
「迷い人。今度は、アドバイザーになれたよ」
「へー、そうかい」
「スミレさん。こちら、母のミズエです」
ヒロキが、ミズエさんの方に手を向けて私を紹介してくれた。
「六方、菫です。よろしくお願いします」
「ミズエだよ。 ヒロキ、こんな奴だけどよろしくね」
「あ、はぁ・・・」
ちょっとつかめない部分があるけど、悪い人ではなさそうだし。でもお母さんから見たら“こんな奴”なのかもね。
「ウチに居候すんのかい?」
ミズエさんが“別にいいけど”と言った口調で聞いてきた。そのつもりだけど、と思った瞬間に景色がモノクロに。えっと・・・うそーーー!
「これは、嫌な予感がしますね・・・」
ヒロキも、私と大体同じことを考えてるみたい。
ポン、ポンポポポポ。
サイコロ登場。重い足取りでそばまで行き、拾い上げる。
<1・2:タダで住める>
<3・4:家賃3万で住める>
<5・6:ここには住めない>
いや・・・ちょっ・・・ 3と4!
「おやおや、サイコロで決まっちまうみたいだね」
「え?」
何故か、ミズエさんもカラーで見えて、しかも動けるみたいだ。当事者だからかな。
「一応、余計な軋轢を生まないために、当事者も選択肢とサイコロの結果が見えるようになってます」
助かった。もし5か6が出たら丁重にお断りしなければならないところだった。てか、3・4も地味にキツい。私もこの世界で働けと?
「心配しなくても、1か2が出ても働いてもらうことになりますよ」
「えっ」
そうなのね・・・。家賃を払うことよりも働かなきゃいけないことの方が心配なんだけど・・・。
「では、どうぞ」
コク、と首を縦に振って応えた。そして、
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、2。
ホッと胸を撫で下ろした。
「良かったですね」
「ハァ・・・緊張したぁ~」
「アタシとしては、3か4でも良かったんだけどねえ」
「お母さん・・・」
「はははっ、冗談だよ冗談。んじゃスミレちゃん、よろしくね」
「あ、はい。お世話になります」
両手を前で組んで、おじぎをした。
「部屋は・・・あの部屋かい? 1年ぶりぐらいだねえ」
1年前にも迷い人が来たんだ。つまり、ヒロキは迷い人を元の世界に帰した実績アリ。
「うん、そのつもり。 スミレさん、こちらです」
ヒロキに連れられ、文具店のカウンターの横を通り過ぎて家の中へ。私の部屋は2階らしい。雑多な文具屋店内とは異なり、居住スペースは割と綺麗だ。階段で天井を見上げると角の方にクモの巣があったけど。でも学生時代の合宿で行った民宿のカメムシよりはマシ。
「1年前にも、アドバイザーやったんだ」
「はい。正確には1年半前で、お別れしたのが1年前ですが」
「え!?」
「あ、ご安心ください。何年かかったとしても、元の世界では同じ日の3時間後に戻されると決まっていますので」
「あ、そうなんだ。それは良かっ・・・いやでも体感的には何年もここで過ごすんでしょ!?」
「出られなければ・・・そうなりますね」
目を逸らされた。
「そうならないように、してくれるのよね・・・?」
「善処は、・・・します」
顔ごと逸らされた。
「ちょっと・・・!」
「スミレさんにも、頑張っていただかないと・・・」
「それは、そうかも知れないけど・・・」
階段を上りきり、少し進んで右のドア。
「こちらが、スミレさんにお使いいただくお部屋です」
「おおぉ~っ」
思わず、軽く小刻みに拍手してしまった。
「1年前まで住んでいた方がフランスの富裕層で、こちらでもカジノで大儲けされまして・・・ご覧の通りです」
なんか、高級そうな洋風の家具やオブジェが並んでいる。特にあの置物、ガラスのメリーゴーランド! 凄い! 床はカーペット、壁も天井も壁紙(天井紙?)が貼ってあって、この家の要素が全くない部屋になってる。この家自体はちょっと残念だったけど、こんな部屋で毎日眠れるなんて、ステキ!
私の部屋、ここで決定よね? サイコロ出るなサイコロ出るなサイコロ出るな。
「ところで、お着替えは・・・ないですよね」
あ。
「そう言えば、当然だけど、ないわね」
今気付いたけど、カバンも無くなってる。私のサイフは!? スマホは!?
「ご安心ください。元々所持されていた物は元の世界に帰った際に一緒に戻ってきます」
それは安心できたけど、
「洋服買えるとこって、まだ開いてるの? そもそも今何時なんだっけ・・・」
「今は、午後7時9分ですね。残念ながら、呉服店の類はもう閉まっています」
「そんな~」
私はわざとらしくガクリと首を落とした。7時に閉まるなんて早くない?
「妹に頼んでみましょうか。けっこう服たくさん持ってるようなので」
「え、あ、うーん。じゃあ、頼むだけ頼んでもらおうかな」
「分かりました」
ヒロキはスマホを取り出し、・・・あ、この世界もスマホなんだ。
「あ、返信が来ましたね」
早っ。
と、ここで景色がモノクロになった。・・・ということは・・・。
「ちなみにまだ、僕はメールを開いてません」
「サイコロの結果で、変わるのね・・・」
<1・2:普通に貸してもらえる>
<3・4:貸してもらえない>
<5・6:今日は特別に近所のお店が開いてるよ!>
「っ・・・」
5と6、助かるけど、なんかムカつく。
「さあ、どうぞ」
私はサイコロを両手で抱えているサイコロを、そっと前方に投げ落とした。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、4。くっ・・・。
「えーっと・・・、<え、やだ、得体の知れない人に貸したくない>、だそうです。すみませんが・・・」
「・・・今日は、我慢するわ」
“得体の知れない”とまで言われるとは・・・。でも別世界から来た人間だなんて言われたら、無理もないか。仕方ない、この服のまま過ごそう。お風呂にも入れないじゃん・・・。
「ところで、仕事? やんなきゃいけないってさっき言ってたけど」
「あ、はい。迷い人の皆さんには、基本的に働いていただくことになります。明日はまず、お洋服とスマートフォンの購入からですが」
あ、スマホも与えられるんだ。でもそれって・・・。
「もちろん、お代はスミレさんの方で払っていただくことになります」
やっぱり・・・。
「仕事は、どうやって探すの? 斡旋してくれる所があるの?」
「それについては、・・・そのうち分かりますよ」
「はあ」
気のせいか、嫌な予感がする。
「ヒロキー、スミレちゃーん! ご飯だぞー!」
遠くから、私たちを呼ぶ男の人の声。お父さんかな。
「今いくー!」
ヒロキが返事をした。
「さ、スミレさん。行きましょう」
「うん」
オシャレな部屋を出て、階段を目指し始めたところで、景色がモノクロに。今日の晩ご飯が、サイコロで決まる訳ね。
現れたサイコロを拾い上げると、
<偶数:肉じゃが>
<奇数:カレー>
おぉ、その2択ですか。今は、サッパリしたのがいいから肉じゃがの気分かなあ。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、4。よし、肉じゃが。胸の前で、両手で小さくガッツポーズ。
「良かったですね」
その姿を見てたのか、ヒロキがそんなコメント。
「うん。肉じゃがの気分だったんだよね」
そして、ヒロキに連れられリビングに到着。ご両親と、お祖母さまもいらっしゃる。妹さんはいない。
「あらぁ~。ずいぶん可愛い子が来たねぇ」
と、可愛らしい声のお祖母さま。
「ヒロキには、もったいないな」
と、お父さま。その手には鍋を持っており、卓上のガスコンロにドン、と置いた。肉じゃがで、こんな食べ方するのは初めて。あ、そうだ。自己紹介しないと。
「えと、迷い人としてやって来た、六方、菫です。お気軽にスミレって呼んでください」
“迷い人としてやって来た”って、自分で言ってて悲しくなる。
「あらぁ~。お名前も可愛いわねぇ。あたしは祖母のシゲだよ、よろしくねぇ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ほらほら、そこに座りんしゃい」
シゲお祖母ちゃん、いちいち可愛い。私は既に2人の祖母が他界しているから、家にお祖母ちゃんがいるのは、嬉しい。
「では、失礼します」
掘りごたつ! 居酒屋でしか見たことない。
「父のゲンだ。よろしく、スミレちゃん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お父さまに対しても、ペコリと頭を下げた。爽やか系男子のヒロキとは違って、厳格そうなお方。
「ところで、マナミはまだか」
マナミさんは、妹さんかな。と思った瞬間、
「たっだいまー!」
そんな陽気な声が聞こえてきた。ここでまさかの、モノクロ化。
ポン、ポンポポポポ。
2mほど離れた位置に、サイコロ。立ち上がって拾いに行けと・・・。仕方なく立ち上がり、両手でサイコロを拾い上げると、
<マナミの第一声は、>
<1・2:へぇ~、ヒロキってこういうのがタイプなんだ>
<3・4:へぇ~、ヒロキに言い寄ってくる人もいるんだ>
<5・6:へぇ~、ま、いいんじゃない?>
と出て来た。人の発言まで、サイコロで決まるのね・・・。しかも、その内容。
「あ、あはは・・・」
当のヒロキも、苦笑い。私としても反応に困る。とにかくさっさと転がそう。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、2。景色が戻ったと思ったら、スシャッと障子の扉が開いた。これまた、元気そうな女の子。マナミさんは、そのままズテズテと私の近くまで歩いて来て、顔を覗き込んできた。
「え、えっと・・・」
あまりにまじまじと見られ、顔を逸らすと、
「へぇ~、ヒロキってこういうのがタイプなんだ」
予想された言葉を、そのまま言い放った。本当に第一声が、それなんだ。“あ、ホントに迷い人だ”とか何とかもなく、いきなりそれ。
「・・・六方、菫です。よろし…」
「ロッポウ!? 六方って・・・、六方って・・・! プックク・・・。こっちの世界に来るために生まれてきたみたいじゃん」
私の挨拶の言葉を遮って言うことが、それですか・・・。そのために生まれてきた訳じゃないと、信じたい。
「ヒロキの妹のマナミです。よろしくね、ロッポウさん♪」
「う・・・。 えっと、お気軽にスミレと呼んでもらってもいいですよ。皆さんそうしてますし」
「そうなんだ。・・・でも、ロッポウの方が面白いから、ロッポウで」
「あ・・・はは、は・・・」
なんというか、自由気ままな妹さんだこと。
「じゃ、全員そろったことだし、食べるとするかね」
と、ミズエさん。マナミさんもすぐに席についた。全員で手を合わせ、
「「「「「「いただきま~す」」」」」」
白ご飯と、お味噌汁と、大きな鍋に入った肉じゃがと、それ用の取り皿。
「ほれほれヒロキ、スミレちゃんに取ってやりなさいな」
「あ、いや、お気遣いなく」
「では、失礼します」
ヒロキが、私の前に置いてある取り皿を手に取った。「では」は、ミズエさんの台詞に対して言ったみたいだ。
おたまで程よい量をよそい、私の方に差し出してきた。
「あ、ありがとう」
「いえいえ、これくらいは当然ですよ」
「んじゃ、アタシらもいただくとするかね」
で、皆さん鍋に向かってジカバシでつつき合い始めた。私も、お替りからはそうなった。
そのまま、肉じゃがを囲んで一家団欒の時を過ごした。
次回:お買い物と初仕事