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第1話:サイコロで始まるファンタジー

 私は、六方菫 (ろっぽう・すみれ)。25歳、東京暮らし、会社員。今日もいつものように仕事を終え、帰宅中。会社から、地下鉄の駅に向かう道。特に変わり映えのない1日だった。周りの建物、顔も名前も知らない人々、そして私。いつもと同じ道を、いつものように歩く。今日は火曜日。あと3日、頑張れば週末だ。特に用事はないけど。


 駅へと向かう道は、私と同じ帰り道であろう人たちでごった返している。なんで東京って、こんなに人が多いんだろう。電車だって、あんなにバンバン走ってるのに超満員。私もそんな、“ごった返し”状態の、都会の1人。


 今日だけじゃない。変わり映えのない日々を過ごす毎日。仕事は、真面目にやってるけど単純な事務作業だけだし、どんな形で社会に貢献しているか分からない。実家は特急なしでも1時間ぐらいの場所だけど、だからこそ滅多に帰らない。掃除とか手伝わされるだけだし・・・。たまに友だちと食事とか映画もあるけど、あまり頻発すると煩わしく思うこともある。


 なんだか、つまんないな・・・。そんなモヤモヤした気分で歩いていると、


「あら?」


 雨、かしら。それっぽいのが、頭に落ちてきた気がする。地面は、濡れてない。気のせいかな? と思ったらまた、ポツ、と頭に水。やっぱり雨だ。急ごうかな。歩くペースを上げると、


 ポツ、


 ポツポツ、


 ん?


 ポツポツポツポツ、


 えっ?


 ポツポツポツポツポツポツポツポツ、


 ちょっとまっ…、


 ザーーーーーーーー。


 一瞬にして、スコール。すっごい雨と風。最初に「あら?」と言ってから、実に10秒。こんなことって、ある? しかも今日は、降水確率10%だったのに。10%ならゼロじゃない、か・・・。

 周りの人たちも、突然の大雨にカバンを盾にして走ったりしている。私もその1人だ。この手のにわか雨はすぐにやむ。近くのオフィスビルに走り込み、雨宿りをすることにした。


 入ってすぐ足を止め、手を膝について息をつく。私、体力なさすぎ。それにびっしょびしょ。サイアク。振り返り、閉まりゆく自動ドアから外の景色を眺めた。相変わらずの雨と風。



 ・・・ん?



 この自動ドア、私がこんな近くにいるのに閉まっちゃったんだけど。センサー反応してないのかな。


「おーい」


 上を見上げ、手を適当に振ってみた。・・・反応なし。体を右に傾けたり、左にちょっと歩いたり、ピョンピョン跳ねてみたり。・・・反応なし。一旦後ろに下がって、前進。反応なし。

 あ、もしかして壊れた? 停電じゃ、ないよね。電気ついてるし。ていうか、このビルの中、人いない。どんなビルに入ったんだっけ、覚えてないや。大雨だったし、特に何も気にせずその辺のビルに入っちゃった。


 どうせ雨がやむまでは出られないし、他に出口がないか探そう。このビル、結構大きそうだし。


 コン、コン、コン。


 足音が響く。とりあえず一本道を突き進み、突き当たりを右へ。


 コン、コン、コン。


 相変わらず響く足音。私だけの足音が、響く。やっぱり誰もいないのかな。次は、左に直角の曲がり角。


 コン、コン、コン。


 ちょっと、怖い。ねえ、誰でもいいから、人、出て来てよ。ただのオフィスビルの廊下のはずなのに、ホラー映画を見てる気分。会議室の茶色いドアが、不気味に歪んで見える。


 ブンブン、


 首を振った。そんなものは気のせいだ。ほら、壁もドアも、こんなに綺麗に真っ直ぐ。私も真っ直ぐ歩けばいい。今度の突き当たりは、どっちに曲がろうかな。


 コン、コン、コン。 コン。


「え?」


 足が止まった。突然、目に見える景色がモノクロになったからだ。


 ポン、ポンポポポポ。


 四角いものが、どこからともなく落ちてきた。落ちてきたと言うよりは、突然腰ぐらいの高さに現れて落ちた感じ。クッション性なのか、バウンドする時に少し凹んで見えた気がする。


「え・・・サイコロ?」


 突然現れた四角いものは、私から2mほど前の位置に、赤い丸が1つある面を上にして置いてある。そして私の方を向いている側面は、左が2で右が3。それぞれ黒い丸が2個と3個描いてある。なにあれ。


「え、うそ・・・!」


 体が、後ろに動かない。あんなのほっといて引き返そうと思ったのに。どういうこと?

 仕方なく、前進。前には進めた。そうよ。引き返せないなら前に進めばいいじゃない。


 ところが、サイコロの横を通り過ぎようとしたら、また体が動かなくなった。


「ちょっ・・・どういうこと!?」


 思わず、大きな声が出てしまう。それでも、私以外の声が聞こえてくる様子はない。


「っ・・・」


 今度は、後ろには下がれた。ただし、サイコロのすぐそばまで。どうやら、これを手に取るしかないみたい。早く帰りたい。


 しゃがみ込み、一辺が私の肩幅はあるサイコロを両手で抱え、立ち上がる。手に取ったサイコロはフェルト生地で、中に綿が入っているのかクッションみたいな感じだった。これを、どうしろと・・・?


 そう思った瞬間、空中に、まるでSF映画のホログラムのような、青の背景と白い文字が浮かび上がった。


<偶数:右>

<奇数:左>


 ホログラムには、淡々とそう書いてあった。えっと、つまり、このサイコロを振って、偶数が出たら右、奇数が出たら左に行けってこと?

 どうしてそんなこと、サイコロに決められなければならないのか。私は、左に行くわ。このまま1を上にして床に置いてやろう。


「うっ・・・!」


 また体が動かなくなった。つまり、ちゃんと振れということか。そこまで言うなら別に、いいわよ。左というのに大したこだわりもないし。意を決して、両手で胸の前に抱えていたサイコロを、軽く前に投げた。


 ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。


 サイコロが出した目は、1。ほら見なさい、1が出た。結局左に行くことになったじゃないの。サイコロの身で指図しようだなんて、出過ぎた真似だったんじゃないの?

 サイコロが消えて、モノクロになっていた景色が元に戻った。突き当たりまで歩き、左に曲がる。と見せかけてやっぱり右~。なんか、癪だから。


 だけど、右に行こうとするとまた体が動かなくなった。っ・・・・・・。そういうことなのね・・・。私は、あのサイコロに従う運命にあるらしい。最初から左に行くつもりだったから、いいけど。


 そこまで考えて、ハッとした。ちょっと待って、これ、正しい道に進まなきゃ外に出られないんじゃないの? 待って待って、そんなのって、有り得な・・・でも、事実として、さっき、サイコロを無視しようとしたら体が動かなくなった。そもそも自動ドアだって動かなくなったんだし、私をここに閉じ込めるぐらい、余裕なはずだ。そんな・・・。


 だけど、自分で進む方向を選べても、ゴールなんて分からない。だったら、運任せでどっちに行くか決まった方がいいじゃない。“あっちに行っとけばゴールだったかも”なんて思わずに済むんだから。


 分岐のない角を右に曲がると、突き当たりに非常口が見えた。お馴染みのあの、緑のやつ。やった、これで外に出られる!


 自然と歩くペースが上がる。雨がやんでなくても構わない。サイコロが降ってくるよりはよっぽどマシ。雨でも風でもかかって来なさい。非常口に到着。ドアに手を掛け、ノブを回すと、開いた。


 ギイィィッ、


 隙間から、白い光が差す。ドアを押すにつれて、明るくなっていく。完全にドアが開いた、その先は―――



 見たこともない、街だった。


「え?」


 少なくとも、さっきまでいたオフィス街じゃない。高層ビルなど1つもなく、どこかレトロな雰囲気が漂い、それでありながらも清潔感があり、結構な人で賑わっている、そんな場所。ここ、どこ?


 気が付くと、左手でつかんでいたはずのドアノブも、ドア本体も、後ろにあったはずの廊下も、出てきたはずのオフィスビルも、なくなっていた。


「え?」


 私はただ呆然として、自分の手を眺めるだけだった。



「お困りのようですね」


 突然、声を掛けられた。“お困り”なんてもんじゃないです。


「は、はい・・・」


 でも、どう説明しよう。サイコロがどうとか、体が動かなくなったとか言っても、おかしな人だと思われるだけじゃん。


「あなたは、62番目の訪問者です」


「へっ?」


 思わず、目を見開いて反応してしまった。


「この世界に、迷い込んでしまったのでしょう?」


 そうです。そうなんです! ん、いやちょっと待って、“この世界”?


「この、世界・・・?」


「はい。あなたは先ほどまで、いつものように生活していましたよね」


「はい、そうですけど」


「ところが突然、奇妙な事が起きて気付けばこんなところに来ていた」


「は、はい!」


 やった。話が通じる。


「あなたは迷い込んでしまったのです。この、サイコロによって行動を決められてしまう、ダイスワールドへ」


「・・・はい?」


 ちょっと、何言ってるか分からない。


「ですからあなたは、不幸にも、あなたの住む世界とは別の世界に迷い込んでしまったのです」


「私の住む世界とは、別の世界・・・」


 ワタシノスムセカイトハベツノセカイ。あははー。


「元の世界に、帰りたいですか?」


「あ、当たり前じゃないですか。早く帰してください」


「残念ながら、すぐにはできません。あなたはこの街で暮らしながら、元の世界に帰る術を探ることになります」


「え・・・うそ・・・、でしょ・・・」


「嘘ではありません、本当です」


「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って」


 私は額に手を当て、その場をぐるぐると歩き始めた。


「受け入れられない気持ちは分かります。これまで皆さんそうでしたから。ですが、これは現実です」


 “これまで皆さん”。さっきも、私が62番目だと言っていた。落ち着こう、落ち着こう、落ち着こう。


「これまでここに来ちゃった人は、元の世界に帰れてるんですか?」


「はい。61名中、45名は」


「ええっ!?」


 確率で言うと、75%弱。低い訳じゃないけど、いやいや、低い低い。4人に1人は戻れないんじゃん。


「それもまた、運命です」


「いや”運命”で片づけないでください」


「そんなことを、僕に言われましても・・・」


 そうだそうだ、落ち着こう。


「・・・で、私はどうすればいいんですか?」


「まず、今のあなたのようにこの世界にやって来た人は、”迷い人”と呼ばれます。そして、実は誰か1人、アドバイザーと呼ばれる、付き人のようなものを付けることができます。アドバイザーに決まった人は、担当になった迷い人がこの世界にいる限り、ずっとアドバイザーとして付いていなければなりません」


 と言うことは、今もまだ16組の迷い人とアドバイザーがいる訳か。


「さっそくですが、あなたのアドバイザーとして、僕はいかがでしょうか」


 その人は、片手を自身の胸に当て、軽く首をかしげて優しくそう言った。うん、そうきますよね。悪い人ではなさそうだし、見た目も・・・悪くない。スラリとした爽やか系男子だ。この人をそばに付けられるなら、ありがたい。アドバイザーはこの人にするのでいいと思う。


 そう思った瞬間、目に見える景色がまたモノクロになった。まさか・・・。


「お、来ましたね」


 アドバイザー候補の人がそう言った。この人は、カラーのままだ。


「この間は、時間は止まっていますが、迷い人とアドバイザーは動けます。今は一時的に、僕がアドバイザーの役ということですね」


 冷静に何を言っておられるのか。


 そして、


 ポン、ポンポポポポ。


 サイコロ登場。


「振るしか、ないんですよね・・・?」


「ええ。振らなければ止まった時間は動きませんし、背こうとすると体が動かなくなります」


 それはさっき体験した。仕方なく、サイコロを拾い上げる。


<偶数:この人で決定>

<奇数:他を探す>


 やっぱり・・・。“他を探す”って・・・。


「奇数が出た場合も、歩き回っていればアドバイザーの資格を持つ者から話し掛けてきます。ご安心ください」


 でもそれがチャラ男やメタボおじさんの可能性もある訳で・・・お願い、偶数、出て!

 祈りを込めて、両手で持つサイコロを、そっと前の方に投げた。


 ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。


 出た目は、2。やった。


「やりましたね」


 サイコロが消え、モノクロだった景色も元に戻る。


「ではご挨拶を。これからあなたのアドバイザーとなる、ヒロキと申します。よろしくお願いします。あなたのような容姿端麗な方に仕えることができて、嬉しく思います」


 あ、この人もちょっと・・・。てか今どき“容姿端麗”って・・・。まあいっか、私も自己紹介しなきゃ。だけど・・・、


「六方、菫です。よろしくお願いします・・・」


 ためらいがちにそう言うと、


「ろっぽう、ですか・・・。っ・・・」


 ヒロキさんはそっぽを向き、プルプルと震え始めた。だから言いたくなかったのに・・・。


「ククク・・・」


 ついに堪えきれなくなったらしい。


「す、すみません、僕としたことが・・・」


「い、いいですよ、もう・・・」


「でも凄い偶然ですね、まさか六方という名前の方が迷い込んでくるなんて」


「やめてください」


「あ、す、すみません、つい。・・・ククク・・・」


「もう。 ・・・私のことは、“スミレ”って呼んでください」


「あ、はい。かしこまりました。では改めて、よろしくお願いしますね、スミレさん」


「はい。こちらこそよろしくお願いしますね、ヒロキさん」


「あ、僕のことは“ヒロキ”でいいですよ。敬語も要りません。くすぐったいので」


「う~~ん。 じゃ、よろしくね、ヒロキ」


「はい、よろしくお願いします」


「え、あなたは敬語なの?」


「あ、はい。その・・・何かくすぐったいので」


 結構注文の多い人ね。


「そっか。じゃあヒロキの話やすいように話していいよ」


「ありがとうございます。そうさせてもらいます」


 アドバイザーも無事に決まり、ようやく歩き出した。


「ところで、さっき言ってた“不幸にも”って、どういうこと? タイミングよくこの世界と通じる扉が開いたとか?」


「まあ、そんなところです。原理はよく分かってないのですが、たまに、スミレさんがいた世界にいる人が、こうしてやって来るということだけは確かです」


 で、私が62人目なのね・・・。


「そうなのね。・・・はあ」


「頑張って、元の世界に帰る方法を見つけましょう」


「一応は、頑張る、けど」


 どうなるんだろう、私。不安な気持ちでいっぱいのまま、アドバイザーとなったヒロキと共に歩き続けた。


次回:新住居

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