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第15話:まだ巡る

 アサトさんと別れた後は、順調にお届け物を減らしていった。1つめの重箱の中身も、残り2つ。茶色と、オレンジの地区も終わって、ここからは黄色の地区だ。


 キィコキィコと自転車を漕いでいると、


「カァー」


 カラスの鳴き声が聞こえてきた。懐かしいわね。公園で“いい子いい子”してあげたあの子、いい子にしてるかな。


「カァー」


 あ、さっきより近くなった。と思ったら、バサバサッ、とすぐそばまで来た。カラスの見分けはつかないから、公園で会った子かどうかは分からない。

 ブレーキをかけて一旦停止。カラスもそれに合わせて羽をバサバサッと動かしてスピードを緩めた。所在なさそうだったので手の甲を上に向けて差し出すと、その手の上に止まった。そなままゆっくり、私の顔に近づける。あ、首をかしげた。クリックリの目が、可愛い。


「キミは、この前の子なのかな? いい子にしてた? もし違う子でも、いい子にしてなきゃダメよ」


「カァー、カァー」


 この子に“いい子いい子”をするのはやめておいた。前の子は、1/6の確率を勝ち取ったんだ。無条件では、あげられない。


 と、ここで、景色がモノクロになった。あら、結局くるのね。1/2になるかも知れないけど、サイコロが決めることなら、いいか。


 ポン、ポンポポポポ。


 サイコロ登場。だけど、手に取るためにはこの子を降ろさなくちゃいけない。よく見ると、カラスの瞳に潤いがないことに気付いた。もしかして、と思ってゆっくりと手を下げると、カラスは宙に浮いたまま止まっていた。考えてみれば、サイコロの結果を見せる必要も、あんまりないもんね。


 サイコロを拾い上げると、


<偶数:このカラスとお話しできる>

<奇数:できない>


「えっ」


 思わず、声が出てしまった。驚いた。この子と、お話しできるんだ。もしできるなら、してみたいな。偶数が出ますように。そう願いながら、サイコロをそっと前に投げた。


 ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。


 出た目は、6。やった。

 カラスの足元にそっと手を添えると、景色が元に戻った。カラスの瞳にも潤いが戻る。どうしよう、何を言おう。悩んでいると、


「こんにちは、スミレちゃん」


 カラスの方から、そう声を掛けてきた。えっと、えっと、


「こんにちは」


 とりあえず、挨拶を返した。


「ぼくのことは、覚えてる?」


 と言うことは、


「もしかして、公園で会った?」


「うん。覚えてて、くれたんだ」


「もちろんよ。キミも、私のこと、覚えててくれたんだ」


「それこそ、もちろんだよ。“いい子いい子”してもらえて、嬉しかったな」


 この光景、周りから見るとどう見えてるんだろう。でも、人の気配はなさそう。


「またスミレちゃんに会いたくて、毎日飛び回ってたんだ」


「そお? 嬉しいな。今日、やっと会えたね」


「ううん。実は毎日、スミレちゃんを見かけてたよ」


「え、そうなの? 近くまで来てくれれば良かったのに」


「スミレちゃんが楽しそうで、邪魔したくなかったから」


「そっか。じゃあ、ありがと」


「あの次の日は、焼肉屋さんにいたよね。窓の外から見えたよ。すっごい素敵な笑顔だったよ」


 100万ドルの、スマイルのことかな。


「その次の日は、遠くの丘に行ってたよね。菫の花と、菫の色。素敵な名前、羨ましいな。ぼくは、黒だから」


「そっか・・・。じゃあキミが、ずっといい子で過ごして、黒は悪くないんだぞって言わなきゃね」


「うん、頑張る。・・・その次の日は、駅でお仕事をしてたね。スミレちゃんはもう、みんなの人気者だね」


「あはは・・・そうかな・・・?」


 昨日のも、見ててくれたんだ。


「うん。ぼくも、スミレちゃんが大好きだよ」


「ほんと? ありがと、嬉しいな」


 そっと頭を撫でると、嬉しそうに目をつぶった。前の子と同じ子なんだから、いいよね。手を離すと、


「そろそろ行かなくちゃ。仲間たちが呼んでる」


「そっか。・・・お別れだね」


 この子とお話しするのは、もう二度と叶わないだろう。


「また私を見かけたら、近くまで来てね」


「うん。スミレちゃん、ありがとう。またね」


「またね。ずっといい子でいるんだよ」


「カァー、カァー」


 元に、戻っちゃった。手をそっと斜め上にかざすと、


「カァー」


 と鳴いて、飛び立っていった。またね。元気でね。いい子でいてね。


 素敵なことが、訪れちゃった。昨日の1日駅長で決まった、“明日みんなに素敵なことが訪れる”、サイコロで出た目、2回のうちの1回目。もう1回は、何かな。



 それも気になるけど、配達を再開だ。5分ほどで黄色地区に到着。1つ目の重箱の残り2つもすぐに終了。よし、あと半分。えっと時間は・・・10時半過ぎちゃってる。ちょい遅れぐらいだから、ちょい急ぎめで。


 2つ目の重箱の最初は、黄色地区の続き。トップバッターは黄色の1の10番。順調に進めていると、


「あ」


 2つ目の重箱の1段目、左の列の途中で宛名がレンタさんのものがあった。焼肉屋さんのレンタさんかな。なんか今日、さっきから色んな人に会ってるからそんな気がする。


 到着。誰もいないから分からないや。と思ったら玄関が開いた。


「あ、スミレさん」


 焼肉屋さんのレンタさんだった。


「あ、レンタさん。やっぱりレンタさんだったんですね。お届け物ですよ」


「あ、まじッスか。あざッス」


 直接、手渡した。


「今日は郵便配達なんスね。こっち来ないんスか?」


「私のバイト先はサイコロで決まっちゃうので」


「え、まじッスか、まじッスか!? ウケる」


 ウケないで。とび職とか大道芸もあるんだから。


「これからお店行くんですか?」


 土日は小遣い稼ぎのために12時間って言ってたけど、平日はどうなんだろう。


「あ、今日は違うッス。サークル仲間でバーベキューっす」


 結局焼肉なのね。サークルってことは大学生だったか。


「あ、そうだ。スミレさん。この間のスミレさんの超ド級キラースマイル見て俺も笑顔を武器にしようと思ったんスけど、どッスか?」


 そう言ってレンタさんは、ニッっと笑った。中々だけど、それに100万ドルは払えないかな。てか“超ド級キラースマイル”って・・・本当にどんな顔なのよ。まだ一度も自分で見たことがない。


「け…」


 “結構いい感じです”と言おうとしたら、景色がモノクロになった。


「お? 何なんスか? これ」


 レンタさんは初めて見るみたい。


 ポン、ポンポポポポ。


「おわっ、サイコロ!」


「迷い人だと、たまに突然出てくるんです。レンタさんも動けるということは、レンタさんも関係してくると思いますよ」


「え、まじッスか? 俺どうなるんスか?」


「サイコロの目で、決まるんです」


 そう言いながら拾い上げると、


<レンタさんはこのあとバーべキューで、>

<1:やけどする>

<2:彼女ができる>

<3:職務質問を受ける>

<4:霜降り和牛を食べれる>

<5:500円のクオカードを拾う>

<6:どら猫に財布を持って行かれる>


 うおっと・・・これは・・・、2、4、5が当たりみたいね。


「ちょっコレまじッスかぁ!?」


 どれに食いついてるんだろう。2かな。4かな。それとも6?


「今まで、サイコロの目が出たものは全部現実になってます」


「まじッスか、まじッスか!?」


 レンタさんはテンションを上げて驚き、


「2ぃ出ろ2ぃ出ろ2ぃ出ろ。お願いします、スミレさん、2を出してください! このとーりです!」


「う・・・」


 1、3、6に対するツッコミもせずに両手を顔の前で擦り合わせて祈る仕草。気持ちは分かるけど、妙なプレッシャーが・・・。


「じゃあ、行きますよ」


「お願いします!」


 レンタさんの祈りを受けて、私はサイコロを投げた。


 ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。


 出た目は、5。


「ご、ごめんなさい!」


「ああー・・・マジかぁ・・・」


 レンタさんは肩を落とし、やっぱダメかという表情。


「で、でも、500円のクオカードが入る訳だし」


 とフォローを入れると、


「500円より彼女ッスよぉ~」


 真っ当な反応が返って来た。そりゃ、そうよね・・・。レンタさんは「はぁ~」とため息をついてから顔を上げ、


「ま、でも楽しかったッス。夢みさせてくれてアザっしたッ」


 立ち直った、かな?


「んじゃ俺、もう行くんで。配達、頑張ってください」


「はい。ではまた」


 レンタさんと別れ、作業再開。ってまた時間くっちゃった。いま10時45分、ちょっと黄色信号。



 その後は何事もなく、2つ目の重箱の1段目が終わった。全体で見ると、2/3が終了。いま11時5分だから、持ち時間的にも2/3が経ったのね。なんとかイーブンに持ち込めた。でももうちょっと余裕が欲しいな。


 さあ次、黄緑の3の10番地!



 快適に、順調に進んでいたある時、お届け先の玄関前で井戸端会議をしている奥様2人がいた。って、片方ミズエさんだ。


「おや、スミレちゃんじゃないか」


「こんにちは」


 ミズエさんと、もう1人の奥様を見る。


「ミズエさん、この子の知り合い?」


「ああ。ウチに居候してる迷い人だよ。スミレって言うんだ。ちゃんと仕事してるみたいだね」


「あ、はい。一応」


 ミズエさんに仕事してる姿を見られるのは、焼肉店のバイト以来だ。


「どうせならウチの文具屋を手伝ってくれてもいいんだけどねえ」


「あは、は・・・」


 1回は、候補に出たんだけどハズレちゃった。


「ウチに郵便物?」


 と、もう1人の奥様。


「あ、はい。こちらをどうぞ」


「ありがとうね。お仕事、大変だろうけど頑張ってね」


「はい。 ではミズエさん、また後で」


「あいよ」


 2人と別れ、次のお届け先へ。

 郵便配達って、意外と楽しいかも。お届け先でも、道中でも色んな人に会える。でも元の世界でやっても近所に知り合い居ないかぁ・・・。お隣さんとも、たまたま一緒にドア開けた時に気まずい感じで挨拶するだけだし。なんでこっちだと、知り合いに会えるとこうも気分が上がるんだろう。分かんないや。



 2段目の、真ん中の列に突中。最初のお届け先は、黄緑の7の7番地。スーパーマーケット“レインボー”。おとといにお世話になった所だ。あの日は、六方が菫の花に囲まれる場所に連れて行ってもらったりと、素敵な日だったなぁ。黄緑地区だけど、7の7番地だから“レインボー”なのかな。


 スーパーマーケット“レインボー”に到着。


「あっ」


 入口のドアの両脇に花が飾られていた。オレンジ色の、キンレンカ。曜日に合わせた花を置くようにしてくれたんだ。今日火曜日は“オレンジの日”。昨日はバラだったのかな、明日はタンポポかな。


 店内に入ると、運よくセイコさんが目の前にいた。


「あらスミレちゃん、いらっしゃい。・・・あれ? 郵便屋さん?」


「はい。今日のお仕事です。これ、このお店の方に届いてます」


「あら、ありがとうね。渡しとくわね」


「ありがとうございます」


 郵便物を渡し、


「お花、置いてくれるようになったんですね」


「ええ。店長、“あとで考えとく”なんて言って、昨日の朝にはもう真っ赤なバラがあったんだから。全く」


「きっと、ノリノリでやるのが恥ずかしかったんですよ」


「きっとそうね」


「あっははは」

「うっふふふ」


 店長が近くにいるかも知れないのに、2人で笑い合っちゃった。


「すみません、次の配達があるので私はこれで」


「今度の日曜日にまたおいでね。菫の花を置くからね」


「はい、ぜひ!」


 スーパーマーケット“レインボー”を後にし、次の配達先へ。11時20分、立ち話もほどほどにしたはずなのに、結構時間が経っちゃってる。



 11時半、ついに最後の段に突入。本当に、ギリギリになりそう。12時まで終わらなきゃ何かある訳じゃないんだけど、なんか、こう、悔しい。それも、何度も立ち話しておいて間に合いませんでしたって言うのは、自分で納得できない。


 最後の段の最初のお届け先は、緑の1の1番地。


「あ」


 住所と一緒に、Central Dice-world Station と書いてあった。宛名は駅長のハルツグさん。昨日の今日だし、駅のポストがどこにあるかも分からないから駅員の誰かに声を掛けてみようかな。


 到着。トラブル回避のためにちゃんと駐輪場に止めた。タダだったし。ハルツグさん宛ての手紙だけを取り出し、鍵を掛けて駅へ。


「こんにちはー」


 ちょうど、手の空いてそうな人がいた。


「あ、スミレさん。昨日はお疲れさまでした。今日は郵便配達ですか?」


「はい。サイコロで決まりました」


「えっ。じゃあ昨日も・・・?」


「そう、ですね・・・1/6の確率で当たりました。本当に楽しかったので、大当たりです!」


「あ、そうだったんですね」


 駅員さんは、手を口に当てて驚いた。自分で言うのも難だけどかなり盛り上がったし、あれが1/6の確率でしたって言われたら、驚くのも無理ないかも。


「実は、昨日のイベントが大好評でして、毎年5月20日には臨時で特急すみれ号を走らせることにしたんです」


「へっ?」


 変な声が出てしまった。特急すみれ号って・・・。


「スミレさんのお名前をお借りして、すみれ号ですよ。って、本人からしたら恥ずかしいですかね」


「ちょっと、恥ずかしいですね・・・」


 ちょっとどころじゃなく、恥ずかしい。でも、嬉しい。私と同じ名前の、特急列車。1年後だと、さすがに私は乗れないかなあ。あと気になるのは、


「バイオレットじゃなくて、“すみれ”にしたんですね」


「はい。確かに他の特急列車は横文字なんですけど、バイオレットだと、何だか刺激の強い紫みたいなイメージになると駅長が言いまして」


 やっぱり、そうだよね。おんなじ意味なんだけどな。


「それだとスミレさんのイメージに合わないと言うことで、お名前のまんまの“すみれ”になりました」


 “バイオレット”のイメージは、私が守らなきゃ。


「そうだったんですね。・・・これ、ハルツグさんにお届け物です」


「はい、ありがとうございます。後で渡しておきますね」


「では私は、これで」


 駅員さんと別れ、駐輪場に向かって歩き出す。ふと視線を向けた先に、ハルツグさんの横顔が見えた。お客さんにつきっきりで券売機で切符買ってたんだ。あ、こっちに気付いた。首だけ縦に振って挨拶してくれた。私は手が空いてるので、手を振って応えて、そのままお互いに視線を逸らした。と、ここで、景色がモノクロになった。


 ポン、ポンポポポポ。


 サイコロ登場。辺りを見回したけど、みんなもモノクロで動いてない。何が出るんだろう。サイコロを拾い上げると、


<偶数:特急すみれ号の行先は、発車直前にサイコロで決まる>

<奇数:特急すみれ号の乗客は、サイコロで1を出せば運賃が1/6になる>


 ちょっと! 偶数!!

 それはそれで面白いけど、暇な人しか乗れないじゃん。帰り道の乗換えは用意するんだよね・・・? お客さんのおサイフ的にも奇数が良さそうだけど、年に一度の臨時列車ぐらいエンタメ性に富んでもいいような気も・・・。

 でも、私が決めることじゃない。これさえも、サイコロで決まる。


 自分と同じ名前が付けられる特急列車の特色を決めるべく、サイコロを投げた。


 ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。


 出た目は、5。ホッとしたようで、ちょっと残念。


 景色が元に戻った。1年後には私は居ないかも知れないけれど、みんな、特急すみれ号、楽しんでね。運賃1/6を懸けてワクワクしながらサイコロを振る人たちの顔を思い浮かべながら、駅を後にした。



 いけない。11時40分だ。急げ急げ。と思ったら次のお宅の郵便物が多く、一気にごっそり減りそうだ。ラッキー。


 そして、11時55分。緑の9の2番地への投函を終え、最後の1つを迎えた。だけど・・・。


「白の、・・・1の1番地?」


 どこだろう。場所は調べれば分かるけど、5分じゃ行けなさそう・・・。ここまで来て、間に合わないなんて。


「わっ」


 宛名が、ダイス6世。なんだか、由緒正しそうな家系の予感。青の1の1番地はアサトさんのお屋敷、緑の1の1番地はセントラル・ダイスワールド駅。白は、なんだろう。


 タブレットに入力すると、地図が表示された。


「え?」


 そこには、Kingdom Palaceと書かれていた。敷地もアサトさんの家と比べ物にならないぐらい広い。もしかして、国王の宮殿・・・? でも、何でこんな所に宮殿宛ての封筒が。裏を見ると、


「え・・・」


 差出人は書いてなかった。けど、驚いたのはそこじゃない。

 封筒の裏には、“これを手にした配達員が直接配達すること”、と書かれていた。


次回:招かれた迷い人

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