第17話:通じ合う想い
【スミレ】
これから最後の試練が始まるというところで、私の前に現れたのは、これまで、何度も、何度も、振っては、その結果に振り回されてきた、
「サイコロ・・・、ちゃん・・・?」
この1週間、共に楽しく過ごした、サイコロちゃん。光が消え、完全にその姿を現した。
【スミレ、ありがとう】
また、声が聞こえた。
「この声・・・。あなた、なの・・・?」
私はゆっくりと両手を伸ばし、サイコロを抱き寄せた。
「あなた、なのね・・・」
嬉しくて、強く抱きしめてしまった。
【スミレ、苦しいよ】
「あっ。ごめんね。大丈夫?」
そっと、緩めてあげた。
【うん。大丈夫。やっぱりスミレは、優しいんだね】
「私が、優しい・・・?」
何のことだろうと思って、首をかしげた。見えるのは、赤い丸が1つ、“1”の目。
【スミレは、いつもいつも、ボクのこと、優しく投げてくれたから】
優しく、投げる。とは。
【迷い人はみんな、ボクのことを嫌うんだ。“いつも、お前にはさんざんな目に遭わされる”って】
それは私も、最初の頃は思っていた。
「それで、あなたのこと、乱暴に扱う人がいるのね・・・」
【うん。・・・放り投げたり、壁にぶつけたり、地面に叩きつけたり、・・・海に向かって、投げられたり・・・】
サイコロの声が、涙声になってきた。
【ぐるしがった・・・つらがった・・・。出だ目で起ごるこどは、ボクにだっで、ぎめられないのに・・・・・・】
「そう、だったのね・・・」
今度はそっと、苦しくならないように、強く抱きしめた。私は、もしあなたが、ただ一緒に遊びたかっただけだとしても、許してあげられるのに。
「大変、だったね・・・。人間って、バカだから。ごめんね。痛かったよね」
私は一旦右手を離し、左手と右腕でサイコロを抱え、そっと、右上のふちを撫でた。
「よし、よし」
もう一度。
「よし、よし。・・・いい子だったね。ずっと、我慢できたんだね」
【う゛ん゛・・・。スミレだげは・・・、優しがっだがら・・・・・・】
それは、私が意識していたこと、乱暴は振るわないことだ。どんな目に遭っても、私は、
【スミレはいづも、両手で、そっど、優しく、投げてぐれだよね・・・】
今度は何も言わずに、そっとまた、右上のふちを撫でた。
【スミレは・・・、ボクのごど・・・・・・、ぎらいじゃ、ないの・・・・・・?】
私は目を閉じた。
「そんなわけ、ないじゃない」
【・・・・・・どう、して・・・・・・?】
“どうして”と言われても、私にとっては、
「私にとっては、嫌いになる方が、“どうして”よ」
【え・・・?】
「あたり前じゃない。あなたのおかげで、私は、素敵な体験ができたのよ」
思い返すのは、この1週間のできごと。
「まず、このダイスワールドに来れた。確かに最初は、こんな所すぐに帰りたいと思ったけど、すっとここで過ごしているうちに楽しくなってきちゃった。もちろんあなたのおかげよ」
【ボクの、おかげ・・・?】
「そう。ヒロキと出会えた。ヒロキの家族のみんなに出会えた。お仕事やカジノでも、色んな人に出会えた」
サイコロからの反応はない。続けよう。
「最初のお仕事は、レストランだったね。制服も可愛かったし、アヤカさんも優しくて、とっても楽しかった。強いて言うなら、オムライス、作ってみたかったな」
【スミレ・・・】
「その次は、カジノだったね。ブラックジャック、なんととなくはルール知ってたけど初めてだった。勝手が分からない私の代わりに、どうするか決めてくれてありがとね。
アサトさんに話し掛けることになったのはビックリしたけど、おかげで、美味しい料理が食べられて、可愛いリスさんとも出会えた。連れて帰れなかったのは残念だったけど、あなたがいなければ、そもそも連れて帰ろうなんて思ってなかったから」
【うん・・・】
「その次の日も、カジノだった。スロットでは、50回も触れ合えたね。苦行だなんて言っちゃって、ごめんね」
【ううん。優しく投げてもらったから、大丈夫】
「そお? ありがと。その帰り道、カラスちゃんと出会えたの。あなたのおかげで、お友だちになっちゃった。他の5羽には、悪いことしちゃったかな」
【ごめんね。1羽しか選べなくて】
「ううん、大丈夫。あなたがいなければ、カラスに“いい子いい子”なんて、することは無かったんだから」
【あの日、ボクにはしてもらえなくて、残念だったな】
「1、出なかったもんね。でもさっき、してあげたから許してね」
【うん! とっても、嬉しかった】
「良かった。 その次の日は、焼肉屋さんでお仕事だったね。100万ドルのスマイル、見つけてくれてありがとね」
【うん。スミレ、とっても可愛いから、絶対笑顔は素敵だと思ったんだ。本当に、素敵な笑顔だったよ】
「でしょ? なんてね。 その次が、スーパーマーケット。でもその前に、素敵な場所に連れて行ってもらえたんだ。お仕事の時間を遅くしてくれたおかげだよ。しかも、そのスーパー、その日が”バイオレットの日”だったの。凄いよね。全部、あなたのおかげだからね」
【あの日のスミレ、とってもキラキラしてた。役に立てて、嬉しいな】
「そして、1日駅長。とっても楽しかったんだから。あんな体験、普通に生きてるだけじゃ一生できなかった。本当に、ありがとね」
【スミレ、本当に楽しそうで、ボクも、嬉しかった。くす玉、割れなくてごめんね】
「いいのよ、そんなの。私の運が悪かったんだから。それに、あれはあれで面白かったよ」
【良かったあ。スミレに、大失敗させちゃうところだったから】
「うっふふふ♪ たとえそうなっても、あなたのことは嫌いにならないよ。乱暴に扱ったりしないよ」
【うん。・・・ありがとう、スミレ】
「私の方こそ、ありがとう」
話している間に緩んでいた力を、また少しだけ入れた。
「もし、元の世界に帰ることになったら、お別れだね」
【うん・・・。寂しいけど、スミレはそっちの世界で生きてきたんだから、しょうがないよ。大好きなスミレに、幸せになって欲しいから】
「私なら、もし元の世界に帰れなくても、幸せになれるんだよ。菫は、そういう生き物だから。・・・それに、まだ分からないの。帰らなきゃって思ってるはずのに、このままみんなとお別れしたくないっていう気持ちもあるの」
【ボクも、スミレとお別れはヤダな。・・・だけど、ちゃんとやるからね。インチキなんて、しないからね】
「したら、許さないからね」
【うん。分かってる。ボクはサイコロだから、どの目が出る確率も、1/6だよ】
「うん。それでこそ、あなた」
また、何かが光る感じがして目を開けると、私と、胸に抱えるサイコロが光っていた。いよいよ、始まる。最後の試練が。
「もし、どんな結果になったとしても」
自分の頬を、ひと筋の涙が伝う感覚がした。その頬を、サイコロの面にそっと当て、再び目を閉じた。
「あなたのことが、大好きよ」
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気が付くと、足を着けて立っていた。この両手には、サイコロを抱えたまま。これで今日、2回目の素敵なことが起こった。約束の2回は果たされたから、もう、ここから先はどうなるか分からない。
目を開いた。さっきと変わらない真っ白な空間で、私から前方に向かって、青い丸が一直線に並んでいた。その丸の1つ1つに、数字が書いてあるようだ。体をひねって足元を見ると、0。1つ前が1。そのまた前が、2。さらに、3、4、5と、ずっと前の方まで続いている。その間隔は、普通の歩幅よりやや広めで、無理なく1歩で1つ進めるほどの間隔。隣り合う青い丸の間は、拳1つ分ぐらいの隙間がある。
ゴールの数字は遠くて見えない。50以上はありそうだ。おそらくこの道を、サイコロを振って進むことになる。
スウッと、人陰が現れた。国王ダイス6世と、
「ヒロキ・・・」
目を見開いた。もう会えないかも知れないと思った。ヒロキは、黙ったまま首を縦に振った。これが私の運命を決める、最後の戦いになることは間違いない。
「六方、菫よ」
ダイス6世が口を開いた。
「心の準備はよいな」
「はい」
「君には、この数字が描かれた青い円の上を進んでもらう。無論、サイコロの目に従ってだ」
そのまま黙って、ダイス6世の説明を待った。
「36回サイコロを振る中で、ゴールまで進むことがクリア条件となる」
36回で、ゴールまで進む。これが元の世界に帰る条件。私が歩むべき歩数をまだ言わないのは、きっと・・・。
「クリアすれば君は晴れて、元の世界に帰還だ。その場合も、アドバイザーとだけは別れの時間が与えられる。もしできなければ、君は一生をダイスワールドで過ごすことになり、元の世界は、君が行方不明となっている状態で時が動き出す」
みんなに別れを告げずに帰るか、二度と返れないか。自分で決めろと言われたら、まだ決められない。
「君が目指すゴールの数字だが、126だ。クリアできる確率は、概ね52%。この数字がそのまま、君の迷いを意味する」
52%。
これまで61人中45人が元の世界に帰っていて、残りの16人の中にはまだここまで到達してない人もいるだろうから、かなり低い水準。きっと、私が迷ったから。まだみんなと別れたくないと、今でも思っているから。
「察しているだろうが、これは、元の世界への帰還を強く願っているほど、ゴールまでの数字が小さくなり、成功率が上がる。君が過去最低の成功率となったが、わずかでも元の世界に帰還する責任感が勝ったことは、褒めてやろう」
私に言わせれば、この状況になってしまったことが既に、褒められたことではない。
「参考までに伝えておくが、サイコロの平均値、3.5を出し続ければ36回で126となる。もし途中で、残り全てが6でも126に届かないことが確定した場合、その時点で終了となる」
「分かりました」
私は目を閉じ、
「フーーーーーーッ」
と大きく息を吐いた。
「説明は以上だ。何か聞きたいことはあるか」
「いいえ、ありません。大丈夫です」
「そうか。では、武運を祈る」
そして、ダイス6世は、その場からスウッと消えた。
「スミレさん・・・」
「・・・ヒロキ」
ヒロキが3歩、こちらに歩み寄った。
「すみません、こんなことになってしまって。今日の仕事の選択肢に国王の秘書があった時点で、気付いておくべきでした」
「ううん、ヒロキは悪くないわ。私が、ちゃんと準備してなかったのが悪いのだから。もしヒロキも責任を感じてるなら、私じゃなくて、マナミに謝っておいて」
「そう、ですね・・・」
「もしこのまま帰ることになっても、ヒロキとは、もう一度会えるのよね」
「はい。・・・アドバイザーとだけは、お別れの時間が与えられます」
「じゃあ、先に決めちゃうね」
「分かりました。僕の姿は見えなくなりますが、しっかり見ていますので」
「うん。最後まで見ててね」
「では、また後で」
そしてヒロキの姿も、この場から消えた。
残されたのは、私、サイコロ、そして、このサイコロと共に歩む道。
25年間、生まれ、育ち、暮らしてきた元の世界か、1週間を楽しく過ごしたダイスワールドか。私の帰る場所が、このサイコロで決まる。
私は目を閉じ、そっと、サイコロを抱く手に力を入れた。
「もし、元の世界に帰ることになったら、あなたとも、お別れね」
サイコロからの返事はない。きっともう、お話しすることはできない。上を向いている1の目に、そっと額を当てた。
「最後に、一緒に楽しく遊ぼうね」
次回:サイコロで決まるファンタジー




