神々の遊び
とある科学者の発表した論文は、世界を混乱へと導いた。
彼は誰しもが認める天才だった。幼少期から神童と呼ばれ、十代で彼が提唱した新たな物理方程式は公式に認められ、教科書にも記載される事となった話は有名な逸話の一つである。
彼が関与すれば長年行き詰っていた研究も進展し、まるで答えが既知であるかのようにどんな問題も彼の前では容易く解れていった。
稀代の天才に興味を持った研究機関が手を尽くしたが、彼の能力を計測することはできなかった。一般的な規格に収まらないどころか、異常な数値だけが記録に残るだけであったという。
やがて過ぎた能力は恐れられ、一部では彼の存在を"災厄"と謗る者もいた。
そんな当世紀最高峰の脳を持つ彼が自ら研究所を建て、そこに籠ってから十数年もの月日が流れた。
世間からも忘れられた頃、彼はふらりと現れ一つの論文をネットへとアップロードした。
タイトルは『GAME』。
一般公開されたそれは、およそ一般人が理解する事は到底不可能であった。
正確に言えば、その道の学者にすら難解な代物であった。終わりのない数式、羅列される未知の記号に形を保たぬ記述。しかしながら興味を持った研究者たちが連日頭を突き合わせては話し合い、やがてそのすべてを理解するに至った。
何十年もの月日を費やし、その過程で数十名の研究者が不審な死を遂げた。
内容は到底常識では受け入れられないものであり、言うなれば翻訳に近い作業を行った研究者達は知ってしまった情報を一般公表すべきか否かで、実に二年もの間議論を続けたという。
やがて特別に設立された国連指導のもと、公式に発表された内容は宇宙創造から人類の成り立ち、生命の仕組み、次元の解明や大統一理論など、およそ神と呼ばれる存在に至るまでの全ての真理についての学説が詳細に記述されたものであった。それは歴史、宗教、科学から未知、不思議な現象のすべてが矛盾なく繋がり、一切の指摘をする余地もない完璧な理論であった。
理論の根幹は瞬く間に広がり、人類の到達点にして終焉たる真実に世界は混乱を極めながらも、やがて常識とも言える一般的な事実として認知されるようになった。
人という種は、全ての疑問に対する解答を得たのである。
今まであった宗教や学説、思考実験に至るまでの仮説すべてが淘汰され、もはや人類は真理を以ってして新たな生命体としての歩みを始めるに至った。
こうして、この宇宙、この世界における真理は決定された。
それは学者の名前を取って、『ワイアールの真理』と名付けられた。
神は言った。
「今回は早かった」
別の神は言った。
「前回と違い異種間との交流が早く起きたのも要因だろうが……。よりによってあの人間と接触した事実が大きかったようだな」
別の神は言った。
「あの人間の発想力は通常個体と比べて常軌を逸していたな」
神々は感想会を行う。自分の配置した要素や動かした駒、用意した環境など手を晒しながら。
それがこのゲームの楽しみでもあり、そして世界が存在している理由でもあった。
数百年が経ち、満足した神々は告げる
「では、次のゲームに行こうか」
その日、世界は無に還った。
――――――
神々のゲームは以下のルールに従う。
1、このゲームは用意された世界でのシミュレーションである。
2、用意された世界における真理は、"人間がそう認知する事"によって定まる。
3、人類の全てが共通の世界の真理を認知した時、ゲームは終わる。